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上位存在と暮らすメイト  作者: 巳扇 宅麻呂


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第七話 心臓くんの力の検証①

「いやぁ、いやぁ。お早い帰還だね。医者としては嬉しくないことだけど」


「すんません」


「……はは。まぁ、失血死から二、三歩手前だったからだいぶ心配だったけど、元気になったならそれに勝る喜びはないよ」


 肉月さんや朱音が、鷹司会長と共に病室を後にして、残されたのは俺と萬前先生だった。

 萬前先生は、何だかやりにくそうにしている。


「あ、あのさ、その梨少しいただいても良い……? 午前中は患者さん大量で……朝も昼もまともに食べれてなくって」


「もちろん、いいっすよ。肉月さんが切ってくれたヤツっす」


「おお、例の激マブ……って言い方ってもう古いんだったね……」


「あぁ、まぁ、あんまピンと来ない表現っすね」


「やっぱり? さっきもこれ言ったら、看護師さんに『埃かぶった言い方ですね。埃臭い。加齢臭もする』って言われちゃった……。酷いよね。しかも、これ言ったのヒフ10046号氏なんだよ? 第六期生だから、同い年のハズなんだけど……」


 萬前先生は肩を落として項垂れ、清潔感のあるスキンヘッドが見せつけられた。    

 そして、まるで俺の気を引こうとするような大げさなため息を吐き、呼気が頬までやってくる。

 息は臭くない。歯磨きはしっかりしているらしい。


「今どきは、『メロい』かい?」


「そっすね。それはよく聞きます」


「よっし、積極的に使ってこうかな。へえ、この梨、あのメロい肉月さんが切ってくれたんだァー。バリうめー」


「若者って、チンピラ口調でイメージされてるんすか」


「僕のドパ舌も唸っちまうぜ」


「若者言葉を追っかけるのは大変すよ。アンテナ張り続ける努力をせず、安直に使い続けたおじさんたちが、嗤われるんすから」


「手厳しいなぁ。……分かっているけどね。若者に合わせようとしている歳上の背伸び感が、見苦しいんだろうって……。これが、か、蛙化だっけ……?」


 教えを請うようにちらちらと視線を送られるが、俺も詳しいわけではないから、肩をすくめるしかない。

 萬前先生も真似して、肩をすくめてくる。

 会話が止まって、俺と萬前先生が和梨を咀嚼する音が病室に響いた。


「明斗くんの強面が羨ましいよ……。僕、パッとしない顔面パーツの配置って言われるし」


 いつもの困り顔で俺の顔面を見つめていた先生が、鬱蒼とした吐息を漏らした。

 先生が愚痴るときは決まって、梅雨のような湿気が部屋に満ちる気がする。


「先生たちって、ゲッヘンの皮膚から生まれたクローンみたいなモンすよね? 顔のパーツ配置にそんな差あります? みんな同じに見えますけど」


「あるんだよ、言われるんだよ。『先生って、甲斐性ゼロの顔つきしてますよね。寄りかかったら葦みたいに折れそう』って」


「確かにナヨナヨと弱々しい雰囲気は纏ってるっすよね。覇気が無いっす」


「覇気ぃ? 働いている医療従事者に、覇気を纏えるほどの元気があるわけないだろぉ……?」


「すみませんでした……」


 無理にでも励ましてあげるべきだったかも知れない。

 萬前先生はオジギソウのように閉じてしまった。

 かと思えば、


「あ、顔面の皮膚と骨格を丸ごと交換してみちゃう? 今は循環器内科だけど、もともとは整形外科を目指してたから」


 目を爛然と光らせて、話題を振ってきたりする。

 感情の起伏の激しい先生に戸惑いながらも、「マジですか」と素直に驚いた。


「イメージ無いっすね。あんまり医者の仕事の代表格って感じしねぇっすけど」


「美容整形はね、ガッポガッポなんだよ?」


 萬前先生は親指と人差し指で輪を作った。

 チャリンチャリンと小銭の降り落ちる、黄金色の音が聞こえた気がした。


「ははっ、ずいぶんと俗っぽい仏様っすね」


「ふふふ、一切衆生悉有金欲ぅー」


 萬前先生は丸椅子の上で胡座をかいて、両手を来迎印(上下オッケーマーク)にして、仏頂面を見せつけた。

 この仏様が招く西方極楽浄土は、土地も木々も泉も黄金だろうと思うと、面白くて笑ってしまう。

 浄土の国で、有頂天になる萬前先生の様子が思い浮かんで、また笑い声が漏れた。


「やっと笑ってくれたね」


 先生に人の良さそうな笑顔を見せられて、俺は思わず顎や頬を触る。


「……はい? 俺、何か失礼な表情してたすか? 確かに、俺の強面はなんだか敬意が足りないって老人方に言われますけど」


「違うよ。明斗くんはひょっとして、落ち込んでいたり悲しんだりしているんじゃないかと思ってさ。だから、ちょっとでも励ませたらなぁ、と考えてね」


「何でです?」


「さっきの会話、側で聞かせてもらっててさ。明斗くん、それで落ち込んでたんだろう?」


 眉を斜めに下げて、不安そうに覗き込んでくる。


「いや、全然落ち込んでないです。分裂協議を回避するために、どうすれば良いかを考えてたっす」


 萬前先生の深刻そうな雰囲気に対し、俺はあっけらかんと答えた。

 先生は肩透かしを食らって、目をパチパチと瞬く。


