表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/31

23.鬼同期と矛盾

 週明け、月曜日と火曜日は外出していたし、忙しくてお弁当を作れなかった。


 でも、水曜日は早く上がれたから、帰りにスーパーに寄って食材を買った。ついでに百均で小さいフライパンとサラダ油もゲット! これで土曜日に教わった卵焼きと鶏そぼろが作れる!

 気分良く帰宅し、シャワーを浴びてから料理した。お弁当に入らなかった分はそのまま晩ごはん。うん、長谷川には敵わないけど、私が作ったにしてはおいしい。



 翌日の昼はちょっとバタバタしていて遅くなってしまったけど、お弁当を温めるために給湯室へ向かった。


「あ、長谷川……」


 見慣れた背中を見つけて声をかけようとしたけれど、その先の言葉が出なかった。

 秦野ちゃんが、長谷川にお弁当を渡していたから。


「あの、どうでしょうか?」


「すごいな。全然大丈夫。自信持っていいと思う」


「本当ですか!? やったあ、頑張ったから、そう言ってもらえて嬉しいです!」


 長谷川の褒める声と、秦野ちゃんの弾んだ声が給湯室に響いていた。


 頭をガツンと殴られたような気がした。

 私、そんな風に褒められたことない。

 そりゃそうだ。

 全然できていないんだもの。

 顔が上げられない。

 シャツの裾を掴む自分の手と、使い込んで少しくたびれたハイヒールの爪先が視界の中で滲む。


「立花?」


「あ……」


 気が付くと、長谷川が給湯室から出てきて、入り口に立ち尽くしていた私を見ていた。秦野ちゃんは反対側のお手洗いの方へと向かって歩いている。


「どうした? 今から昼?」


「う、うん」


「弁当?」


「……うん」


「何作ったか見せろよ」


「長谷川に見せられるような立派なもの、作ってないよ」


 つい卑屈な言い方をしてしまうと、長谷川はおかしそうに微笑んだ。


「立花の料理の腕前くらい知ってる」


「……そうだよね」


 私はズボラで、だらしなくて、料理だって全然できない。

 秦野ちゃんみたいに、かわいくお弁当を差し出すことなんか、絶対にできない。


「立花?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 とぼとぼと給湯室の冷蔵庫を開け、お弁当箱を取り出す。

 電子レンジで温めている間も、長谷川は隣に立ったまま私を見ていた。


「立花、具合悪い?」


「そんなことはないよ」


「元気ないけど」


「……ちょっと、忙しいだけだよ」


「そう? 無理すんなよ」


 電子レンジからお弁当箱を取り出した。

 執務室の自分の席につくまで、長谷川は当たり前みたいについてきた。


「なんで隣に座るのさ」


「弁当見せろって言っただろ」


「見せるとは言ってないよ。長谷川は私が全然料理できないの知ってるじゃん」


「知ってる。できないのに頑張ってるのも知ってる」


 なにそれ。そんな優しいこと、優しい声で言わないでほしい。

 顔を上げられないまま、弁当箱の蓋を開けた。

 ごはんに鶏そぼろと、うまく巻けずにぐしゃぐしゃになった卵焼きを載せただけの、美味しそうでもなんでもない茶色いお弁当。


「全然うまくできない」


「そう? そぼろと卵焼きならこんなもんだろ」


 私はこんなにも卑屈になっているのに、長谷川がそれをさらっと流すのも本当にムカつく。

 褒められるような出来じゃないことくらい、私が一番わかっているのに。


「長谷川は昼は?」


「さっき食った」


 秦野ちゃんが渡していたお弁当のことかな。


「おいしかった?」


 よせばいいのに、つい聞いてしまった。

 そんなこと聞いて、私はどうしたいのさ。


「うん、うまかった」


「……そうだよねえ」


 そんなこと、聞かなくたって分かっていたのにね。


***


 結局午後は長谷川の顔を全然見られなかった。


 長谷川は


「疲れてるなら早めに上がれよ」


 と声をかけてくるだけだった。


 仕事も落ち着いていたから、言われたとおりに早めに切り上げた。

 帰宅してすぐ、お弁当箱を洗っておく。

 でも、ごはんを炊く気になれなくて、シャワーだけ浴びるとそのままベッドへ倒れこんだ。


「……いや、おかしいでしょ」


 だって、長谷川にキツい言い方を直させたのは私だ。

 長谷川はモラハラしなくなって、言い方が柔らかくなって、おかげで部署内の雰囲気が良くなった。

 紫くんや秦野ちゃんも怯えたり困ったりせずに長谷川を頼れるようになって、私の負担だって減った。


 なら、いいじゃない。


 嫌な奴だった同期が、穏やかな良い奴になって、後輩たちにも慕われている。いいことしかないのに、私はなんでこんなに悲しいの。


 矛盾してるでしょ。


「私、作ったものに『大丈夫』とか『自信持っていい』なんて言われたことないよ」


 大丈夫な出来じゃないって言われたら、ぐうの音も出ないんだけどさ。

 全然自信が持てるようなお弁当じゃないことくらい、私が一番わかっているはずなのに。


 長谷川は料理が上手で、部屋も綺麗だったから、きっと掃除や洗濯もちゃんとしているんだろう。仕事だって営業成績がいいから、偉い人たちからの覚えもいい。

 そして、言葉遣いと態度を改めたことで、後輩にも慕われるようになった。


 じゃあ、私は?

 仕事はまあいい。

 営業事務として、それなりにちゃんとしてきてると思う。営業の補佐がメインの事務職だから出世とかないけど、部署内では評価してもらえている。


 ……でも、それだけだ。

 ズボラでだらしなくて、掃除も片付けも苦手だし、洗濯だって仕事に行くからやってるだけ。

 料理なんて、長谷川に教わってやっと炊飯器を買うような有り様なのだ。


「ダメだな、私は」


 偉そうなこと言って、迷惑しかかけてないじゃん。


 お腹は空いているはずなのに、冷蔵庫を覗く気力も、ましてや料理をする元気なんてどこにもなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。

感想欄はログインなしでも書けるようになっています。

評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