30.鬼同期と一日目
食べ終わって残ったおにぎりは私と紫月のお弁当箱に入れておいた。
「片付けが終わったらスーパー行こう。酢の物作りたいんだろ? 弁当にも入れられるしさ」
一緒に片付けをしていると、紫月が「あー……あのさ」とそっぽを向いて切り出した。
「秦野の弁当さ、あれ、味見頼まれてただけだから」
「味見?」
「うん。彼氏に手作り弁当を食べて欲しいけど、いきなり、彼氏に渡すのはハードルが高いから味見してくれって頼まれたんだ。少し前に美颯が弁当作ってきたときにさ、俺が味見しただろ? あれを秦野が見てたみたいでさ。自分もお願いしますって」
「マジで?」
「マジで」
は、恥ずかしい!
流しに向かっていたのに、その場でうずくまりたくなった。
私はそんなことに嫉妬して仕事中に泣いたのか。恥ずかしすぎる……。
紫月は苦笑して皿洗いを終えた。
「ごめん」
「いいよ。いいきっかけになったし。……で、俺の彼女は手作り弁当作ってきてくれたりする?」
ニヤッと笑って、紫月は私を覗き込んだ。
「そっちのほうがハードル高いじゃん! あの、まず見本お願いします」
「あはは、俺が本気出したらすごいぞ? お前、真似できないだろ」
「……えっと、私にできそうなものから……!」
「任せとけ。とりあえず、買い物行こうぜ」
「行こう行こう」
私は炊飯器を自分の部屋に持って帰って軽く支度を整え、部屋の前で待ち合わせた。
せっかくだしってことで、手をつないで近くの公園まで散歩に行った。
夏休みの公園は日差しが眩しくて、セミの声も賑やかだった。子どもたちがあちこちを走り回っている。そりゃそうだ。
「次はこういうところでピクニックしてもいいかもな」
「そうだねえ、あっちの丘にテントいっぱい張ってあるよ」
「凧揚げしてる」
「今はカイトっていうらしいよ」
「おっさんにはついていけねえなあ」
キッチンカーでアイスを買って、木陰のベンチに並んで腰を下ろした。
海の方から潮の匂いが流れてきて、花壇では枯れかけのヒマワリが風に揺れている。
「そういえば、美颯はどっかで夏休み取る予定ある?」
「いつも九月の連休につなげて取ってるよ。そっちは?」
「あー、だから秋の頭はいつもいないのか。俺は仕事次第だけど、せっかくだし今年は美颯に合わせようかな」
それもいいかもしれない。ちょうどいくつかの仕事でバディを組んでいるから、休みも合わせやすいし。
「じゃあ、そこでグランピング行かない? 今度は泊まりで」
「いいじゃん。キャンプメニュー考えねえと」
「わ、楽しみにしてる」
「泊まりってさ……」
紫月が言いかけて止めた。
アイスの包み紙を手元でくちゃくちゃに丸めている。
「なあに?」
「……そういうことを、期待していいわけ?」
「そういうって……?」
意味が分からなくて首を傾げたら、紫月はブハッと吹き出した。
「いや、いい。うん。そうだよな。美颯はそういうやつだわ」
「えっ、なに?」
「もうちょい近くなったら言う。行こうぜ、買い物して、明日の弁当作らねえと」
紫月が笑いながら手を差し伸べたから、私はよくわからないまま手を重ねた。
スーパーに行くと、本当に酢の物の素が並んでいた。
「すごい……! これでいくらでも酢の物が食べられる!!」
「そんなに好きか?」
「うん。ビールと酢の物があれば天国だと思います」
酢の物の素を嬉々としてカゴに入れ、野菜売り場に移動した。
昨日話したキュウリとミョウガを探す。
「ウケる。あとはワカメと……タコとかどう?」
「好き」
「何が」
「タコと紫月が」
「まだタコくらいかー」
「ただのタコじゃないよ、酢の物に入ったタコだよ」
「はいはい」
ワカメは乾燥にするか生にするか少し悩んで、結局生を買った。
「生の方がうまいから。作り置きの酢の物と、晩飯にワカメの味噌汁とワカメの刺身、どう?」
「いいねえ。あとごはんと……」
「じゃあ美颯でもできるやつにするか」
紫月に連れて行かれたのは肉コーナーの隅だった。
「味付き肉。なんと野菜も入ってる」
「すごい! 炒めるだけ?」
「そう、炒めるだけ。米炊いてこれ炒めて、レトルト味噌汁にお湯入れたら、それだけでいい感じの晩飯」
「すごい」
「というわけで、今夜はこれを作ってもらいます。これがうまくいったら次はクック○ゥな」
もしかして、けっこう長期的な私の育成計画があったりするのかな?
紫月は楽しそうに味付き肉の説明をしてくれて、今日は生姜焼きにすることにした。紫月の部屋にはキャベツがあるらしく、切ってくれるそうだ。
割り勘で会計を済ませて、荷物を半分こして部屋に向かった。でも荷物はさりげなく軽い方を持たせてくれるし、並んで歩くときも紫月が道路側を歩いてくれているんだよな。
「紫月ってさあ、手馴れてるよね」
「なにが?」
「や、なんでもない。帰ろ」
「手馴れてるんじゃなくて、大事にしたいんだけど」
「なんでもないって言ったじゃん……」
そんなことで嬉しそうにしないでほしい。私はまだ、なんにも彼女っぽいことできてないのに。
まあまだ初日だし。伸びしろがあるんだ、きっと。
紫月の部屋に着くと、一緒に晩ごはんとお弁当を作った。
紫月が米を用意する間に、私は酢の物を作る。と言っても教わりながらだけど。
まずはキュウリを塩揉みしてワカメを洗う。ミョウガとタコを切って、ほかの食材と一緒に酢の物の素へ漬けた。
それを冷蔵庫に入れたら、私は生姜焼きを炒める。紫月はキャベツを千切りにして、残ったワカメを味噌汁にしたり、刺身にしたりしていた。居酒屋で刺身に添えてあるワカメみたいな感じだ。
キャベツと生姜焼きを皿に盛っていたらごはんが炊けた。
料理を運び終えると、向かい合って手を合わせた。
「焼いただけなのにおいしい!」
「だろ? 俺も疲れてるときに使うんだ。楽だよな」
「ふうん。紫月くらい料理ができるならなんでも手作りかと思ってた」
「んなことねえよ。なんでも使いようだろ」
食べ終えたら、残ったおかずをそれぞれの弁当箱に詰めた。
「……美颯、今日は連絡くれてありがとう。明日からも、よろしく」
「う、うん。こちらこそ」
「送る」
紫月は私の弁当箱を持って玄関に向かった。すぐ隣じゃん、とは思ったけど、黙って靴を履いた。そんな嬉しそうな顔をされたら断れないもの。
「おやすみ、紫月」
「うん、おやすみ、美颯」
弁当箱を受け取った。
指先が触れる。
指先が触れる。紫月の手は弁当箱からなかなか離れない。
「紫月」
「……悪い、かっこ悪くて」
「いいよ、私も同じだから。あのさ、寝る前にまた連絡する」
「わかった。いや、俺からする」
「待ってるね」
やっと互いに手を離して、それぞれの部屋に戻った。
やばいな、明日会社でどんな顔をすればいいんだろう。マスクをしたほうがいいかもしれない。
鏡の前で緩んだ頬をつねってみたけど、ちっとも締まらなかった。むしろ口元がまた緩みそうになる。
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