20.鬼同期と初めてのお弁当
日曜日の夜、小松菜のお浸しの入った容器にごはんと、温めた唐揚げを詰めた。
長谷川に『残りを弁当にしようと思う』とメッセージを送ったら、
『食中毒が怖いから、前日に詰めてしっかり冷ませ。会社に持っていったら給湯室の冷蔵庫に入れとけ』
と返ってきたのだ。
しかも、そのメッセージを読んでいる途中でうちまで来て、
「ランチトート持ってねえだろ」
と、保冷バッグも貸してくれた。
やっぱりオカンだ。
***
月曜の朝、メールを確認していたら、よれよれの戸部先輩が出勤してきた。
「おはようございます。チョコいります?」
「いる……嬉しい……私を労ってくれる人がいる……」
「労りますよ、お疲れさまです」
「家だと誰も労ってくれない……っ」
「ちょ、先輩!」
戸部先輩が半泣きになってしまった。
まだ朝礼まで時間があったので、互いにメールを確認しつつ愚痴を聞いた。
お子さんが吐いて熱を出し、ご主人にうつり、二人の看病を終えたかと思えば今度は自分にうつったのに、誰も看病してくれなかったという悲しい話を聞いて、こっちまでしょんぼりするというか、なんというか。
「しょうがないのはわかるよ? 旦那だって出勤しないといけないもの。土日は私が寝ていられるように子供を連れ出してくれたけどね? でも帰ってきたら『昼飯何?』とか言うわけよ。熱が! あるんですけど!!」
「おお……」
「それくらいなら子供と外で食べてきてさ、帰りにスポドリの一つでも買ってきてくれればいいじゃん。そう頼んだんだよ。なのに『昼時で混んでるし、風邪なんだから栄養のあるもの食べた方がいいよ』つってえ」
「わあ……」
「じゃあそれをお前が用意しろよ~~~って、キレ散らかしました」
「お疲れさまです。えっとココアと抹茶ラテとカフェオレだとどれがいいですか?」
「ココアで……」
ココアとカフェラテのスティックを持って給湯室に向かう。棚から私と戸部先輩のマグカップを出して二人分を淹れ、湯気の立つマグカップを持って戻ったら、私の席で長谷川が愚痴を聞いていた。
「あ、悪い」
「いやいいけど、何してんの」
「戸部さんが休んでた間の進捗を伝えに来たら捕まった」
「なるほど。先輩、ココアどうぞ」
「ありがと~」
「私、丹沢先輩と打ち合わせあるから、長谷川は私の席使ってていいよ……って、先輩来てないな。朝礼前にって言ったのに」
まあ、いいか。マグカップとパソコンを持っていって、丹沢先輩の席の隣で仕事をしていたら、朝礼ギリギリになって先輩がやって来た。
「なんでそこにいるんだ?」
先輩は訝しげに私を見ている。これは完全に約束を忘れてたやつ!
「朝礼前に話しましょうって言ったじゃないですか」
「……あ、忘れてた。ごめん。出るの何時だっけ」
「昼過ぎだから別に大丈夫ですけど。もー、朝礼終わったらお願いしますね」
「ごめん。ちょっとバタバタしてた。通勤中に葉山さんに会ってさあ。ぶつかりおじさんからかばってたんだよ」
先輩は苦笑しながら荷物を置き、パソコンを開いた。
さらっと言ってるけど、それ事故? 事件? じゃないですか。
「えっ。先輩も葉山さんもお怪我はないですか?」
「大丈夫。こう見えて体力あるんだ、俺は」
「それは知ってますけど」
一緒に外回りに行くと、一駅や二駅なら普通に歩かされるし。
丹沢先輩が重たい書類箱や機材を私の代わりにガンガン運んでくれているのも知ってるし。
「そう? じゃあもうちょい頑張っとけばよかったかな。んで、葉山さんを経理部までお送りして、あっちの課長に事情説明してたら遅くなっちまいました。すまんね」
「いえいえ、そういう事情でしたらやむ無しです。お二人が無事でよかったです」
「……俺に笑顔を向けないでくれる?」
「何言ってるんですか?」
「あっちで立花の同期が恐ろしい顔で睨んでるんだ。俺はまだ死にたくない」
先輩が指さした方を見ると、戸部先輩と長谷川が話していた。
どっちもこちらは見ていないけど?
でも先輩に聞き返す前に課長が手を叩き、朝礼が始まったので、結局何のことかは分からずじまいだった。
***
昼休み。コンビニでお茶を買ってきてから、給湯室の冷蔵庫からお弁当を出して、電子レンジで温めた。
席に戻って蓋を開けると、ほかほかの唐揚げとごはん、それに小松菜!
「いただきます……すごい、ちゃんとお弁当だ」
「立花さんがお弁当なんて珍しい。ていうか初めて?」
戸部先輩が私のお弁当を覗き込んだ。
先輩の手元にもお弁当があって、ふりかけのかかったごはんに卵焼き、プチトマトまで入っていて彩りがいい。私の、容器に詰めただけのお弁当とは全然違う。
「初めてです。でも、戸部先輩みたいにおいしそうなお弁当にはできませんでした」
「そりゃそうよ」
戸部先輩はにこりと笑った。
「私、高校生くらいから二十年近くお弁当作ってるのよ。立花さんはそれが初めてでしょう? いきなり同じレベルのものを作られたら、私の立つ瀬がないじゃない」
「……たしかに」
「お、美味そうじゃん」
長谷川も後ろから覗き込んできた。
「自分で作ったんだろ? 味見していい?」
「いいけど、長谷川のみたいにおいしくないよ」
「当たり前だろうが。こちとらプロの板前に子供の頃から仕込まれてるんだっての」
長谷川も戸部先輩と同じことを言った。
ちょっと悔しかったけど、そう言われてみれば、初心者のくせに何十年もやってる二人と同じようにできないなんて文句を言うのは、図々しかったのかもしれない。
「ちょっとしょっぱいな。醤油入れすぎただろ」
「わかるの?」
「見た目茶色いし」
改めて小松菜のお浸しを見たら、たしかに茶色いや。一晩経って味が染みたのか、昨日の夜よりさらに茶色くなっている。
「醤油のボトルを傾けたら、どばって出ちゃったんだ」
「スプーンを使え。計量スプーンじゃなくても、普通のでいいから」
「ふうん。じゃあ帰りにスプーン買っておく」
「家にスプーンもないの? それでここまでできれば上等だと思うわ」
「俺もそう思う。それに弁当用なら、ちょっとくらいしょっぱくてもいいだろ」
「そうなの?」
長谷川と戸部先輩が一緒に頷いた。
「冷めると味が分かりにくいから、お弁当は少し濃いめに味付けするのよ」
「あと、塩分濃度を上げると殺菌効果が高まるから、夏場は特にな」
「二人とも物知りですねえ」
「立花さんも、今知ったから物知り仲間です」
「言っただろ、ちょっとずつでいいんだって」
「……ありがとうございます」
なんでか、ちょっと泣けてきた。
二人とも優しいし、褒めてくれるし。
三十手前にもなって情けないけど、もうちょっと頑張ってみようかな、という気になれたのだった。
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