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21.鬼同期とだし巻き卵

 土曜日、私はまた長谷川とスーパーにいた。


 金曜日の午後、一緒に客先へ行った帰りにカフェへ寄ったとき、


「明日どうする?」


 と聞かれたのだ。なんか約束とかしてたっけ?


「なんだっけ?」


「立花が『また』って言ったんだろうが」


「言ったけどさ」


 まさかその一週間後だとは考えないじゃん。

 もしかして長谷川お料理教室って、毎週開催されるの?


「特に用事もないし、お願いできるなら、お願いします」


「無理にとは言わねえけど」


「んー、ほら、長谷川とごはんすると美味しいから、食べ過ぎてちょっと太っちゃう」


 というかもう太っちゃってる。

 そもそも酒飲みだし。


 ……もしかして、だから丹沢先輩は私を歩かせるのか? 妙にありえそうで嫌だなあ。あの人、そういうところあるし。


「じゃあ、土曜の夜に作って日曜に弁当持って出かけようか」


「ピクニック?」


「そう。ちょっと暑いけど」


「ふふ、いいねえ。私ピクニックって学校の遠足以来かも。楽しみ」


「俺もそうだな。じゃあ明日の昼過ぎに買い出し行こう」



 ――というわけで、私は今、野菜売り場の前で長谷川と並んでいる。


「ピクニックならデザートとビールが必要じゃないかな」


「デザートは現地でアイスとか買った方がいいだろ」


「確かに!」


「ビールは知らねえ。俺は飲まねえし」


「残念。じゃあ今回は無しで」


 今回の行き先は電車で何駅か行ったところにある日帰りグランピングだ。

 小高い丘の上にあるグランピング場で、もちろん泊まることもできるし、自分でテントを張れるスペースもある。


 でも明日は日帰り。月曜日は仕事あるし。日帰りじゃなかったら持てるだけのお酒を持ち込んでいた。

 グランピング場の周りは元々ゴルフ場だったらしく、広い芝地やちょっとした小川、アスレチック、遊歩道なんかが整備されている。


 なんでこんなに詳しいのかというと、仕事で行ったことがあるからだ。施設が出来たときに食料の仕入れ先の選定や契約に携わったのだ。


「なんか弁当に入れたいものある?」


「卵焼きとプチトマト。戸部先輩のお弁当に入ってて、おいしそうだった。あとふりかけごはん」


「いいねえ。んー、ふりかけじゃなくて鶏そぼろにするか。それっぽく見えるし」


「鶏そぼろ! 難しそう!」


「そうでもねえよ。鶏はもも肉にするか」


 長谷川がカートを押し、私はその後ろをのんびりついていく。……先週に引き続き、オカンの買い物についてきた子供の感じが強いけど、作るのは私だし! 教わりながらだけど! やっぱりオカンと子供だわ。

 プチトマトとカットレタス、卵に鶏もも肉のひき肉を買い込み、そのまま長谷川の部屋へ向かった。


 置きっぱなしになっていたエプロンを身につけて、いざ調理開始だ!


「ごはんは先に炊いておいたから、まず卵を焼こう。鶏そぼろが甘辛味だから、だし巻きにするか」


「難しくない?」


「全然。砂糖の代わりに液体出汁入れるだけだから。それに、うちの卵焼きって基本だし巻きだから、俺的にはこっちの方が普通」


「そうなんだ。うちは甘々だったなあ。おいしいけど、全然ごはん進まなくてさ」


「慣れたらそれも作って食わせてくれ」


 長谷川はボウルと卵を並べる。

 卵を受け取って、ボウルの縁に軽く当てて割ろうとして――盛大に散らかった。


「卵が爆発した」


「下手くそかよ。割れ目に親指を添えて左右に開け。待て、先にボウルから殻を取り除いて……」


 殻を取り除いてから再挑戦。今度はうまく割れた。卵を四つ割って溶き、出汁と水を加えてよく混ぜる。

 卵焼き用の四角いフライパンが温まったら卵液を少し流し入れ、端から丸めてみる。……くっちゃくちゃになった。


「火、弱めろ。最初は芯になるから多少ぐちゃぐちゃでもいいから。そうそう、やってりゃそのうちどうとでもなる。もし、どうしてもまとまらなかったら、炒り卵にして、鶏そぼろと一緒にごはんに乗せればいいから」


「あ、できそう。やった、くるってなった!」


「大きくなってきたし、無理に菜箸じゃなくてもいいよ。フライ返し使え」


「ありがとう!」


 すごい。ちゃんと卵焼きの形になってる!

