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上位存在と暮らすメイト  作者: 巳扇 宅麻呂


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第九話 宣戦布告

「今日のお仕事、お疲れ様ぁ。仮入部員なのに、頑張ってもらって申し訳ないわぁ。ごめんなさい」


「いや、俺は委員総会の設営準備しただけで。鷹司会長の方が、よっぽど忙しかったじゃねぇっすか」


 相生病院地下での検証を終えた次の日、俺は学校で執行部の業務に勤しんでいた。

 もうすっかり放課後で、茜色が混じった陽光が生徒会室に差し込んでいる。


「それで、覚えている? 聴取の件」


「覚えてますよ。それに関してなんすけど、少し言いてぇことがあります」


「良いわぁ。けど、聴取の後でね? ……まぁ、ちょっとした質問だから、固くならなくていいわよぉ」


 鷹司会長が、手持ちのタブレット端末をスイスイと操作した。

 相変わらずタブレットの背には、小森の凄惨な笑顔写真が張り付いている。


「直腸ゲップ事件は十三時十二分に発生したわぁ。その十分前、晴野くんが屋上に薬等の運搬をして、数分間会話していたと、監視カメラに記録があるわぁ」


「はい。記憶の通りっすね」


「とっても愉快な会話だったけれど、内容に殺害未遂に至る動機があるかどうかについて、晴野くんはどう考えるぅ? もちろん主観で結構よぉ」


「動機……っつうか、動機につながる内容だと思ってます。ここで友達になろうとした俺の態度が、よくなかった」


「もっと具体的に欲しいわねぇ」


 鷹司会長は顎に人差し指を当てて、まっすぐ俺を見据える。


「俺は、朱音が俺の妹だってことをチョクチョーくんに伝えてなかった。だから、朱音との親しげに会話してんのを見たチョクチョーくんは、『朱音と仲良くなりてぇから、そのダシにするために友達になろうとしやがった』と考えたと思います。チョクチョーくんと朱音は、前から交流があったみてぇだし」


