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上位存在と暮らすメイト  作者: 巳扇 宅麻呂


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第十話 心臓くんの力の検証(肉月さんと)

「この前会った時も良い笑顔だったけど、なんだか今日の彼女は凄惨な笑顔だね……?」


 萬前先生が地雷原を歩くみたいに、慎重に言葉を紡いだ。

 先生は俺の隣に並ぶ肉月さんを恐る恐る見ている。


「すんません。多分、俺のせいかも……」


「晴野くん。隠し事?」


「い、いや、……世間話っす」


 畏怖さえ感じる綺麗すぎる笑顔を振りまく肉月さんの追及を、なんとか躱す。

「ひえー」と小声で言うと、同感だと言わんばかりに萬前先生が目で頷いた。


 恐らく肉月さんは、俺と一緒に相生病院に行くと思っていたところ、現地合流にされて立腹していると思われる。

 しかし、こればかりは仕方ないはずだ。

 肉月さんを含めた三人で登下校するならまだマシだろうが、二人きりはあらぬ噂を立てられてしまいかねない。

 お次は俺の肝臓が刺されると思う。


「肉月さん、ここ地上階と雰囲気違うよな。なんだか怖ぇ」


 笑顔の奥に不機嫌さを隠す肉月さんの気を逸らそうと、俺は水を向けた。

 俺の目論見通り、彼女は辺りを見回し始める。


「そうだね。地下はシックな雰囲気」


「良いように言ったな。もっと無骨で露骨じゃねぇ?」


「そう? 飾り気がなくて、素朴かも」


「殺風景の間違いじゃねぇの? 研究所に相応しい、人殺してそうな感じだしさぁ」


「な、なんて言いざまだ……人道的な研究をしてるって再三言ってるのに……」


 俺の歯に衣着せぬ物言いに、萬前先生が悄然と嘆いた。

 しかし、俺は構わずやあやあと騒ぎ立てる。


「何の臭いもしないし。嗅覚が終了させられる薬品でも散布してんだろ! 怖ぇ」


「ユニークな発想だ。晴野くんって、ビビリだよね」


 肉月さんが俺を褒めつつ、鋭い指摘を投げた。


「良く言われんだよなぁ。強面にしちゃあ臆病で、イメージと違うって」


「私はギャップがあって、かわいいと思うけど」


「友達の褒め言葉はあったけぇなぁ……!」


「楽しそうだねぇ。二人とも、除菌ゲート通るよー」


 まるで引率の先生のような萬前先生の一言を受け、俺は「はーい」と間延びした返事をする。

 一方の肉月さんは、「はい」と短く鋭く答えた。

 彼女は俺に対しては自然な真顔で話すが、面識が少ない萬前先生に対してはよそ行きの笑顔を差し向ける。


 除菌ゲートは大した広さでもないので、一人ずつ立ち止まる。

 俺が立ち止まると、左右から空気のようなミストのような不可視のなにかが噴射されて、全身を包み込む。

 前回来たときも食らったが、慣れるものではない。


「うひゃ……、なんか除菌ゲートって、研究所に入りますよって感じがして、嫌だわぁ……。厳かで日常感が無ぇ」


 逃げるように除菌ゲートを出てから、俺は誰に文句を言うでもなく、ネチネチと呟いた。


「工場にもあるでしょ、除菌ゲート。こういうの私は好きだけどね」


 肉月さんがたしなめるように言う。


「除菌ゲートが好きな奴がいんのかよ……? 嫌いはあっても、好む奴なんて……!」


「あのミストを身体に受けると、俗世のしがらみが吹き落とされる気がして、悪くない心地になるよ」


「なんて神秘的な評価。滝の下でマイナスイオン浴びてるわけでもねぇのに」


「普段、ラブレター直訴衆(のろい)に付きまとわれているから、別の領域にこれた気がして心地よいの」


 肉月さんは両手を広げ、研究所の空気を美味しそうに吸い込んだ。

 学校の時と比べて、表情筋の緊張が薄いように感じる。


「他人を惹きつける肉月さんの魔力って、学校限定なのな?」


「いいや、全然だよ。私は学校に長居するから、生徒のほとんどが狂気的に言い寄ってくるだけで、外の人間も虫みたいに寄ってくるよ。ほら、今も」


