第八話 心臓くんの力の検証②
『今更説明するけれども、このエリアはチョクチョーくんから記録済みのデータを、工学技術メインで再現する耐久実験室。明斗くんが居るのは、チョクチョーくんの火炎放射を再現した火炎放射器だよ。摂氏一六〇〇度くらいかな』
「ちょ、怖ぇ!! 怖ぇ!! 目の前に火炎放射器の口があるって……!!」
『チョクチョーくんを眼前にして凌いだことあったんでしょー? いけるよ』
俺は息苦しい防火服に身を包み、泣き言を叫ぶ。
コントロールルームから様子を見ている萬前先生の呑気な声が、防火服内側のスピーカーから聞こえてきて、腹が立った。
『あ、そうそう、さっき電話で鷹司さんに許可いただいたから、心臓くんの能力を遺憾無く発揮してくれて結構だよー!』
「それどころじゃねぇ……いや、大事なことっすけど……やっぱそれどころじゃねぇ……!!」
『いざって時は防火シャッター閉じるからさ。三重だよ? まずければ、すぐ右手庇ってね』
俺は故意に分離された、防火服の右手首部分を不安げに見る。
耐熱ジェルを塗りたくって半透明感を得た肌が、剥き出しになっていた。
右手の皮膚感覚だけが鋭敏で、常温の空気ですら熱を帯びている気がする。
心臓くんの能力は、皮膚を押しのけて出てきた血管から発動されるが、防火服まで突破できるかは疑問だ。
血管の貫通力は要検証として、今回は右手を露出させている。
『明斗くんの合図からスリーカウントで発射するから、準備できたら返事してね』
「いや、まだ怖ぇっす……なんすかあの火炎放射器のノズル周り……ガトリング?」
俺の目の前にある火炎放射器は、知っているそれと異なる点がある。
ガトリング砲みたいにノズルが円を描いていて、中心点に一際大きなノズルが設置されているのだ。
俺はノズルだと信じているが、実は銃口で、このままだと蜂の巣にされてしまうのではないかと恐怖してしまう。
あまりにも物々しくて、殺意に満ちた形相を火炎放射器に見出す。
「ビビンなビビンな震えんな……! 先生の言った通りだ、いっぺん食らったろ、俺。時間ねぇんだ」
俺は笑う膝を何度も叩き、手をこすり合わせた。
それから肺いっぱいに空気をためて、ゆっくりと吐き出す。
心臓が、心臓くんが鼓動を段階的に緩めていった。
心臓くんが俺と細胞レベルで繋がったから、何となくだが、緊張が心臓くんに伝わるし、それを受けて返ってくる緊張も、俺に伝わる……気がしている。
肉月さんほど明瞭な意思伝達はできないから、焦りや緊張は、確実に追い払わなければならない。
「心臓くん、お願いしてもいいか? できれば、貧血で倒れねぇくらいに」
落ち着きを取り戻した心臓が、不自然に二度、脈動した。
俺は口端に不敵な笑みを作る。
「萬前先生、いけます」
『了解。3,2,1、ファイア!』
中央ノズルが赤光し、陽炎を帯びて揺らめいた。
防火服を隔ててなお、ジリジリと赤外線が顔を焼く。
俺は右手を前方に差し出す。
手首の血管が痙攣したかのように動き、痛みを伴わず皮膚を飛び出した。
血管から放出された血液が、笠のように展開し、肌を刺した熱さが失せる。
その状態が二秒ほど続き、放射音が止まった。
緊張と集中で呼吸を止めていた俺は、「ぶはっ」と息を吸い込んだ。
以前同様、血が焼け焦げるような臭いがして——、
「ごぉぉうえっ……おっ……おぉおっ……ぅ、ごぉぉぉ……」
くっさいくっさい悪臭が鼻腔をえぐり取った。
嗅いだことがないほどの暴力的な臭気で、味覚すら悲鳴を上げる。
俺は必死にえずいて、咳き込み、苦鳴を漏らし続けた。
「な゛ん゛だごれ゛ぇぇぇぇ……ぎ、ぐ、ぅおぇぇ………」
『チョクチョーくんの火炎は、彼の体内から発射されるんだよ? 当然、ガスや糞を燃料にする場合があるからね。今回は糞炎パターンを噴射しといたよー』
ガトリング砲みたいな配置のノズルを思い出す。
あそこから噴射されたのだ。
苛立つほどに臭い。クソが。
『しっかし頑張るねぇ。チョクチョーくんの世話係としての相応の実力を示すために、ここまでするなんて』
「うんこ臭を出してくれなんて言ってねぇっすけどねェ……。まぁ、いづれやんなきゃならなかったとは、ぉえ……、思いますけど…おっ…とと」
