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caseA-3




喫茶店のベルが鳴る。俺のアパートのそれとは程遠い、優しく囁くような、客を快く招き入れる音だ。


男と女が入ってきた。写真の二人だ。

神父が言った通り、女は髪を短くしていた。そのせいだろうか、儚げな雰囲気に明るさと少しの強さが加わったようだ。服装も身軽なものになっていたが、足元は踵のない平たい靴を履いていて、何処か不釣り合いに思えた。

男の方は目立った変化は見られない……いや、精気に輝いていた青い瞳は、幾分穏やかな眼差しを女に投げ掛ける。腰に添えた手に、労りが滲んでいる。

二人は窓際の明るい席を取った。男が先に椅子を引いて女に勧め、女は男の気遣いが心底嬉しそうに笑う。昼下がりの暖かい光が二人を包み込んでいる。


男はコーヒーを、女はレモネードを頼んだ。どちらもホットだ。


しばらく二人は談笑を続けた。

流行りのテレビドラマの話や、ゴシップ記事の真偽など、たわいもない話題。

男が煙草を止める決意をしたという話には、女はひどく喜んだ。



「……ごめんなさい」


やがて女が表情を沈め、俯いて詫びる。ふわふわと柔らかな前髪が額を覆う。


「謝るのは僕の方だ」


男が女の手を握る。力強い大きな手は、精一杯の優しさを込めて、細く繊細な指を守ろうとするようだ。


「あいつには、僕が話をつけるから」


すると女は顔を上げ、目元に掛かる前髪を払い除けてから真直ぐに男を見つめる。驚くほどの力強い視線は、先程俯いたそれと同じものとは思えない。


「駄目よ。私から話すわ」


そして、長い睫毛を伏せて瞳に影を落とす。やはり、女の瞳には強さと弱さ、強固さと繊細さが共存しているようだった。


「…あの人を苦しめてしまったのは、私よ」


男がゆるゆると首を振る。青い目が愛おしさに輝いていた。


「二人で、あいつに話そう」


女は少し押し黙る。


外で、学校帰りの子供達がはしゃぐ声がする。


「………ありがとう……」


はしゃぎ声に掻き消されそうな声を微かに震わせて、女は男の手を握り返した。強くあろうと懸命に、しっかりと握り返す。



二人はしばらく、お互いの強さと優しさを確かめ合うように、手を握り合っていた。

店内に息を潜めるまばらな客達は、それぞれの世界に閉じこもっているように…もしくは他人の世界など興味を持たないかのように、誰も二人の様子を訝ろうとはしなかった。



最初に明るい声を上げたのは男の方だった。飲み物が冷めてしまう、と促せば、女も僅かな笑みを作ってみせ、なんとか頷く。微かに湿っていた声と眼差しが、レモネードを口にするごとに暖められ、明るさと微笑みを取り戻していく。その様子を見守りつつ、男もコーヒーカップを傾けた。




西日の色が濃くならぬうちに、二人は喫茶店を出る。ゆっくりと歩調を合わせて歩いていく二人の背中は、ほろ苦い決意と幸せに彩られ、既に正真正銘の夫婦のように穏やかだった。




(…人間失格だな、俺は)


苦い溜め息を付きながら、二人が去った窓際の席に歩み寄る。どちらのカップも綺麗に飲み干されているのを見て、後ろめたい思いと共に安堵した。

それらをトレイに乗せて、引き上げる。



「中々様になっているではありませんか」


カウンター席に座っていた神父がすれ違いざまに、俺のウェイター姿を茶化してくる。先日の朝と同じく漆黒のローブに身を包み、視線は聖書に落とされていながら、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。いけすかない、小馬鹿にした笑みだ、と思い込んでおくことにした。


「…そりゃどーも」


まったく嬉しくない気分のまま、カウンターの内側へ引っ込む。

真っ先にシンクへ二つのカップを放り込み、念入りに洗う。


脳裏に、ラベルの青が焼き付いていた。

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