 彼女の視線が指す方向を見ると、研究員たちがちらちらーっと俺たちに近づいていて、話しかけるタイミングを図りかてねいる。

 もしくは、作業しているふりをしながら、意識を肉月さんの方向に鋭く尖らせていた。


「すげぇな。肉月さんがいるだけで、周りの人間が正の走光性を持ち始めちまうなんて」


「ふふ、普段は鬱陶しいだけのこの容姿だけど、輝いていると言われてしまうと、満更でもないかも」


「だろ?」


「晴野くんは私と対照的だよね。負の走光性を周りの人に振りまくと言うか」


「人を寄せ付けない仄暗い光を持った強面陰キャだなんて、ひでぇ言いざまじゃねぇか……」


「そ、そこまで言っていないのに……ごめんね」


「謝るってことは、悪口のつもりだったのか!」


「この私に鎌をかけるなんてね……!」


 褒めたり謝られたりの言葉の応酬でひとしきり楽しんでいると、嘆息みたいな噴射音と共に、重厚な自動ドアが開く。

 通過してすぐの丁字路を右折し、少し進んだところで再び自動ドア。

 そこを通れば、昨日ぶりの耐久実験室『レプリケーションルーム』に到達するのだ。


「あ、思い出した。ここ来たことあるよ、私」


 制御室の大窓から、物々しい機械群を見下ろした肉月さんが淡々と述べた。


「まじかよ。どういう経緯でここに来ることになんだ?」


「執行部の研修で。確か『上位存在たちの危険性を視覚的に理解するため』って生徒会長が説明してたはず」


「摂氏一六〇〇度や十億ボルトといった突飛な数字は、文字じゃピンと来ないものだからね。マネキンが実際に食らうのを見てもらって、プラス研究員の詳細な説明が加わることで、しっかり理解できると考えているよ」


 肉月さんと俺の隣に並んだ萬前先生が、口を挟む。


「俺も小学校か中学校の頃、交通事故の動画見せられたな。マネキンが車に轢かれるやつ。あれみてぇなことっすか」


「その通り」


「確かに一瞬で恐ろしさが理解できちまうなぁ」


「そうだろう? 晴野くんなんて実際に食らってみたんだから、もう肌で理解できちゃっただろう?」


 先生がにこやかに語りかけた。

「肌で理解」だなんて、ゲッヘン皮膚から生まれた先生のヒフジョークっすかい?、と軽口を叩こうと思っていたその時、


「はいぃ!? なんて言いました!? 今!?」


 肉月さんが素っ頓狂な大声を出した。

 俺が友達になって以来の大きな表情変化で、目を剥いて眉間に皺を作っている。


「か、火炎放射器とか電極を使用して、……晴野くんに実際の威力を体験してもらいました……」


 肉月さんのあまりの剣幕に、狼狽えた萬前先生は思わず敬語で答えてしまっていた。

 俺も先生と同じくらいびっくりしつつも、肉月さんを宥めようと動く。


「お、落ち着けよ肉月さん。俺はてっきり知ってると思ってたんだが。萬前先生が会長にかけた電話で聞いてたんだろ?」


「あれは心臓くんの能力評価実験としか聞いてなかったから……! それに、危険な実験をするにしても、採取した血液を使うと思うでしょ!?」


「もちろん、採取済みの血液を使用した実験は今も行なっているし、それを用いて熱耐久とか、圧力耐久とか、各種実験に取り組んでいるよ……!」


「じゃあ、尚更、晴野くんが身体を張る理由がありませんよね?」


 萬前先生が身振り手振りを用いて、懸命に説明しようと努めるが、肉月さんは易易と納得しない。

 先生はオロオロと肉月さんの迫力にのしかかられたように腰を丸めた。


 前回は頼りがいのある雰囲気を見せた萬前先生だったが、感情を正面からぶつけられると、たんぽぽの綿毛くらい弱い。


「し、しかしね? 晴野くんの血管と接続した血液と、離脱した血液では性質が異なるかもしれなくてぇ……」


「かもしれない、じゃないですよ。人体実験より先にそれを明らかにすべきだったでしょう? 仮に性質が異なっていたとして、その結果を得て初めて人体実験をするか否かを選択するべきだったのでは?」