「じゃあ、どうしてずっと口数少なかったのさ?」


「先生、忙しくてお腹空いてるって言ってたんで、梨食べる時間を待とうかと思って」


「なぁんだよぉ。変に気を揉んで疲れたぁ……」


「え、なんかすんません」


 空気の抜けた風船みたいに椅子に座り込んだ先生に、何となく謝罪する。

 それから、先生は爆速で梨を完食し、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と満足げに唇を舐めた。

 先程までのぎこちない表情は、もう見る陰もない。


「それで、これからどうするとか考えついたのかい?」


「いや、具体的なことはあんまり。目標としては生徒会長か校長を説得して、分裂協議中止の流れに運びたいんっすよね。そのために説得材料探しをしなくちゃいけないなって感じです」


「校長先生は難しそうだね……。たしか、チョクチョーくんの分裂協議は、校長が真っ直ぐ市長の下へ飛んでいって、それからすぐに決定したらしいからねぇ。あの人は上位存在に対して厳格だから」


「道理で三時間で決まるわけだ。早すぎんだろ」


「その論点でも突っつけそうだね? 校長と市長の合意だけではスムーズすぎる!……って」


 この後も萬前先生は色々と案を出してきてくれて、とても頼もしく思えた。

 そう素直に褒めると、先生は「大学教授の素人質問が僕を強くしてくれたよ」と、高校生の身にはよく分からないことを誇らしげに喋った。


「そうだなぁ、あとは心臓くんの血の能力を使って、ガツンと殴り込むみたいな?」


「ありえねぇっす。禁則事項っすし、それやったらむしろ、協議の日程を早めかねねぇ」


「だよね……はは。チョクチョーくんの一件聞いたけど、血液纏ったり、飛ばしたり、いっぱいできそうなんだけどね。少年漫画の見すぎかねぇ」


 俺は顎を摘む手を止めて、数度目を瞬く。

 煮詰まり始めた案だしの中で、「心臓くんの力」という話が光って見えた。


「それっすよ……! チョクチョーくんを押さえられるくらいの力があることを示せれば!」


「え、やっぱり殴り込む!?」


 俺は黙って首を横に振った。



 ————————————————————————



 俺と萬前先生が向かったのは、病院の一階。

 受付カウンターと出入り口に挟まれる配置で、横長の待合席が八列並んでおり、七割程度は埋まっている。

 受付の上部にはテレビモニターが六台も設置されており、お昼の情報番組や競馬中継などが字幕付きサイレントで放送されている。

 さすがは相生市一の大病院だ。


 ちなみにそのテレビの内の二台は病院の施設案内と、医師の紹介映像がエンドレスで流されていた。

 ちらりと見えたその紹介映像の中で、萬前先生ことヒフ9999号氏の名と顔写真が映し出される。


「なんすかあれ、筆頭医師って説明されてますけど」


「ふふ、こう見えて僕、ここ相生病院では有名で腕利きなんだよ?」


「え、じゃあ、今から抜け出すのまずくないっすか?」


「もちろん! 見つかったら……」


「看護師さんたちから大目玉?」


「いや、一週間くらいネチネチ文句を言われ続けるだろうね。『ストレスで髪の毛が抜けてしまいました』って僕らお決まりの文句が、周囲を飛び交うに違いないよ」


「それ嫌っすね……」


「でしょー? しかも、看護師が井戸端会議をしてる横を通ると、これみよがしに陰口言ってくるんだよ。もうあれ、陰に見せかけた陽、陰陽口(おんみょうぐち)だよねぇ。陰陽師なら物の怪払ったり、星占いでもやっていてもらいたもんですけどねぇ」


「確かにそうですね……。俺なんかのために犠牲になっていただいてすんません、物の怪先生」


「え」


 萬前先生は俺の視線を追って、恐る恐る先生自身の背後を見た。

 引き攣った笑いを作って、「どもです」と片手をちびっと上げる。

 先生が挨拶した相手は、ヒフ10046号氏だ。

 彼女は腹の前で両手を重ねて、陰の差したにっこり笑顔を見せた。


「私らが忙しくしている間に、ずいぶんと楽しそうで? ストレスで髪の毛、抜けてしまいましたよ」


 彼女がスキンヘッドを萬前先生の鼻先にこつんと触れさせて、歯を見せて笑った。

 ヒフ10046号氏の背後では、同じようなスキンヘッドの看護師さんや、それ以外の髪型の看護師さんが慌ただしくしている。


「ぼ、僕がお空の星になってしまいそうですね……?」


 萬前先生は関節部に油を差し忘れたロボットみたいに、ぎこちない動きで指を組み合わせた。

 ヒフ10046号氏が、蔑んだ目でその様子を見つめている。


「殺しませんよ。そんなことしたら、私らが仕事に忙殺されんですけど? あと、星にならないでくださいね。萬前先生の星は、絶対に凶兆ですから」


「ひど……、はい、すみません……」


 医師先生であり、しかも相生病院の筆頭医師という最高のステータスを持っているというのに、なんだか肩身が狭そうに謝罪する萬前先生。

 疑問と不憫を胸中に抱きながら、そろそろ助けようかと、俺は口を開いた。


「ヒフ10046号氏、実は萬前先生に俺の我儘を聞いてもらっているんです。お忙しいことは承知で、先生のお時間をいただけませんか? 厳しければ、日程を調整させていただきたいのですが」