『大丈夫かい!? 今、研究員を遣るからっ』
能力を使った反動で、俺は目眩がして真っ直ぐ立てなくなってしまった。
しかし、迅速な対応のおかげで、俺はコントロールルームまで肩を貸してもらい、ソファで腰を落ち着ける。
「どう? 目眩以外に不調とかない?」
「意識ははっきりしてます。特に異常は無いっすね」
「そうかい、それなら結構なことだよ。前回のは、妹さんたちを守るために広範囲に血液笠を展開したから、失血死しかけたのかな。今回は火炎放射実験室が狭かったから、反動も軽微だった」
「心臓くんに省エネでって頼んだのも、理由かも知んねぇっす」
「あぁ、口に出していたね。なるほど、明斗くんと心臓くんの間に、要望と承認のプロセスが存在しているわけか。ぼんやりと意思疎通もできる、と」
萬前先生は呟きをこぼしながら、手持ちのタブレット端末に新情報を打ち込んでいく。
「ふぅ……」
「吐き気があるかい? エチケット袋いる?」
「いや、大丈夫っす。それより、まだ余力はあります。もう一回くらいやらせてください」
「分かったよ。時間は……あと三十分くらいあるね。ほら、即効性はないけどサプリメント」
「助かります」
鉄分補給!と銘打たれた小袋に詰まった黒っぽい色味の粒を口に含み、ペットボトルの水で流し込む。
即効性が無いとは言われたが、プラシーボ効果と言うやつだろうか、気分が回復した気がした。
「ほんと、尊敬だなぁ。君ほど、僕らみたいな上位存在のために動いてくれる子はいないよ」
「別に俺だけってわけ、無ぇと思いますけど」
「身体を酷使して、倒れて、炎に怯えながらも挫けない精神力を持っている人は、そう居ないさ。感謝してる。素直に嬉しい」
「先生って、そんなに上位存在たちのこと考えてたんすか?」
「上位存在は理性のある猛獣みたいなものだよ? 現にチョクチョーくんが人を殺しかけた。みな上位存在を責めるだろう。排斥したがるだろう。だからこそ、僕くらいは心からの味方でいようと思っていた。同じ上位存在という贔屓目無しにね」
萬前先生は「だから、」と続けた。
「明斗くんみたいな、熱心に動いてくれる子がいるのが、すごく嬉しい。仕事を押してまで君に協力しているのは、単なる善意だけじゃないんだよ?」
淀みのない笑顔に、陰りのないスキンヘッドは先生の心性を象徴しているといえよう。
「じゃあ、遠慮なく先生のこと、頼り倒せそうっすね?」
「た、頼り倒す……、怖い響きの言葉だなぁ……。でも、そうだね。望むところだよ、遠慮なく頼って」
一瞬青ざめた笑顔を浮かべた先生だったが、すぐに強気な雰囲気に変わった。
「よし、先生。時間無ぇんで、すぐもう一回やりましょう!」
「じゃあ、次は放電レプリケーションいってみよう!」
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「今更っすけど、チョクチョーくんって電撃放てるんすか。電気は人間が防げる速さじゃねぇ」
また別の実験室に送り出された俺はまたも泣き言を言った。
今度は、俺の眼前に二本の電極が突き出ているのだ。
物騒でゴツゴツしたマシンばかりの環境に遊び心を、というつもりなのか、その電極は龍の鹿角をかたどっており、龍の顔のオブジェも設置されている。
俺にはまだ、こんなものでキャッキャできるほどの少年心があるはずなのだが、そんな童心でさえ中和できぬくらい、電気は怖い。
『龍だから電気も司ってるさ。でも大丈夫。まず、弱い電力でいってみようか!』
「ぼ、防電服みたいなの無ぇんすか……!?」
『四万ボルトくらいだから。ざっくりと例えればテレビ番組とかで芸人さんが食らってる、強めのビリビリグッズと同程度の電圧さ』
「あれ、結構痛そうじゃねぇ……?」
『大丈夫だよ~、電撃の脅威は電圧だけでは決まらないよ』
火炎放射器の時と違って、咄嗟に俺を守ってくれる防火扉無く、ものすごく不安だ。
防火服の頼もしい重みも無くて、そわそわする。
『ただ、今度は先に血を展開しておいて欲しいんだけど……』
「はい、できました」
『速いねぇ』
「心臓くんがやってくれてるんで、俺はお願いするだけっすね」
