卒業アルバム 〜あの頃の思い出〜
「ほら、ぼーっとしてないで、そっちの段ボールも運んで」
母親の声に急かされ、渉は縁側に積まれた段ボールを抱え上げた。三連休の初日、実家は朝から大掃除の真っ最中だった。父は庭の草むしり、母は台所の食器棚を整理し、渉は二階の自室――というより、今では物置と化した部屋の片付けを任されていた。
「懐かしいな…」
扉を開けた瞬間、埃っぽい匂いが鼻をついた。学習机、本棚、当時のままの学習ポスター。時間が止まったような部屋の中で、渉はしばらく突っ立ったまま辺りを見回していた。
まずは本棚から手をつける。参考書の隙間から、当時ハマっていたガールズバンドのCDが何枚か出てきた。ジャケットを見ただけで、サビのメロディが自然と頭に浮かぶ。その隣には、これまた懐かしいアイドルの写真集。表紙をめくると、当時の自分がどれだけ夢中だったかを思い出し、渉は思わず苦笑した。
「こんなの、よく大事に取っておいたな…」
学習机の引き出しの奥から、分厚いアルバムが出てきた。表紙には「卒業記念」の文字。渉はそれを膝の上に置き、埃を払ってからゆっくりとページをめくり始めた。
クラス写真、体育祭、修学旅行――色褪せた写真の中に、若い頃の自分と、見覚えのある同級生たちの顔が並んでいる。ページをめくる手が、ふと止まった。
遥だった。
文化祭の準備中だろうか、笑いながらこちらを振り返っている一枚。渉はしばらく、その写真から目を離せなかった。
あの夢の中で見た顔と、写真の中の顔が、ゆっくりと重なっていく。懐かしさとも、少しの気まずさともつかない感情が、胸の奥でじんわりと広がった。
そのとき、1階から母の声がした。
「渉、拓也くんが来てるわよ」
拓也。高校時代の同級生で、今も実家の近くに住んでいる幼馴染みのような存在だ。渉が帰省するたびに、こうしてふらりと顔を出す。
「おう、久しぶり。大掃除の手伝いか?」
部屋に入ってくるなり、拓也は渉の手元にあるアルバムに目を留めた。
「懐かしいな、それ。ちょっと見せろよ」
断る間もなく隣に腰を下ろし、拓也は勝手にページをめくり始めた。二人であれこれと思い出話に花を咲かせているうちに、拓也の指が、ちょうど遥の写真のページで止まった。
「あ、これ懐かしい。文化祭のときの写真だろ」
「ああ、そうだな」
何気ない相槌を打つ渉に、拓也がふと思い出したように言った。
「そういえば、お前、遥と仲良かったよな」
「……え?」
「そうそう、思い出してきた。高校一年の頃から仲良かったもんな、お前ら。高三の文化祭が終わったあたりだったか、みんな受験ムードになってさ、なんでかお前と遥、急に距離取るようになったよな。今思えば、あれ、なんか微妙な関係だったよな(笑)」
「さあな。俺も、あんまり覚えてないよ」
渉は曖昧に笑って返した。
(確かに拓也の言うとおり、遥とは仲が良かった。ただ、高校三年生の文化祭の辺りから、何がきっかけだったのか、なぜかお互い気まずい空気になって、話す機会が減り、気づけば疎遠になっていた気がする。)
(……何かきっかけがあった気がするんだけどな。それに、高校一年生から仲が良かったなんて、夢の話のようなことを言ったな。さすがに拓也の記憶違いだろ)
そう自分に言い聞かせながら、渉はアルバムをそっと閉じた。
拓也が帰った後も、渉はしばらく部屋の片付けを続けた。ふと、今回の帰省の本命を思い出す。
(そうだ、昔のトレーディングカード……)
あの日、テレビで見た高額取引のニュース。あれ以来、頭の片隅にずっと引っかかっていた。押し入れの引き出し、本棚の裏、机の奥――思いつく限りの場所を探してみるが、見当たらない。
「やっぱり、捨てられたか……」
肩を落としかけたそのとき、ふと記憶の奥で何かが引っかかった。
(いや、待てよ。二階の押し入れの、一番奥に――)
当時、使わなくなったおもちゃを詰め込んでいた段ボールがあったはずだ。渉は押し入れの襖を開け、奥の方に手を伸ばした。埃をかぶった段ボールをいくつかどかしていくと、見覚えのあるプラスチックケースが出てきた。
震える手で蓋を開ける。
「……本当にあった」
ぎっしりと詰まったカードの束。当時のままの状態で、そこに眠っていた。渉は思わず声を上げそうになるのをこらえ、その場にへたり込んだ。
「母さん、疑ってごめん!」
てっきり、母親が処分してしまったと思い込んでいた。それが、こんなところにちゃんと残っているなんて…
喜びに浸りながら、渉はふと、あの夢の中で聞いた声のことを思い出す。
(「世界がちょっとだけ変わる」――って言ってた気がするけど、まさか、捨てられていたはずのトレーディングカードが残っている世界に変わったとか…)
そんな考えが一瞬よぎったが、そんなはずはない。所詮は夢の話だ。カードが見つかったのは、単なる偶然に決まっている。
渉はそう結論づけて、カードケースを大事に鞄へしまい込んだ。
だが、頭の片隅には、遥の笑顔と、アルバムを見たときに拓也が言った何気ない一言が、小さな火種のようにくすぶり続けていた。
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