表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/32

28.鬼同期と暗い部屋

 壁の向こうから音が聞こえなくなってから、私も靴を脱いだ。靴が落ちる音がやけに響く。

 さっきまで隣に紫月がいたのに、一人になった途端、いつもの部屋が急に広く感じた。


 エアコンをつけてぽつんと立っていると、急に肌寒くなってきた。カバンを置いて風呂場に向かう。

 いつもはシャワーで済ませるけど、今日はゆっくりしたいから、服を脱ぐ間に浴槽にお湯を溜めた。


 体をさっと洗って湯船に浸かると、温かさが身に沁みた。……なのに、なんとなく手のひらの方が温かい気がする。


 手をグーパーした。

 紫月の手、大きかったな。

 そりゃ男の人だから、私より大きくて当たり前なんだけどさ。


「俺さ、美颯の『いいよ』に救われたんだ」


 さっき、手をつなぐ前に紫月が言っていた言葉がふと浮かんだ。

 私が「いいよ」と仕事を引き受けるのは、別に特別なことじゃない。誰にだってそうしているし、できることはするけど、できなければ全然断ることだってある。

 だからそれが誰かにとっての「救い」になるだなんて、想像したこともなかった。

 でも、悪くない。そう感じていること自体、意外だけど……紫月があんな真剣な顔をしていたのも、その顔を引き出したのが私だったことも……ダメだ、落ち着かない。


 いつの間にか長風呂してしまって、のぼせそうになってきたから、風呂から上がった。



 パジャマにしているシャツとハーフパンツを着て、髪を乾かす。


 タオルを頭に乗せたままスマホを手にして、紫月の名前に触れた。

 「おやすみ」と打って、少し考えてから消す。

 いや、さっき口で言ったし。何してるんだ、私は。ついスマホを見て、通知が来ていないか確認しちゃう。何も送ってないんだから、連絡なんて来るわけないのに。


 スマホをベッドに投げて、台所に向かった。

 水を飲んで、台所を眺める。


 ここ半年で、ずいぶんものが増えた。紫月に言われて買った弁当箱代わりの容器、調味料、お皿やカトラリー。

 冷蔵庫にはお米と調味料が入っている。かわりにお酒はずいぶん減った。残ってるのは親が送ってくれたいいワインくらいだ。


 そういえば、紫月はあんまり飲まないんだっけ。ちょっと残念。でも、このワインに合うもの作ってって言えば、はりきって美味しいものを作ってくれそうだ。せっかくだから、ワイングラスは二脚用意しようかな……いや、気が早いか。まだ誘ってもいないし、ワイン好きかも聞いてない。


 なんか私、冷蔵庫の中身を紫月と一緒に食べる前提で考えてる。さっき付きあおうかって話になったばかりなのに。

 冷蔵庫を閉めて、頭に乗ったままだったタオルを洗濯機に突っ込んだ。カバンに入れっぱなしにしていた、紫月に借りたハンカチも一緒に入れようとして手を止めた。

 顔を寄せると、私が使っている洗剤とは違う匂いがふわりとした。


***


 洗面所で歯を磨いていたら、鏡に映る自分の顔がすごく緩んでいた。


 そういえば、酢の物の素を明日買いに行こうって話したっけ。じゃあ起きたら連絡してみようかな。

 酢の物と、あと何を作ろうか。

 私でも作れそうなものを、また一緒に作りたいな。

 今度またグランピングに行くなら、キャンプメニューも聞いてみたいな。料理の話をする紫月は楽しそうだから。

 うがいをして歯ブラシとコップを片付けた。



 部屋の明かりを消してベッドに転がった。

 シーツがエアコンの風を浴びてひんやりしている。

 もう一度スマホを見たけど、なんの通知も来ていなかった。充電器に繋いで伏せておく。

 私もベッドに突っ伏して、枕に顔を埋めた。


 暗い中でウトウトしていると、どうしても今日あったことが頭に浮かんでしまう。

 泣いた顔を拭ってくれたハンカチ。繋いだ大きな手。別れ際のひんやりした空気感。

 あの手は、安心したな。

 触れたのはグランピングのアスレチックで手を貸した時と、今日の散歩の二回だけで、どっちも三十分もなかったけど。


 あんなちょっとしか繋いでいなかった手の温度のことを、私は眠る直前まで考えていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。

感想欄はログインなしでも書けるようになっています。

評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