「納得できる会話記録があるわねぇ。うん、このくらいで良いわぁ」


 鷹司会長は、満足げに人差し指で唇を揉んだ。

 瑞々しい薄紅を弄るさまに妖艶さは無く、ただ純粋に機嫌が良さそうに見える。

 彼女はその指を稚気満々にくるくると回しながら、タブレット画面を操作した。


「あと、心臓くんの力についてだけれどぉ、これは省くわぁ。昨日、お医者様と忙しかったみたいだし?」


「あ、そういやバレてるんすよね。すんません」


「然るべき監督者の下での使用は、咎める理由がないわぁ。それもヒフ9999号先生の前での使用はオススメしたいくらいよぉ。能力の理解が進むから」


「そうですか。じゃ、これからも遠慮なく」


「励んでぇ。……はい! 聴取終了! 晴野くん、私に要件があるのでしょう? 今日はもう机仕事だけだから、ゆっくり聞いてあげるわよぉ?」


 鷹司会長は席に座ったまま、真隣の自動販売機を操作する。

 ガタンと落ちてきたドリンクを二本、手に取った。


「小森ちゃーん、ジュースを晴野くんに運んであげてぇ?」


「はい……」


 小森が死んだ顔で返事する。


「ちょ、良いっすよ。自分で受け取りますよ」


「あ、そう?」


 ペットボトルのコーラを渡して貰った。


「この距離で小森に運ばせようとするの、王様過ぎねぇっすか?」


「えぇ……? でも、投げて渡すのは、はしたないわぁ」


「なんて貴族意識……! 自分で動くことが前提に無ぇなんて……」


「私の腰は、生徒会長の責任より重いのよぉ?」


 さも当然という調子で言うから、冗談なのか本気の言葉なのか分からない。

 表情が乏しいというわけでもないのだが、未だ掴めない人だ。


「それで、話してもいいっすか?」


「どうぞぉ?」


「チョクチョーくんの分裂協議を中止してくれませんか?」


「できないわぁ。だって、私に中止する権限が無いものぉ」


「……言い方を変えます。分裂協議の中止を、上に提言していただけませんか?」


「言い方を変えるわぁ。私は分裂協議を中止することに、反対よぉ」


「なぜなのか、聞いてもいいっすか?」


「嫌だから!」


 鷹司会長は快活に即答した。

 混じり気のない、真っ向からの拒否。


 直截な感情が投げつけられて、俺の頬が引きつるのを自覚する。


「んなガキみてぇな……」


「ここは教育のための施設よぉ? 生物兵器の収納庫ではないわぁ」


「チョクチョーくんに対して、そんな言いざまはねぇと思いますが」


「ならどんな言いざまがあるのぉ? 人類に害をなす火炎兵器? 直情的に武力を人類に行使する電殺兵器? 大便を撒くと人類を脅迫し続ける細菌兵器?」


 会長は指をくるくると回して、楽しそうに蔑称を吐き散らしていく。

 舌打ちするのは堪えたが、俺の眉は痙攣していたかも知れない。


「主語がデケェな」


「大げさでは無いわよぉ? チョクチョーくんは人格ある核兵器、と言っても過言ではないのだから。そんな子の理性が未熟なのだから、兵器でしかないわぁ」


 会話に空隙が挟まる。

 少し力を加えれば割れてしまいそうなほどに張り詰めた空気が、生徒会室を満たした。

 小森が声ならぬ悲鳴を上げている。


「……では、別のお願いをしても、いいっすか?」


「あら、これ以上噛みついてこないのぉ? キャンキャン吠えるだけなら、チワワでもできるわぁ」


 俺を挑発しつつ、優雅に缶コーヒーを啜る。

 片手間にタブレット端末を弄っていて、早くも俺から興味を失いつつあるように見えた。


「会長は四日後のこの時間、スケジュール空いてますか?」


「私、『明日、空いてる?』みたいに訊いて、言質を取ってから内容を伝えてくる人があんまり好きじゃないのよねぇ」


「プレゼンテーションをさせてください」


 鷹司会長の瞳に興味が小さく灯った。

 タブレット端末を弄る手を止めて、不敵に笑う。


「ヒフ9999号先生のもとでコソコソしていたのは、それのため?」


「もちろんすよ。鷹司会長がどんな人かまだ知らねぇんで、いっぺん提言してくれねぇか訊いてみたんすけど、やっぱり駄目でしたね。なら口で説き伏せて、頷かせるしかねぇ」


「んふふぅ~。良いわぁ、ここまで喧嘩腰の子、珍しいわぁ……!」


 鷹司会長は頬を緩めて、胸の近くでふわりと掌を合わせた。

 その眼差しは小森に向けるそれと少し似て、嗜虐的だ。


「四日後……、ちょうど晴野くんが仮入部してから一週間の日ねぇ。分かっていて指定したのかもしれないけれどぉ、その翌日から、分裂協議の日程が始まるわねぇ」


「鷹司会長が提言しに行くタイミングとしては、遅すぎますかね?」


「ふふ……、もう勝った気になっているだなんて……可愛い」


 会長は、語尾にハートを浮かべていそうなほどに蕩けた声を聞かせてくる。

 毒々しくて甘っだるい響きだ。


「晴野くんが最初に指定した日時で問題ないわぁ。四日後の……十二時に開始でも構わない? 放課後は少し忙しないわぁ。予定時間は一時間。どぉう?」


「それで問題ねぇっす。この日に精一杯、噛みつかせてくださいよ、鷹司会長」


 俺と鷹司会長の視線が衝突し、激しい火花を散らしていた。



 ————————————————————————



 生徒会室のアンティークな扉を閉めて、俺はコーラを一口含んだ。


「はぁ……緊張した」


「一体何が?」


「うひゃっ……! 脅かすなよ……」


「警戒を怠っていたのは、晴野くんの方だと思うけど」


 俺に不意打ちを仕掛けたのは、肉月さんだ。

 片手にはファイル一冊、もう片手にはまたもや、広辞苑二冊分ほど積み上げられたラブレターの束がある。


「持つよ、その手紙」


「ありがとう」


「ぉお……重い……よく片手で持てんな」


「筋肉に良い負荷(ストレス)が掛かるから、それをゴミ箱に投げ捨ててやるときの解放感(カタルシス)は堪らないよ」


「ストイックだな。あと何かすまねぇな」


「ん? 何が?」


 肉月さんは謝罪の出どころを探るように俺を見た。


「だって、手紙はいつも心臓くんに処理してもらってたんだろ? 俺が心臓刺されちまったせいで、わざわざ運ばなきゃいけなくなったから、申し訳ねぇなーと」


「あれ、その話の精算はもう終わらなかったっけ? それは私に非があるんだから、もういいよ。それと、心臓くんの能力は校庭とかじゃないと使用申請通らないから、結局手紙は運んでたよ。……どうかしたの?」


