表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/32

30.鬼同期と一日目

 食べ終わって残ったおにぎりは私と紫月(しづき)のお弁当箱に入れておいた。


「片付けが終わったらスーパー行こう。酢の物作りたいんだろ? 弁当にも入れられるしさ」


 一緒に片付けをしていると、紫月が「あー……あのさ」とそっぽを向いて切り出した。


秦野(はたの)の弁当さ、あれ、味見頼まれてただけだから」


「味見?」


「うん。彼氏に手作り弁当を食べて欲しいけど、いきなり、彼氏に渡すのはハードルが高いから味見してくれって頼まれたんだ。少し前に美颯が弁当作ってきたときにさ、俺が味見しただろ? あれを秦野が見てたみたいでさ。自分もお願いしますって」


「マジで?」


「マジで」


 は、恥ずかしい!

 流しに向かっていたのに、その場でうずくまりたくなった。

 私はそんなことに嫉妬して仕事中に泣いたのか。恥ずかしすぎる……。

 紫月は苦笑して皿洗いを終えた。


「ごめん」


「いいよ。いいきっかけになったし。……で、俺の彼女は手作り弁当作ってきてくれたりする?」


 ニヤッと笑って、紫月は私を覗き込んだ。


「そっちのほうがハードル高いじゃん! あの、まず見本お願いします」


「あはは、俺が本気出したらすごいぞ? お前、真似できないだろ」


「……えっと、私にできそうなものから……!」


「任せとけ。とりあえず、買い物行こうぜ」


「行こう行こう」


 私は炊飯器を自分の部屋に持って帰って軽く支度を整え、部屋の前で待ち合わせた。


 せっかくだしってことで、手をつないで近くの公園まで散歩に行った。

 夏休みの公園は日差しが眩しくて、セミの声も賑やかだった。子どもたちがあちこちを走り回っている。そりゃそうだ。


「次はこういうところでピクニックしてもいいかもな」


「そうだねえ、あっちの丘にテントいっぱい張ってあるよ」


「凧揚げしてる」


「今はカイトっていうらしいよ」


「おっさんにはついていけねえなあ」


 キッチンカーでアイスを買って、木陰のベンチに並んで腰を下ろした。

 海の方から潮の匂いが流れてきて、花壇では枯れかけのヒマワリが風に揺れている。


「そういえば、美颯(みはや)はどっかで夏休み取る予定ある?」


「いつも九月の連休につなげて取ってるよ。そっちは?」


「あー、だから秋の頭はいつもいないのか。俺は仕事次第だけど、せっかくだし今年は美颯に合わせようかな」


 それもいいかもしれない。ちょうどいくつかの仕事でバディを組んでいるから、休みも合わせやすいし。


「じゃあ、そこでグランピング行かない? 今度は泊まりで」


「いいじゃん。キャンプメニュー考えねえと」


「わ、楽しみにしてる」


「泊まりってさ……」


 紫月が言いかけて止めた。

 アイスの包み紙を手元でくちゃくちゃに丸めている。


「なあに?」


「……そういうことを、期待していいわけ?」


「そういうって……?」


 意味が分からなくて首を傾げたら、紫月はブハッと吹き出した。


「いや、いい。うん。そうだよな。美颯はそういうやつだわ」


「えっ、なに?」


「もうちょい近くなったら言う。行こうぜ、買い物して、明日の弁当作らねえと」


 紫月が笑いながら手を差し伸べたから、私はよくわからないまま手を重ねた。




 スーパーに行くと、本当に酢の物の素が並んでいた。


「すごい……! これでいくらでも酢の物が食べられる!!」


「そんなに好きか?」


「うん。ビールと酢の物があれば天国だと思います」


 酢の物の素を嬉々としてカゴに入れ、野菜売り場に移動した。

 昨日話したキュウリとミョウガを探す。


「ウケる。あとはワカメと……タコとかどう?」