『へぇ~、AIツールみたいだね。血の操作は心臓くんが頑張るから、明斗くんの要請次第で自在なわけだ。良い情報~、明斗くんと心臓くんの危険性を低く評価できるよ』
俺のお願いを受けて右手首から血管が飛び出し、心臓くんが作ったのは、頂点が鋭利で、全体的に細長い円錐形の構造物で、底面からは細長い管が伸びて地面や壁に接着していた。
『うん。避雷針みたいで良い形だね。これも彼に要請したの?』
「そうっす。心臓くんに心の中で、『避雷針みたいに尖っていて、電気をどこかに逃がせるような構造』って」
『良いプロンプトだねぇ。物理とか得意?』
「いや、避雷針の仕組みを解説してるショート動画を見たんで、かっけーと思って自分でも調べてみただけです。俺、文系で」
『ショート動画……? ふぅむ……げ、現代の子だねぇ』
一時代前には存在しなかったであろうモノの登場に、狼狽を隠せていないのが声の揺れでわかった。
スピーカーの奥から、『ショート動画って何?』『忙しい人専用の脳味噌融解装置ですよ』と、先生と若い研究者の問答が聞こえてくる。
極大の偏見に対し、萬前先生は『ふぅむ、ホラー動画ってことだね?』と納得の声を上げた。
先生は、訊く相手を間違えてしまったようだ。
訂正してあげるべきか悩んだが、時間がないので放っておくことにする。
「萬前先生、そろそろ始めませんか。時間無ぇっすよね? さっきから怖ぇんで、さっとやりましょう」
『あぁ、そうだったそうだった。じゃ、またスリーカウントでいくからね。3、2、1、サンダー!』
龍角を象った電極が、冷たい青に光ったと俺が気づいたときには空気を切り裂く音がしていた。
血管を通じて繋がっている右手は、筋肉が引き攣り、ささやかな痛みを覚える。
血の避雷針は不動のまま何も変わらず、血のアース線はちょっとだけ焦げた臭いがした。
『四万ボルトはいかがだった?』
「想像より痛くねぇ……。余裕っすね」
『よし、じゃあ本番、十億ボルトいってみようか』
「……命、預けましたからね……」
『ちょ、…冗談だよぉ~。冗談を神妙な顔で受け止められると、困るよ』
ワタワタとした音声が耳に届いた。
「その十億ボルトって、チョクチョーくんが撃てる最大電圧なんすか?」
『そうだね。電圧だけ見れば、立派な雷級の威力かな』
「それ食らったら、人間は死にますよね?」
『常人なら十回食らって九回死ぬと思うけど、心臓くんが居るならどうだろうね? やっぱり一度、食らってみる?』
「……俺の命、預けましたからね……」
『すぐ人命を預けるの止めてほしいなぁ……。僕のキャパシティに見合わないから。重すぎる』
萬前先生は目の前にいないが、先生のげっそりした様子が目に浮かぶようだ。
すると、先生が『そろそろ時間だね』と言った。
『まぁ、十億ボルトは冗談だけど、良いデータも取れたし、ここまでにしようか』
「でも、十億ボルトを食らっても問題が無ぇって、証明しねぇと……」
『そこでなんだけど、明斗くんが今日放出した血液、研究所にくれない?」
「血液っすか? もちろん構わねぇっすけど……何か考えがあるんすか?」
「血液さえあれば、明斗くん不在でも、例えばマネキンを使ったりとか、血液成分や性質変化を調べてシミュレーションしてみるとか、やりようがあるからさ』
「十億ボルトもですか……?」
『もちろん。だけど、食らっても問題ないかどうかは、シミュレーション次第と言っておくよ』
「そっすか」と口の中で呟いてから、俺は電気実験室を後にし、萬前先生の居るコントロールルームまで戻ってくる。
先生が鉄分補給サプリを手渡し、俺は礼を述べつつ飲んだ。
「チョクチョーくんの居る屋上空間は、電撃を発散させる設備やそもそも放たせない避雷針もある。加えて、君たちは対抗策がある分、彼の保護管理責任者になれる資格が十分ある。気負いすぎないでね」
「すんません。忙しい中で手伝ってもらってる上に、気ぃ使わせて」
「気にしたら駄目だよ。さっきも言っただろう? 僕は善意だけで協力しているわけじゃない。容赦なく頼り倒すと良いよ」
萬前先生が俺に微笑みかけた。
このときの先生ほど、頼りがいのある覇気を纏っていた瞬間はなかったと思う。