「えと……」


 萬前先生に説得は不可能だと悟った俺は、「俺が先生にお願いしたんだ」と口を挟んだ。

 肉月さんは頭に昇った血を冷ますように息を吐くと、俺の方に向き直る。

 毅然とした態度を崩さぬまま、黙然と視線で先を促した。


「改めて言うが、俺はチョクチョーくんの分裂協議を中止させるために、鷹司会長を説得することにした」


「そうだね。君の心を読んだから、知っているよ」


 目を細めて、低い声で皮肉げに頷いた。

 まるで、まだ隠していたことでもあるのかな、と言いたげな疑る視線が俺に突き刺さる。


「そのために俺自身が実験に参加する必要があるんだ」


「具体的に」


「俺はチョクチョーくんの保護管理責任者となるつもりだ」


 堂々と宣言した俺をまっすぐ見据えたまま、肉月さんは顎を指で撫でながら、「そう」と呟く。

 彼女の怜悧な瞳に知性の光がきらめいた。


「分裂協議が決定した理由は、人間が攻撃を受けたから。なら晴野くんがすべて世話するってことなら、君以外被害は受けないから、協議を中止できる、と?」


「そういうことだ。流石だな、肉月さんは」


「どこが流石なの? それだと晴野くんが犠牲になるだけ。それじゃ、中止にはならないよね」


 目に掛かった黒い前髪を鬱陶しげに避けながら、彼女は不満げに言った。

「納得の回答をくれよ? さもなくば」と脅迫するような張り詰めた空気が、肉月さんを中心に放出されている。

 俺はこっそり冷や汗をかきながら、丸まりそうな背筋を正した。


「そこで、心臓くんの能力を自在にコントロールし、いざという時にチョクチョーくんの攻撃に対応できると証明できりゃあ、どうだ」


「少なくとも分裂協議は延期になる。……でも、でも、ぅう……晴野くんが人体実験を受ける理由説明になってない」


 肉月さんは意地を張るような呻きと共に、あくまでとぼけ続けるようだった。

 既に彼女は、俺が自ら実験に参加しなければならない理由に気づいてしまっただろうに。

 腕を組んで身を縮める彼女は、否定したい気持ちを必死に抑え込んでいるように見えた。


「例えば心臓くんの血が火炎放射に耐えられても、実際にチョクチョーくんを目の前にした俺が、咄嗟に血の壁を作れなきゃ、意味がねぇ。練習がてら、俺と心臓くんの連携を見せる必要があんだよ」