 人生初の卵焼きだけど、おいしそうにできた!


 焼き上がった卵焼きは、まな板の上に敷いたキッチンペーパーへそっと乗せる。そのまま包んで形を整え、冷ましている間に今度は鶏そぼろに取りかかる。


「挽肉をフライパンにあけて、砂糖と醤油と酒入れて混ぜろ。先に混ぜた方が柔らかく仕上がるし、まんべんなく味がつく。あと、焦らなくていいだろ」


「へー。たしかに、卵焼きめっちゃ焦った」


「まあ、卵料理はそういうもんだから、慣れなんだけどな」


 言われたとおりにフライパンへ挽肉と調味料を入れ、全体が混ざったところで火をつけた。じわじわと端から泡が立ち始め、甘辛い匂いがふわっと広がる。


「火を弱めろ、焦げる」


「あわわ」


「手え止めんな、くっつくぞ」


「ちょ、待って」


「ウケる、そんなに焦んなくても平気だって」


「だ、だってさあ。あ、ぽろぽろになってきた」


 菜箸でかき混ぜ続けていたら、さっきまで塊だった挽肉が少しずつぽろぽろとほぐれてきた。


「ん、いい感じ。火を止めて、味見してみ?」


 差し出されたスプーンで鶏そぼろをすくう。湯気と一緒に甘辛い香りが立ち上った。


「熱い~でもおいしい~」


「俺にもくれ」


 長谷川は私がくわえていたスプーンを受け取ると、菜箸で鶏そぼろを乗せて食べた。


「うん、うまい。俺が教えただけあるわ」


「……そ、そうだね」


「どうした?」


「や、なんでもない……」


 ……オカンだし。きっと向こうも、子供に料理を教えてるくらいの感覚なんだろう。

 つい、そわっとしちゃったけど、長谷川から目を逸らしてまな板の上の卵焼きへ視線を向けた。


「あ、卵焼きどうかな」


「もういいんじゃねえかな。こっちも食う?」


「うん。だし巻き卵ってあんまり食べたことないから、気になる」


「ちょっと待ってろ」


 長谷川はお弁当箱を二つ出してきた。

 いつの間にか炊けていたごはんをお弁当箱いっぱいに敷き、その上で卵焼きの左右の端を包丁で切り落とす。さらに半分に切ってごはんの上に載せる。残った白いスペースへ鶏そぼろを半分ずつ盛り、隅に洗ったプチトマトを詰めたら、それだけでずいぶんお弁当らしくなった。


「これは粗熱が取れたら冷蔵庫に入れておく。んで、はい、あーん」


 長谷川が切り落とした卵焼きの端っこを菜箸で摘まんで私に向けた。

 それはどうなの? とはなったけど、オカンだし、私が味見したいって言ったんだし、ということにして口を開けた。


「い、いただきます……わ、おいしい」


「だよな。これはこれでごはんが進む感じで俺は好き。ちょっと砂糖を足して甘くしてもいいし、出汁じゃなくて市販の麺汁入れると、もっとごはんに合う味になるから、いろいろ試してみろよ」


「本当だねえ。わー、これごはんほしい」


「卵もごはんもまだあるから、晩飯はだし巻き卵定食にでもするか。ちょっと待っとけ」


「えっ、でも」


「もちろん手伝えよ」


「……うん」


 長谷川は私の何倍も手際よく、あっという間にだし巻きを作った。それに作り置きだというもやしのゴマ和えと小松菜のナムルを添え、とろろ昆布と梅干しと海苔を入れたお吸い物まで作ってくれる。私がしたことと言えば、お湯を沸かしてごはんをよそったくらいだった。


「いただきます」


「どうぞ、めしあがれ」


 わかってはいたけど、やっぱりすごーく美味しい。

 私がさっき作った卵焼きより美味しい気がする。


「長谷川と作って食べると何でも美味しいねえ」


「だろー?」


「毎日作ってほしい」


「プロポーズかよ、しかも俺に作らせる気だし」


「て、手伝うよ!」


 長谷川はくつくつ笑いながら、箸を進めていた。


 なんだかなあ。ただの同期でしかないのに、一緒にごはんを作って、向かい合って食べて、笑いながら喋っている。意味分かんないな。


 ……一番意味分かんないのは、私がそれを全然嫌がっていないことなんだけど。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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