24.鬼同期と約束
翌朝出社すると、私の席に丹沢先輩が座っていて、戸部先輩と喋っていた。
「……はよざいます」
「おー、おはよ……どした?」
「どうもしないです」
丹沢先輩は私の顔を見て目をぱちくりさせ、戸部先輩もつられるように目を見開いた。
「どうもしないって顔じゃねえよ。なに、長谷川とケンカした?」
「ケンカするほど仲良くないです」
「それ、長谷川くんに言っちゃダメよ、泣くから」
戸部先輩が声を潜めた。
「泣きませんよ」
「泣くと思うぞ。ま、立花は仕事中は大丈夫だろ」
「だいじょぶです」
丹沢先輩が立ち上がって自分の席に戻っていったかと思ったら、すぐに戻ってきて私の机に高そうなチョコを置いた。
「葉山さんに差し入れしようと思って買ったけど、かわいい後輩にも分けてやるよ」
「ありがとうございます」
包みを開けてチョコを口に入れる。
甘い。
口の中いっぱいに、濃い甘さがドロリと広がった。
丹沢先輩は昔から私に甘いのだ。
息を全部吐いて、ゆっくり吸った。
仕事をしよう。
***
昼休み。コンビニで買ってきたお弁当を席で食べていたら、長谷川がひょいと覗き込んできた。
「なんだ、今日はコンビニ飯に逆戻りか?」
顔を上げると、別に責めている様子じゃなかった。
むしろ穏やかな笑顔で、それが余計に泣けてくる。
「……ごめん」
「別に謝るようなことじゃねえだろ。ここんとこ忙しそうだし……立花?」
「ごめん、私、迷惑ばかりで。お弁当もおいしそうにできないし、長谷川が他の人のお弁当食べるの嫌だし……」
何言ってるんだ、私は。
長谷川が困ったように眉をひそめた。
そんな顔させてごめん。
迷惑かけてごめん。
そう言いたいのに、喉が詰まって言葉が出ない。
長谷川の顔が涙でぼやけて、どうしていいのかわからない。
「ちょ、立花」
「ごめ、ごめんなさい……っ」
「待て待て、意味分かんねえぞ。あー、えっと、泣くなって」
それでやっと、自分が泣いてるのだと気づいた。
アラサーにもなって職場で泣くとか、何やってるんだ私は。
ていうか、ここからどうしたらいいの。
頭が真っ白になっていたら、不意に顔へ柔らかいものが当てられた。
手探りで確認したら、長谷川の手とハンカチ?
「立花」
「……うん」
「午後、仕事できそう?」
予想よりずっと近くで、長谷川の低い声が落ちてきた。
その声が優しくて、ますます涙が止まらなくなる。
「……する。ちゃんと、する。あの、顔直してくる」
「うん。ハンカチは貸しとくから」
なんとか顔を上げると、長谷川が目を細めて私を見つめていた。
怒っている顔じゃない。むしろ心配そうな、困ったような表情で、ますます喉が詰まって仕方ない。
「ごめん」
立ち上がってカバンを引っ掴み、そのまま化粧室へ向かった。
化粧室の自分の棚からメイク落としを取り出し、崩れた化粧を拭う。
バシャバシャ顔を洗っていたら、戸部先輩が来た。
「立花さん、これ使って」
差し出されたのは温かいタオルだった。たぶん給湯室で用意してくれたんだろう。
ありがたく受け取って顔に当てる。
長谷川が貸してくれたハンカチはカバンにしまった。洗って返そう。
「それ、使い捨てタオルだから使い終わったら捨てておいてね」
「はい……ありがとうございます」
「痴話喧嘩……って感じじゃなかったわね」
戸部先輩は淡々と言った。
特に心配そうな感じじゃなくて、むしろそれがありがたい。
「なんか、自分でもよくわからなくて」
「立花さん、自分のことに疎いから」
「えっ」
タオルを外すと、戸部先輩はくすくす笑っていた。
「丹沢くんがあんなに頑張ってアピールしてたのにスルーしてたし」
「してましたか?」
「してた。当時丹沢くんにすごく愚痴を聞かされたもの」
「す、すみません……」
そうだったのか。
少し前に丹沢先輩からさらっと言われたけど、そんなにだったんだ……。
だからって、今さらどうとかないんだけど。
少し冷めてきたタオルで顔を拭き直してから、カバンに突っ込みっぱなしだった旅行用の化粧水と乳液を取り出して顔に塗っていく。
棚には化粧直し用の一式を入れてあるから、ささっと顔を作った。
「大丈夫そうね」
「はい。大丈夫です」
戸部先輩と執務室に戻ると、長谷川が寄ってきた。
私の顔を見て、長谷川は小さく頷く。
「立花、昨日頼んであった資料できてる?」
「できてる。印刷するよ」
資料を印刷して、長谷川の席に向かった。
長谷川の隣に腰を下ろし、並んで資料の内容を確認していく。いくつか追記を頼まれたのでメモを取り、ついでに期限も確認する。
「長谷川、あと気になる箇所ある?」
「ない。助かった……あのさ、立花、今日って早く上がれそう?」
「う、うん」
「なんか用事ある?」
「ないけど」
「じゃあ、一緒に飯食いに行こう」
「え?」
ごはん?
食いにってことは、いつもみたいに一緒に作るとか、長谷川が作ってくれるとかではなく?
「……うん、行く」
「立花と行きたい飯屋があるんだ。うまいから、楽しみにしといて」
「う、うん?」
長谷川は今までになく嬉しそうに笑っていて、少しはにかんだその表情に、私はどんな顔をすればいいのかわからない。
ただただ、たまらなく泣きたかった。
丹沢先輩は美颯が化粧室に行っている間に、無言で長谷川の脛を蹴とばしてから経理部に行きました。
課長は、みんな若いな……と思いながら仕事してます。
***
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