「あ、そうなの? じゃあ、大丈夫よ。本当は私たちだけで回るくらいの忙しさだし、萬前先生にねちっこく文句言いたかっただけだから」


「なんて、あけすけな……」


「でも、十八時くらいには返して欲しいわね」


「はい。その時までお借りします」


「二人揃って僕をモノ扱いするなんて……。やっぱり顔に威厳がないのかな……」


「無いですね。生まれからやり直してください」


 ヒフ10046号氏はそう言い捨てると、俺に手をひらひら振って仕事に戻っていった。


「僕らはみんな同じ規格だから、変わんないだろぉ……」


 先生は肩を落として、めそめそと泣き始めた。

 二周りも小さくなったように感じたその背中を撫でながら、俺は「十八時まで時間無いんで、行きましょう」と言う。


「パフェに乗ったサクランボくらい小さな気遣いをありがとう。じゃ、行こうか」


 萬前先生が向かった先は三台並んだエレベーターである。

 関係者用と書かれた、色違いのエレベーターが一台あり、俺たちはそれに入っていく。

 病院のエレベーターは担架を運び入れられるように、奥行きがあって広い。


 萬前先生はボタンの前に立つと、開閉ボタンの下スペースにある鍵を開けた。

 内部にはテンキーとカードリーダーが設置してある。

 七桁の暗証番号を打ち込むと、首に下げた名札をかざす。


「よし、これで地下に行けるようになった」


「俺の方から頼んでおいてアレっすけど、部外者の俺が入っちゃって良いんすか?」


「もちろん良いよ? 明斗くんの高校の生徒を招いたこともあるし。なになにぃ? 暗証番号とかカードスキャンとかやってたから、物々しくてビビっちゃったかい?」


「無理に威厳アピールしなくていいっすよ。あと今んとこ、そこまで物々しく無いっす」


 エレベーターが下がるときの不快な浮遊感を感じながら、軽口を受け流している間に地下五階に到着した。

 そして、高揚とちょっとの不安を抱えた俺は、扉が開いてすぐに前言撤回をしたい気持ちに襲われることになる。


「何か空気違いますね……。エタノール臭くないし、色彩黒い……」


 地上階の清潔感を見せつけるような白さに対して、地下は取り繕う気のない無機質な黒さが空間を支配していた。

 観葉植物は無いし、壁に絵画は掛かっていない。

 床のタイルも突き出た構造柱も、四角四面でぶっきらぼうだ。


「ようこそ、相生病院地下研究所へ」


「やっぱ、ここって人体実験とかしてるんですよね? 全身の血を抜かれたり、妙な薬品飲まされたり」


「妄想たくましいね? フィクションの見すぎかなぁ。うちは人道的な研究を行っているよ。まぁ、臨床試験はするから、後者は間違いとも言い切れないかも」


「俺になに飲ます気っすか?」


「君の要望で連れてきてあげたんだけどなぁ」


 冗談を先生にぶつけて、ビビっている本音を隠しつつ、俺たちは除菌室を抜けて、開けた空間に出た。

 体育館くらいの広さのスペースの壁には、一定間隔で三メートルくらいの自動ドアが並んでいて、今出てきたのもその内の一つだ。


 人間に目をやると、白衣やスーツの研究員たちがまばらに働いていて、忙しなく自動ドアを出入りしたり、パソコンとにらめっこしたり、コーヒーブレイクを楽しんでいたりと様々だ。

 しばらく呆けて眺めていると、そのうちの一人がこちらに気づいて、小走りでやってきた。


「ヒフ9999号先生……! 突然のご来訪ですね!? 何かご要件が……?」


「あぁ、チョクチョーくんのエリアを借りたいんだけど、大丈夫かい?」


「ええ、勿論です。主要研究員を捌けさせましょうか?」


「いや、しなくていいよ。なにか訊きたくなるかもしれないし」


「こちらです」と先導する研究員に付いていき、ひとつの自動ドアを抜けた先には、これまた物々しい空間が顔を見せていた。

 陸上競技場くらいの広大な室内空間に、血も涙もなさそうな鉄血にして冷血の機械がずらりと並んでいる。

 プレス機みたいなもの、今まさに火を吹いている火炎放射器、青白い電気を放っている鉄拵えの小部屋、大きな出っ張りがびっしり並んだ円柱型の大型ドリル。


「け、研究所が人道的でも、事故死しそうっすね……。俺まだ死にたくないです」


 俺は心底震え上がり、泣き言を言わざるをえなかった。

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