「好き」


「何が」


「タコと紫月が」


「まだタコくらいかー」


「ただのタコじゃないよ、酢の物に入ったタコだよ」


「はいはい」


 ワカメは乾燥にするか生にするか少し悩んで、結局生を買った。


「生の方がうまいから。作り置きの酢の物と、晩飯にワカメの味噌汁とワカメの刺身、どう?」


「いいねえ。あとごはんと……」


「じゃあ美颯でもできるやつにするか」


 紫月に連れて行かれたのは肉コーナーの隅だった。


「味付き肉。なんと野菜も入ってる」


「すごい! 炒めるだけ?」


「そう、炒めるだけ。米炊いてこれ炒めて、レトルト味噌汁にお湯入れたら、それだけでいい感じの晩飯」


「すごい」


「というわけで、今夜はこれを作ってもらいます。これがうまくいったら次はクック○ゥな」


 もしかして、けっこう長期的な私の育成計画があったりするのかな?

 紫月は楽しそうに味付き肉の説明をしてくれて、今日は生姜焼きにすることにした。紫月の部屋にはキャベツがあるらしく、切ってくれるそうだ。


 割り勘で会計を済ませて、荷物を半分こして部屋に向かった。でも荷物はさりげなく軽い方を持たせてくれるし、並んで歩くときも紫月が道路側を歩いてくれているんだよな。


「紫月ってさあ、手馴れてるよね」


「なにが?」


「や、なんでもない。帰ろ」


「手馴れてるんじゃなくて、大事にしたいんだけど」


「なんでもないって言ったじゃん……」


 そんなことで嬉しそうにしないでほしい。私はまだ、なんにも彼女っぽいことできてないのに。

 まあまだ初日だし。伸びしろがあるんだ、きっと。


 紫月の部屋に着くと、一緒に晩ごはんとお弁当を作った。

 紫月が米を用意する間に、私は酢の物を作る。と言っても教わりながらだけど。

 まずはキュウリを塩揉みしてワカメを洗う。ミョウガとタコを切って、ほかの食材と一緒に酢の物の素へ漬けた。

 それを冷蔵庫に入れたら、私は生姜焼きを炒める。紫月はキャベツを千切りにして、残ったワカメを味噌汁にしたり、刺身にしたりしていた。居酒屋で刺身に添えてあるワカメみたいな感じだ。

 キャベツと生姜焼きを皿に盛っていたらごはんが炊けた。


 料理を運び終えると、向かい合って手を合わせた。


「焼いただけなのにおいしい!」


「だろ? 俺も疲れてるときに使うんだ。楽だよな」


「ふうん。紫月くらい料理ができるならなんでも手作りかと思ってた」


「んなことねえよ。なんでも使いようだろ」


 食べ終えたら、残ったおかずをそれぞれの弁当箱に詰めた。


「……美颯、今日は連絡くれてありがとう。明日からも、よろしく」


「う、うん。こちらこそ」


「送る」


 紫月は私の弁当箱を持って玄関に向かった。すぐ隣じゃん、とは思ったけど、黙って靴を履いた。そんな嬉しそうな顔をされたら断れないもの。


「おやすみ、紫月」


「うん、おやすみ、美颯」


 弁当箱を受け取った。

 指先が触れる。

 指先が触れる。紫月の手は弁当箱からなかなか離れない。


「紫月」


「……悪い、かっこ悪くて」


「いいよ、私も同じだから。あのさ、寝る前にまた連絡する」


「わかった。いや、俺からする」


「待ってるね」


 やっと互いに手を離して、それぞれの部屋に戻った。


 やばいな、明日会社でどんな顔をすればいいんだろう。マスクをしたほうがいいかもしれない。

 鏡の前で緩んだ頬をつねってみたけど、ちっとも締まらなかった。むしろ口元がまた緩みそうになる。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。

感想欄はログインなしでも書けるようになっています。

評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