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17.鬼同期と買い出し

 その週も私は相変わらず忙しかった。

 秦野ちゃんに頼んでいたマニュアルがほぼ完成したから課長にレビューを頼んだり、戸部先輩のお子さんが体調を崩したってことで仕事を引き取ったり。


『本当に申し訳ない!』


「いえいえ、ただの風邪でよかったです」


 電話の向こうで謝る戸部先輩に、笑って答えた。

 戸部先輩から保育園でノロウィルスが流行ってるって聞いていたから、ただの風邪で本当に良かった。食品業界でノロウィルスは洒落にならないからね。


『今週ちょっと無理そう』


「大丈夫ですよ。でも先輩もうつされないように気をつけてください」


『ありがとう……』


 電話を切って、課長に状況を報告に行く。

 課長のお子さんはもう大きいらしいけど、その分親の言うことなんか全然聞かず、夜更かしして熱を出すし、熱があっても寝ていないという愚痴を聞いてから席に戻った。


「今週、戸部先輩無理そうです?」


 パソコンを開いたら紫くんが来た。


「うん。戸部先輩に何か頼んでた?」


「いえ、ちょっと聞きたいことがあっただけです。……立花先輩、結婚願望あります?」


「ないよ」


「ですよねえ」


「なに?」


「いえ、俺も他の人に聞かれて、なんて答えればいいか分かんなくて。既婚者の意見聞きたかったんです」


 紫くんは自分の席に戻っていった。


 結婚願望かあ。

 家事のできない汚部屋住民の私に、誰かと共同生活できる気がしない。


 隣の部屋の長谷川にあれだけ迷惑かけてるんだから、同じ部屋に住んだら一時間で愛想尽かされそうだ。


「立花、この間入力頼んだやつなんだけど」


 その長谷川がパソコンを持って戸部先輩の席に座った。


「お客さんから今連絡があって、日程の見直しを……ってどうした?」


「ううん。常々ご迷惑をおかけしているなって思って」


「はあ? そんなにかけられてねえよ。これだって変更は客先都合だし」


「そういう話じゃないけど、まあいいか。日程が変わるの? どこに?」


「一週間先だってさ」


***


 そんな調子で、慌ただしい一週間が過ぎた。


 炊飯器も無事に届いたから、百均でスポンジと洗剤を買ってきて、内釜と中蓋を洗っておいた。これですぐ使えるはず。

 新品の家電独特の匂いが少し残ってるけど、なんだかそれだけで生活力が上がった気分になる。


 土曜日の昼前に、長谷川の部屋の呼び鈴を押した。

 出てきた長谷川は細身のフーディにサルエルパンツ姿だ。先週みたいな部屋着っぽさがなくて、妙にデート感のある服装だった。

 私も先週とは違って、膝丈のストンとしたワンピースにスキニーを合わせた。少なくとも同期との外出で恥をかかない程度には整えたつもりだ。


「よし、じゃあ行くか」


「お願いします!」


 外は初夏のいい天気で、風は爽やかだし、日差しも気持ちいい。こんな日は昼からビール飲みたくなる。


「立花がビール飲みたくない日とかあんの?」


「ワインの気分とか、違うお酒の気分のときかな」


「ブレねえなあ」


 そんなくだらない会話をしながら、まずは一緒にスーパーへ向かう。

  ……と思ったら、長谷川はスーパーの手前にある雑貨屋の前で立ち止まった。


「先に雑貨屋に行こう。立花の箸と箸置きを買う」


「割り箸でいいけど」


「よくない。俺のやる気に関わる」


「そうなの……?」


 長谷川はさっさと雑貨屋に入っていく。私の箸と箸置きを選んだけど、正直なんでもいいから、結局どっちも長谷川が選んでいた。

 最初にどれがいいか聞かれて、「何でもいいんじゃない?」って答えたら怒られたので、私はお口にチャックでついていくだけだ。



 今度こそスーパーに来た。休日のスーパーは家族連れでなかなか混んでいて、買い物かごを提げた人たちがあちこち行き交っている。カートを押す旦那さんや、お菓子を強請る子ども、夜ごはんの惣菜を選ぶ若いカップル。