「ん、いや……何となく、な」


「生徒会長に何か嫌なこと言われた?」


「関係ねぇよ。むしろ言った側かもな」


「……? あまり良く分からないけど。あ、そうそう、私この資料を会長に提出しなくちゃいけないから、ちょっとだけ待ってて」


 肉月さんは手のひらを突き出して、「すぐだから」と言った。

 俺は素直に待機命令に従う。

 生徒会室は防音がしっかりしているのか、耳をそばだててみても中での会話は聞こえない。

 それもできないとなると、俺は手持ち無沙汰のまま壁に凭れた。


「なんか、変な謝罪しちまったな……」


 俺はぼんやりと、昨日の病院ベッド上の会話を思い出す。

 肉月さんの下の名前を呼ぼうという話になって、それから気まずくなったこと。

 この気まずさが、俺の心のなかでしつこくループしていた。


 確かに俺は肉月さんのファンによって、実害を被った。

 だから、最低限の距離はあるべきだという彼女の意見は、納得できるはずなのだが、呑みきれないものがある。

 下の名前で呼ぶことを拒否された事実が、小骨みたいに俺の喉に引っかかっている。


「お待たせ」


「おう」


 宣言通りすぐに戻ってきた肉月さんと、何となく歩き出す。

 口からするっと話題が出て来ず、困っていたところに彼女が「心臓くん」と言った。


「彼、どう? 短期間で色々とあったけど、調子悪かったりしてない?」


「特に無ぇな。むしろ馴染んできて、今じゃうーっすらとだが、心臓くんの考えてることも分かるくらいだ」


「それは凄いね! じゃあ、今なんて考えてる?」


「あー……と……、『ぐすぴ』?」


「ぐすぴ? 聞いたこと無い平仮名の配列」


 心臓くんの思考の十倍希釈バージョンしか聞けない俺と、肉月さんは揃って首を傾げてしまった。


「なんだろこれ、俺もわかんねぇな……あ、『ぐーすーぴー』か。寝てんだわ、心臓くん」


「え? 心臓くんは寝ないけど」


「じゃあ、俺、心停止すんだけど、って………まじかっ!」


 俺は自分で自分に心臓マッサージを施そうと、両手を胸に重ねて押してみるが、セルフマッサージなんてできるはずもない。

 だから、ただ俺が胸に手を当ててときめいている人みたいになってしまった。


「落ち着きなよ。心臓が止まったら、人間はそんな元気でいられないよ。ほら、胸貸して」


 肉月さんは俺の胸板に、色の白くてほっそりした右手を触れさせる。

 彼女の手の圧力で、心臓くんの鼓動が明瞭に感じ取れた。


「ほら、動いてる。でもあれ、心臓くんに直に触れるときと違って、彼の声聞こえないな」


「あぁ、そういや、心臓くんとの会話係は肉月さんだったか」


 肉月さんはなぜか、喋れない心臓くんと会話ができた。

 また「執行部員として、心臓くんや他の喋れない上位存在(クラスメイト)と会話している様子の麗しさよ」と、肉月さんファンが話しているのを聞いたことがある。


「どんな風に聞こえてんだ?」 


「たまに聞かれるよ、それ。いつも私はイヤーフック型のイヤホンを付けたら分かるよ、って言ってる」


「イヤーフック? 耳に掛けるってことか」


「そう。耳を塞がないし、軽いから装着感がない。でも、音は聞こえる。これに近いね。一応、聴覚を通して聞こえているような気がする。けど、耳栓していても電車の中でも、はっきり聞こえるよ」


