柊という人格
「おーい、幸治!!柊がきたでーっ!」
「へっへへへ。あの野郎、今日は早いやんけ」
柊の足取りはいつもより重かった。
伝えねば。幸治に、伝えなくては…。
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ー10年前。
柊、中学生。
職員室にて…。
「今回の期末テスト、また柊君が一位ですね。」
「ほんとうだな。我が校の誇りだ」
ー教室
「おい、ガリ勉野郎!テストができるからってなんだ。
何の役に立つってんだ!」
「…僕は仲良くしたい……。」
「うるせー!キモいんだよ!根暗が!」
自宅にて…。
「学校に、行きたくないんだ。」
「あらどうして?虐められでもした?」
「…。」
「もしもし、◯◯中学ですか?柊です。3ーAの。」
『どうなさいました?』
「息子は、いじめられてはしませんでしょうか?学校に、行きたくないというんです。」
『学校に行きたくない…。少し時間をください。調べてみましょう』
校長室…。
「柊君が虐めにあっているのは事実です。ですが、これは無くそうと思ってなくなるものではありません。」
「だったら、どうするんだ?」
「徹底的に隠ぺいして、親御さんに伝えましょう。転校でもされたら…彼一人いなくなる事で我が校のレベルは一気に下がります。
幸い、内気な子です。余計な事はいわんでしょう。」
「……よろしい。」
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中学卒業と同時に、柊は家を出た。
親を殺すのとどっちがいいか悩んだが、訳を知らなかっただけの両親に罪を問うのは気が引けた。
父の書斎から、50万の現金を盗み出した。
いざという時に現金を置いてある引き出しを知っていた。
いや、推理していた。
父はいつも書斎で仕事をしており、現金を置いておくよう母と相談しているのを聞いていた。
柊は書斎に入ると父の椅子に座った。そして辺りを見回した…。
父の目線に近いところで、小さな引き出し。そしていつでも開ける事の出来る場所。緊急時にも手を伸ばせる右手側。
柊の開けた一つ目の引き出しにそれはあった。
柊は大阪へむかった。とにかく遠くへ行きたかった。だが都会でないと仕事が無い事もわかっていた。
夜行バスに揺られ、柊は静かに泣いた。
大阪につくと、運良く住み込みで働かせてもらえる職場が決まった。
柊は実家に手紙を書いた。16歳の少年はおそろしく綺麗な字を書いた。心配無用と、それだけ伝えたかった。
営業の仕事は辛かったが、なんとか頑張った。知らない人の冷たい態度は、知ってる人の冷たい態度に比べれば暖かかった。
たちまち社内評価は立ち上り、表彰された。
この時柊は、17歳だった。
社内には大卒の同僚もいた。無論、妬まれた。
お前が数字を取れるのは子供のうちだけだ、甘えた声で客を騙しやがって。
柊はある日寮に帰ると、部屋の違和感に気づいた。
東京から持って来たぬいぐるみがなかった。
小さな頃から友達で、少しほつれると母は縫ってくれた。くたびれると、綿を買って来て詰めてくれた。
次の日社内では、マザコンの柊の話で持ちきりだった。
柊は、営業に向かう最中、ただ泣いた。その日はひとつの契約もとれなかった。
柊は寮には帰らなくなった。特に金曜日は、街の路地でただ座って腐っていた。
ホームレスたちがたまにやる将棋には興味があったが、人と関わるのは嫌だった。
18になった時、車の免許をとった。柊はそれを機に他所の会社へ移った。
数々の表彰も手伝い、大卒以上しかとらない会社に特別にいれてもらった。
当然のように、友達はできなかったし、上司は冷たかった。
お客様だけは柊の救いだったので、ますます仕事は頑張った。
そろそろ住む家を自分でもとうかと考えた頃、勇気を出してホームレスに話しかけた。
「なに?将棋がおもしろいかって?そりゃあおもしろいけどな、お前さんは将棋って顔ちゃうで。
よし、一回俺とトランプやろ。ただちゃうで。2千円賭けろ。」
柊は見事にまけた。神経衰弱を母以外とやったのは、初めてだった。
金を巻き上げられ腹がたったが、別にやる事も無い休日だったので次の日にも裏路地へ行ってみた。
「おお、お前か。来ると思ったで。見ろ、チェス盤や。」
ホームレスは昨日の賭け金でチェス盤を買ったらしい。わりかし立派な代物だった。
「俺は松永幸治や。好きに呼べや。お前は?柊?名前までキザやな…。
ほれ、座れ。俺が直々にチェスをおしえたるわ。」
チェスは、昨日のトランプよりもさらにおもしろかった。
この日も2千円とられたが、全然悔しくなかった。
「俺は18の頃から6年ホームレスやっとるけどな、サラリーマンの友達ができたんは、お前が初めてや。」
「友達」という言葉が嬉しくて、柊はその夜、久しぶりに泣いた。




