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29.鬼同期とおにぎり

 眩しくて目が覚めた。時計を見たら昼前だ。

 お酒も飲んでないのに、ずいぶんぐっすり眠ってしまった。


 顔を洗って歯を磨いて、洗濯を回してから冷蔵庫を見た。

 米と液体出汁と調味料。料理をするようになったと言っても、作る気になったときに使い切れるだけの食材しか買わないから、こういうときはなんにも入っていない。


「米、米……あ、おにぎり!」


 スマホを出してSNSをチェックした。確か塩握りのレシピを見かけて、おいしそうだと思ったんだ。必要な調味料は全部揃っていたから炊飯器に材料を入れてスイッチオン。

 炊飯器がピッと鳴って、そういえばうちには海苔もラップもないことに気がついた。


 レシピを開いてあったスマホを手に取る。

 通知はなんにも来ていない。


 ……紫月(しづき)に、海苔とラップを貸してって言っていいんだろうか。

 画面に映る名前を見つめたまま、指先だけが落ち着かない。

 一昨日までだったら、普通に貸してって言いに行って、いなければ百均に買いに行っていたはずだ。

 じゃあ、それでいいんじゃない?

 でも、どうしよう。たぶん言えば普通に貸してくれると思う。


 スマホを握る手に、つい力が入ってしまった。

 炊飯器を見ると、炊き上がりまではあと一時間近くあるらしい。百均に海苔とラップを買いに行くくらい、全然できる。


 できるけど……。


「あー、もう!」


 ウダウダしていても仕方ない。すすっと画面を操作して、紫月の名前に触れた。

 呼び出し音を聞きながら、先にメッセージを送って様子を見るとか、レシピのURLを送るとか、やりようはいくらでもあったと気づく。でももう手遅れだ。


『はいはい、おはよう美颯(みはや)


 スマホの向こうから聞き慣れた声がして、やけに安心した。同時に胸の奥がじわじわ熱くなって、落ち着かない。


「お、おはよ……今いい?」


『いいよ』


「あのね、おにぎりを作ろうと思ったんだけど……」


 事情を説明すると、紫月は『いいじゃん』と笑った。


『たしか少し前に冷凍唐揚げ買ってただろ? それとうちに茹でた枝豆あるから一緒に食おう』


「うん、ありがとう!」


『じゃあ炊けたら炊飯器と唐揚げ持ってきて』


「炊飯器持ってくのかー」


 あんまり聞かない状況だなあ。二合炊いたから、それを運べるような入れ物なんてうちにはない。


『炊けたら連絡くれれば迎えに行くけど』


「うちに食べに来ればいいんじゃないの?」


 そう聞くと、紫月は黙り込んだ。

 少し間が空いてから、受話器の向こうで低い声が聞こえた。


『いや、一人暮らしの女性の部屋に上がるのはちょっと』


「……そ、そっか。えっとじゃあ炊けたら炊飯器と唐揚げ持っていく」


『う、うん。お待ちしてます』


 互いに少しギクシャクしたまま、電話を切った。


 そういえば紫月は、そういうところを気にするタイプだった。

 いやでも、前にも来てたし、彼氏なんだからいいんじゃない?

 ……か、彼氏か。そうか、あいつ、今は私の彼氏なのかあ……。


 ソワソワしながら着替えて、掃除機をかけた。

 部屋の中は床にものが置いてないし、ゴミもほとんどない。掃除機を毎日とはいかないけど、少なくとも週に一回はかけている。


 炊飯器からは炊きたてのごはんの匂いが漂ってきて、洗濯機がピーピーと終わりを告げた。掃除機を片付けて、風呂場に洗濯物を干す。乾燥をかけてドアを閉めたら、今度は炊飯器がピピッと鳴った。


 ……私の生活は、ずいぶんちゃんとしたものになった。彼のおかげで。


 炊飯器のコンセントを引っこ抜いて、冷凍唐揚げを袋ごと掴み、部屋を出た。

 隣の部屋の呼び鈴を押すと、紫月がすぐに出てくる。


「連絡くれたら、迎えに行くって言っただろ」


「そうだった。なんか、炊けたと思ったらいてもたってもいられなくて、来ちゃった」


「なに、そんなに彼氏に会いたかった?」


 紫月はくすくす笑いながら部屋に入れてくれた。

 炊飯器と唐揚げを渡してお邪魔すると、台所には海苔とラップと枝豆が並んでいた。それだけじゃなくて、卵焼きやサラダまで用意されている。


「……うん。会いたかった」


「そっか」


 自分で言っておいて照れている紫月の顔を覗き込む。すぐに逸らされた。もう一度覗き込んだら、笑いながら鼻を摘ままれた。


「美颯は唐揚げ、いくつ食べる?」


「いっぱい」


「俺も食っていい?」


「もちろん」


 唐揚げを温めている間におにぎりを握った。

 私のは不格好な楕円。紫月のはきれいな三角。


「美颯が握ったやつくれ」


「いい感じに握り直して食べて」


「やだよ。せっかく彼女が握ってくれたのに」


「紫月、そういうこと言うんだね。意外」


「浮かれてるんだ」


 紫月は苦笑しながらケトルでお湯を沸かした。私はお椀を並べて、渡されたレトルトの味噌汁を用意していく。

 唐揚げとおにぎり、それから紫月が用意してくれたおかずも机に並べて、向かい合って席に着いた。

 手を合わせて食べ始める。


「へー、なかなか美味いな」


「ね、簡単だったけどおいしい。卵焼きももらうね」


「召し上がれ。あー、遅くなったけど、昨日はありがとな。ちゃんと寝れたか?」


「こっちこそ、おいしいものを食べさせてくれてありがとう。紫月に電話する前まで寝てたよ」


 相変わらず、紫月の作るものは全部おいしい。卵焼きも、塩で茹でただけだという枝豆も、サラダも、レトルトの味噌汁でさえ体に染み渡る。


「逆に寝過ぎだろ……こっちは早朝に目が覚めちまって、美颯に連絡するかどうかずっと悩んでたのに」


「すればいいのに」


「……悪いな、慣れてないんだ」


 紫月は気まずそうにそっぽを向いた。

 私はおにぎりを食べ終えて、味噌汁を飲み干した。


「あのね、私も悩んだよ」


「ん?」


「紫月に連絡しようかどうしようか。昨日の夜におやすみメッセージを送るか悩んだし、さっきも海苔とラップくらいならごはんを炊いてる間に百均で買えばいいじゃんって日和りそうだった。でも、紫月に連絡した」


 そう言ってまっすぐ紫月を見たら、彼は口をへの字にして顔を真っ赤にしていた。箸でつまんでいた枝豆は皿に落ち、反対の手のおにぎりも少し崩れている。


「そういうの、あんまどストレートに言うなよ。照れるから」


「照れたの?」


「めちゃくちゃに照れてるよ。なんなの、あんなに鈍いくせに……」


 そう言っておにぎりにかぶりつく紫月は、今までで一番近く感じた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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