 彼女の懐かしむような表情の中に、少しだけ誇らしげな色が混じって見える。


「晴野くんの方はどうなの?」


「俺は肉月さんほど聞こえてねぇからな。ただぼんやりと頭ん中に感情が乗っかってくる気がする」


「抽象的だね」


「仕方ねぇだろ。まだ一緒になってから日が浅(あせ)ぇし。具体的じゃねぇが、さっきみたいに寝息くらいなら分かる」


「ところでその寝息、本当に寝息? 寝たフリをするくらいの茶目っ気はある子だけど」


 肉月さんは顎に手を当てて、俺の右手首を見る。

「もっかい試してみたいな」と彼女は俺の右腕を盗んだ。

 血が流れているのか不思議なほどにひんやりとした細腕に、手のひらや腕の肉を揉みしだかれ、二の腕も触られてしまう。


「声聞こえない……。ちなみに晴野くんの腕は筋肉質だけど、筋トレとかしているの? それとも心臓くんが入った影響?」


 肉月さんは黒髪を耳に掛け、近くに俺の右手を運ぶと、シャカシャカと振ってみたり、貝殻みたいに音を聴いたりした。

 耳介のコリコリとした凹凸が手の甲をくすぐってくる。


「ちょ、モノみてぇに……。肉月さんのファンに目撃されたら、さすがにやべぇよ」


「大丈夫だよ。これは執行部員として、晴野くんと融合した心臓くんの危険度評価を行っているんだから。この行為の阻害は、執行部業務の妨害とみなす」


「心臓くんとの意思疎通についちゃあ、もう医者先生に伝えてるよ」


「いや、だめだよ。上位存在たちとの特殊なコミュニケーション手段を持つ私からしか生まれない、観点や評価があるはずだから」


 肉月さんは強硬な姿勢を崩さないので、せめて周囲に気を張っていようと、俺は人気のない廊下をキョロキョロと見回す。

 すると、右手首の内側を、親指で丹念に押し始めていた彼女が、電気が走ったみたいに跳ねた。


「ど、どうしたんだ、肉月さん!」


「き、聞こえるよ……! 晴野くんの脈を触っていると、脈動と共に思考が流れ込んでくる……! そこそこはっきりと!」


「すげぇ……! さっそく教えてくれ。心臓くんがなんて言ってんのかを……!」


「ええとね、脈動の度にだから、断続的で聞き取りづらいんだけど……んん……? 『鷹司会長、怖かったぁ……』」


「それ俺じゃねぇか」


「え?」


「俺の思考だよ、それ。……恥ずっ」


 何でか知らないが、心臓くんではなく俺自身の思考が流れてしまっているようだ。

 強気に宣戦布告を叩きつけた俺が、内心ビクついていたことが露呈して、視線が泳ぐ。


「本当に? あ、また聞こえたよ。『最近の朱音、何だかそっけねぇような、怒っているような態度で、怖いなぁ』」


「それも俺じゃねぇか」


「『見事だ。しっかり。いいぞ』?」


「それolé(オーレ)じゃねぇか」


「『コーヒーによく混ぜる白い液体』?」


「それau lait(オ・レ)じゃねぇか」


「『性格が屈折しているね』?」


「それ折れじゃねぇか。ちょ、やめろやめろ、友達の瞬発力を試すんじゃねぇ」


 肉月さんから右腕を取り返し、強制的に悪ノリを終了させた。


「まったく、よく俺、答えられたな。ずいぶんなキラーパスだ」


「じゃあ、これは答えられる? 私に内緒で生徒会長にプレゼンテーションをしようとしていることについて」


「……こ、心読んだな……! ぷ、プライバシーの侵害だ」


 俺はささやかな反抗を試みる。

 しかし、非難の睨みつけに屈し、「いや、えっと」と一言を絞り出す。


「言おうと思ってたけどよ」


「今、言うタイミングはあったと思うけど」


「す、すんませぇん。隠す意図は無くって……」


「いずれ生徒会長から伝えられていたとしても、まずは友達の口から聞きたかったよ」


 頬を膨らまして怒ったかと思えば、眉を垂らして落ち込み始めた。

 感情の起伏が激しい彼女を前に、俺はただ平謝りする他ない。


「それから、ヒフ9999号先生のところで何やら訓練に近いこと、やってたみたいだね?」


「なんでそれもっ……あ、すんませぇん」


「まぁ、これは仕方ないよ。会長から聴取を受けているときに、電話が掛かってきて、その流れで知ったから」


 ぶすっとした表情の中に寛容な緩みを作り、


「でも、友達に伝えなくていい理由にはならないけど」


 しかしやっぱり、拗ねた態度は崩さない。


「それで、これから先生のところに行くんだよね? 私も行って良いよね?」


「はい。どうぞっす……」


 今後の予定まで読心を利用して盗み知られていたことについては、抗議を諦め、大人しく首肯した。

 そして、腕の時計を一瞥する。


「それじゃ、相生病院のロビーで待ち合わせな。十六時スタートだから、それに合わせて」


「え、一緒に行くんじゃ」


「まぁまぁ、後でなー」


 俺はそそくさと小走りで階段へ向かう。

 いくら何でも肉月さんと二人きりで下校するのは、外聞が良くない。

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