 肉月さんは苦しげに目を瞑り、眉間に力を溜めて黙り込んでしまった。

 そして、近くのソファ席に力なく座り込み、俯く。


 俺の示した答えに懸命に抗おうとする彼女を見て、なんと言葉をかけるべきかしばらく逡巡し、正解を見つけかねていた俺は、彼女と似たような格好をしていたことだろう。

 ついに見つけられなかったところで、肉月さんはおもむろに顔を上げた。


「わかった。納得する」



 ————————————————————————



「ぅぉおぇ、げ、げぇ……ぉお゛……」


「だ、大丈夫……? そんなに酷い臭いなの……!?」


「ドブにぃ……頭突っ込んだみてぇな感じ……臭すぎて肺が呼吸を拒絶する……ぅおぇ、ぇえ゛……」


 俺は防火服の頭部を外して、エチケット袋に嘔吐した。

 床に四つん這いの格好で。


 懸命に俺の背を擦る肉月さんが、水を差し出してくれる。

 お礼を言う余裕もなく、悪臭を胃の中に封印する勢いで飲み干した。


「火炎放射器と一緒に悪臭も吹きかけるなんて、悪辣」


 肉月さんは心配そうに俺の背をトントン叩きながら、言い捨てた。

 視線は俺に向いているが、その毒舌の矛先は萬前先生である。


「そ、そう言われても……。手を抜くことは明斗くんのためにならないし、第一、彼の覚悟に不誠実だからさ」


「そんなこと、分かっていますよ。ヒフ9999号先生」


「そ、そうだよね~……」


 自分からチクチクと刺しておきながら、反応するとピシャリと突き放す肉月さんに対し、本当に困っている様子の萬前先生。

 すごく会話がしづらそうだが、間に入れるほど今の俺には余力がない。


 申し訳なさと吐き気に苦しんでいると、萬前先生が自ら助けを求めるように俺に近づいた。


「明斗くん、水はまだまだあるからね。あと、鉄分補給も忘れずに」


「甘い飴、あるよ? 口の中、胃液で酷い味でしょ?」


「二人とも゛……、ありがど、ございまず」


 俺は飴とサプリメントを一緒に放り込む。

 まだ味覚が死んでいる。


「ほら、ここのソファで横になりなさい、ね?」


 萬前先生が背もたれの無い、長くてふかふかなソファのところまで肩を貸してくれる。

 クッションがくたびれていないが、ガワが新品には見えないので、値の張るものを買っているのかなと想像した。

 これで研究者が仮眠をとっているのだろう。


「ふぅ~、落ち着いてきた……」


「そうかい、よかった。時間はあるから、まあ、ゆったり休んでね。体調を崩したら元も子もない」


 萬前先生が微笑みかけた。

 貴重な先生の時間を貰っている立場なのに、ダウンしてしまって申し訳ない気持ちが胸を占める。

 しかし、それを感じさせまいとする柔らかさが先生の魅力のひとつだ。


「そういえば肉月さん。さっきの会話で、明斗くんの心を読んだ、と言っていたよね? それについて、詳しく聞かせてもらえるかい」


「あぁ、はい、そうですね。私は上位存在の内臓たちの声が聞こえる体質なんです。私は心臓くんの会話係でしたから、晴野くんと一蓮托生となった今でも聞けるのか試したところ、晴野くんの声しか聞こえませんでしたね」


 俺の不調で生まれた休憩時間。

 しかし、研究者萬前先生はこの時間も心臓くんの能力評価に勤しむのだ。


 この実験への不満を萬前先生にぶつけてくる肉月さんと二人だけの会話に困るかと思ったが、意外や意外、研究に関することになると、毅然の二字を鎧のように身につける。

 肉月さんは未だ刺々しい雰囲気を引きずっているが、研究モードの先生は意に介さない。


 この様子を見ていると、普段は凛然と構えていて泰然自若な肉月さんでも、やはり高校生であり、普段は頼りなさそうな脆さの先生でも、やはり大人なのだと理解させられる。


(そういえば、萬前先生は何歳なんだろうな)


 肌年齢は低そうで、しかし油でギトギトするほどではなく、肉月さんの黒髪と良い勝負をするツヤのある肌だ。

 ゲッヘンの皮膚は健康的なのかもしれない。


「晴野くんの声はどうしたら聞こえるんだい? 距離があっても可能なのか、はたまた皮膚接触なのか」


「少なくとも皮膚接触です。今日試したんですが、手首の脈に触れたときに聞こえました」


「ははあ、なるほど……」


「鼓動と共に断続的でした。まだ試行回数は少ないですが、文節単位で聞こえます」


 肉月さんのスムーズで詳細な説明のお陰か、萬前先生は回答を誘う合いの手はほとんど入れず、青い双眸は探究心と研究心の熱を帯びている。


 一方で、徐々に最低だった気分が回復し始めていた俺は、


(萬前先生って、実年齢のこと肌年齢って呼んでねぇのかな。ゲッヘンの皮膚だし、ありえるよな。でも、真の意味の肌年齢と同じでややこしいか)


 ずいぶんとまあ、しょうもないことを考えている。

 すぐにでも起き上がりたいが、まだ倦怠感があるので、動けば先生の言う通り風邪を誘発しかねない。


(そんなん言ったら、チョクチョーくんもか。腸年齢とか言うし。そういや、チョクチョーくんにも一度会わねぇとだな。俺のプレゼンを有利にする証言も得てぇ)


 しょうもないモノローグから今後の予定のことに思考をシフトさせつつ、水を一口。


(どうやって会うかは思いつかねぇが、準備はしとくべきだ。しっかし、チョクチョーくんから都合の良い証言なんて出てくるもんかな。激昂して話にならないと困る。……今はもう、頭冷えてるといいが)


 横になりながら一人憂いを抱えて嘆息していると、熱に浮かされた先生の噛みしめるような声が聞こえた。


「晴野くんの思考が血液を介して流れている……と。脳が密接に関係しているのは、納得だねぇ。二者間には漠然とコミュニケーションができるみたいだし——」


 俺に協力していることとは無関係に楽しんでいるような気もする。

 迷惑をかけている手前、申し訳なさが渦巻いていたが、こういう姿を見ると少しホッとした。


「肉月さんと心臓くんの時も、直接接触して会話していたのかい?」


「基本的にそうでした。それ以外だと、心臓くんとは筆談で会話することはありました」


「なるほ……「それだ!」」


 萬前先生の相槌を潰しながら、俺は肉月さんを指差した。

 人に指を差すのは失礼だという常識が念頭に現れないほどに、アイデアが生まれた喜びが強い。


「ど、どうしたんだい……?」


「チョクチョーくんとの事情聴取で、筆談、使えるかもしれねぇ……!」


「……また会いに行く気なんだね」


 一人で沸き立つ俺を、肉月さんは不安げに見つめた。

 引き止めたそうな右手をためらいがちに出し、指を少し伸ばしてから、左手で押さえるように包み込む。

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