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04.鬼同期と頼み事

 週明けの月曜日の朝。眠気混じりで部屋を出たら、長谷川とばったり鉢合わせた。


「おはよ」


「……おう」


 そんな嫌そうな顔しなくても……と思ったけど、見てたら普通にあくびをしたから、たんにタイミングが悪かっただけっぽい。


 しょうがない。月曜の朝なんて、みんなそんなもんだ。

 会社に向かってるだけで花丸!


 そんなことを考えてるうちに、なぜか長谷川はずっと隣を歩いていた。

 先に行ってくれていいけど?


 でも、それをわざわざ口にするのも感じ悪い。

 でも話しかけるほどの用事もない。

 でも同期なのに無言で歩き続けるのも気まずい。

 でも、なんか、だって。


 頭の中でそんなことをぐるぐるしてるうちに、いつの間にか会社に着いていた。

 なにしろ部署も同じで席も近いから、結局ずっと一緒に来てしまった。同棲したてのカップルかよ。冗談じゃない。明日からもうちょい早く家を出よう。気まずすぎる。


***


 ともかく席について、パソコンを立ち上げてメールを確認する。

 金曜の夜はそこそこ遅くまで働いてたのに、そのあとにもメールが来ていた。

 土日にも届いてるし、ほんと休めって感じ。


 返事できるものは返して、確認が必要なものはメモに残しておく。

 そうこうしてるうちにフロアの人も増えてきて、課長が来たら朝礼だ。

 といっても月曜日だから、「今週も金曜日までがんばりましょう」「残業は控えるように」「今週の目標はこれくらい」なんてざっくり話があっておしまい。


 またパソコンに向かって今週のタスクを整理していたら、後ろから誰かが覗き込んできた。


「立花、ちょっといい?」


「いいよ」


 そこにいたのは長谷川で、なんだか落ち着かなそうに視線を泳がせている。


「どしたの。エプロンのことなら黙っとくけど」


「いや、今それデカい声で言ったら台無しじゃねえか。違う。頼みたい仕事があるんだよ」


「いいよ」


「内容を聞いてから引き受けろよ。どうすんだよ、馬鹿な無茶振りだったら」


 長谷川のノリツッコミが妙に面白くて即答したら、露骨に嫌な顔をされた。

 一昨日パワハラを指摘された上で仕事まで無茶振りしてきたら、さすがに面の皮が厚すぎる。長谷川はそういうタイプではないと思ったんだけど。


「するの、無茶振り?」


「しねえけど」


「ね」


「『ね』じゃねえよ。ああもう、話進まねえな。午後、役所に引っ越しの手続き行きたいから、いくつか頼みたいんだよ」


「わかった。あとでメール投げといて」


「だから即答すんなって。えっと、助かる」


「満面の笑みで『ありがとう、美颯ちゃん』って言ってくれればそれでいいから」


「言わねえよ、ばか」


 長谷川は苦笑しながら席に戻った。ほどなくしてメールが飛んできて、それを開こうとしたら、隣の席から戸部先輩がひょこっと顔を覗かせた。


「立花ちゃん、いつの間に長谷川くんと仲良くなったの?」


「別になってないです。なってませんけど、なんか不器用な人っぽいことに気づいたので、あんまり怖がらなくてもいいかなって」


「ふうん。立花ちゃん、気にしいだけど割り切ると早いから、頼もしいなあ」


 ……今の、褒められてた? なんか微妙に雑じゃなかった?


 首を傾げながら、長谷川から飛んできたメールを開いた。

 明日締め切りの紫くんの企画書の下読みと、明日訪問するお客様の情報取りまとめの二つだ。

 それも今週のタスク一覧に突っ込んで、他の仕事と優先順位や締め切りを見比べながら、今日やることを整理していく。

 よしよし。今日はそこまで忙しくない。


 引き出しからチョコを取り出して、一粒口に放り込む。

 さあ、働こう。


***


 昼過ぎ。キーボードを打つ手を止めて伸びをしたら、また長谷川が後ろから覗き込んできた。


「頼んだやつ、大丈夫そう?」


「全然大丈夫。定時内に返す」


「よろしく。俺、そろそろ行くから」


「はあい。お疲れさまでした、また明日」


「……お疲れ」


 長谷川は、肩の力が抜けたみたいな顔で帰って行った。

 入り口のホワイトボードには、長谷川の名前の横に「早退」と細く整った字で書かれている。隣の席では戸部先輩がお弁当を食べていて、他にもちらほら昼を食べている人がいた。


 私もそろそろ昼にしようかな。

 少し考えてから、土曜日に行きそびれたタリーズへ向かうことにした。別にそこまで好きなわけじゃないのに、行けなかったとなると妙に行きたくなる。


 昼に行って戻ってきたら、戸部先輩が顔を上げた。


「立花ちゃんって自炊しない人?」


「しないです。家に調味料もないですし、炊飯器もないです」


「不便じゃない?」


「今のところ困ってないですし。いつか必要に迫られたら、そのときやります」


「そりゃそうだ。私も必要じゃなきゃ、やらないもの」


 先輩はちょっと疲れた顔で笑って、仕事に戻った。



 午後は、長谷川から回された仕事に手をつける。


 紫くんの企画書は相変わらず荒い。詳細を詰めてほしいところに赤を入れて、ついでに誤字脱字もチェックする。ていうか、テキストエディタの誤字脱字チェック機能、何やってんの。

 ……いや、これたぶん使ってないな。それだけで指摘、半分くらい減るのに。


「立花せんぱーい。あれ、それ、俺が長谷川さんに送ったやつ。どうですか? ばっちりっしょ」


 ひょこっと顔を覗かせた紫くんは、自信満々に言った。いや、この凡ミスだらけの企画書のどこにそんな自信あるの。


「は? 全然ダメだけど?」


「えー、何がですか」


「まず日付と曜日がずれてる。誤字脱字が多い。ここの企画の説明がふんわりすぎる。明日締め切りでしょ? ていうか……」


 ばーっと指摘したら、紫くんはあからさまに拗ねた顔になった。


「ちょっと紫くんのパソコン見せて」


「えっ、立花先輩が作り直してくれるんですか」


「んなわけないでしょうが」


 確認したら、案の定テキストエディタの誤字脱字チェックも校正機能もオフになってるし、カレンダー機能は同期すら切れていた。どっちも設定を直して、ついでに使い方も教える。


「あざす、立花先輩!」


「一時間で企画書の指摘直して、私だけに送っておいて」


「えーめんど、いえ、やります。今すぐやります」


 調子のいい後輩をじろっと睨んで、自分の仕事に戻った。


 お客様の情報取りまとめは、そこまで大変でもない。

 ずっと付き合いのある相手だから、今の担当者さんの好みさえ押さえておけば十分だ。

 まとめて長谷川に送り返したあと、紫くんから誤字脱字と荒すぎる箇所を直した企画書が飛んできた。それにもう一度赤を入れて、長谷川へ転送する。


 時計を見ると、定時を少し回ったくらい。

 よしよし、週頭としては順調な滑り出しだ。


 荷物をまとめて、ホワイトボードにさっさと「帰宅」と書き込む。そして課長と目が合う前に、大きめの声で、


「お疲れさまでした、お先失礼します!!」


 と言って会社を出た。

美颯は日曜日にちゃんと散歩をしましたが、帰りにビールと焼き鳥を買って帰ったし、月曜日も一駅手前から降りて歩きましたがコンビニで新作スナックとチューハイを買って帰りました。

***

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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