 もしかして、私たちも若いカップルとか夫婦っぽく見えてたりするんだろうか。残念ながら実態はオカンと手伝いの子どもなんだけど。


 長谷川がカートを押してくれて、まずは野菜コーナーに向かった。


「今日は何作るの?」


「ごはん炊いて、魚焼いて、小松菜はレンチンでおひたし。味噌汁はレトルト」


「それくらいなら私でもできるかなあ。味噌汁は自分で作らないの?」


「作れるの?」


「作れるわけないじゃん」


「最初からなんでもかんでもやる必要ねえから」


 長谷川は小松菜をカゴに入れて、そのまま生鮮コーナーで鮭を選び始めた。

 私にはよくわからないけど、長谷川は一つ一つ確認しながらカゴに入れていく。選ばれなかった小松菜と今カゴに入ってる小松菜の違いなんて、私にはさっぱりわからない。


 それからレトルト味噌汁と液体出汁もカゴに入れた。


「とりあえず出汁があればどうにかなる」


「ふうん。出汁って鰹節とか昆布とかのイメージだわ」


「面倒だろ」


「……うん」


 それはそう。私にできるわけがない。

 長谷川は責めることもなく、さっさと次に向かう。


「俺は休みの日にまとめて取ったりするけどさ。立花は慣れてないんだから、ハードルはできる限り下げるに越したことねえよ。大事なのは続けることだし」


「長谷川、できる人だよね」


「立花もできない人じゃないと俺は思ってる」


 もしかして今、褒められた?

 悪い気はしない。できれば定期的にお願いしたい。私、褒められて伸びるタイプだから。


「お酒とお菓子買っていい?」


「三百円以内な」


「ビール一缶しか買えないじゃん」


「禁煙ガムってあるけど、禁酒ガムってねえの?」


「ないんじゃないかな」


 結局お菓子は買わなかったけど、代わりに入り口近くに戻ってブドウを買った。


「デザートがあったらモチベーション上がるだろ?」


「なんか、分かってる感がすごい」


 最後にお米を選びに、レジ横の米売り場へ向かった。銘柄がずらっと並んでいて、正直どれも同じに見える。


「お米っていっぱいあるけど何が違うの?」


「生産地と品種」


「それが違うと、何が変わるの?」


「味と食感。甘みが強いとか、粘り気があるとか」


 呆れられるかと思ったけど、長谷川は普通に教えてくれた。

 内容的に、説明の仕方が仕事の延長っぽい。


「俺の所感として、女性っぽい名前の米は甘い。あと柔らかい」


「あきたこまちとか、つや姫とか?」


「そうそう。戸部さんは、そういう米は旦那の弁当箱にこびりつきやすいから選ばないって言ってた」


 何の話をしてるのさ。

 でも、おもしろい。そういう基準で米を選ぶんだ。


「とりあえず有名どころを食ってみて、好みを探せばいいと思うが、今回はこれ」


 長谷川が手にしたのは小さい無洗米の袋だった。


「立花はそんなしょっちゅう米炊かないだろ? それなら鮮度が落ちるから少しでいいし、手間は少しでも減らしていけ」


「なるほど?」


 たしかに、現段階の私はお米の研ぎ方すらよく分かっていない。

 なら、研がずに炊けるほうが圧倒的に楽でいい。


 米をカートに積んで、そのままレジへ向かう。教わるのは私なんだから、ここは財布を出させてもらった。

 長谷川はちゃんとエコバッグを持ってきていて、袋詰めの手際までいい。

 しかも帰りは荷物を当たり前みたいに持ってくれた。


 な、なんだかなー。オカンっていうか、スパダリっていうかあ……。

 いや、単純に私ができなさすぎるだけか?

 オカンの買い物についてきただけの子ども状態で、長谷川のあとをついていった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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