第三話 生徒会執行部
時刻は十三時を回ったところ。
空を見上げると一面、灰雲が日差しを拒んでいて、五階建ての校舎に陰りを生んでいる。
まるで俺の心中を象徴するかのようで、憂鬱さに拍車がかかった。
母の「地下なんちゃら研究所で解剖されるかも」という冗談が、脳内でぐるぐる巡ってうるさい。
高校の校門に至った俺と肉月さんだったが、特に彼女は目を引くようで、付近の生徒たちの視線の一切を奪っていた。
それはいつも通りなのだが、今回は俺の存在も注目を浴びている。
校門から堂々これみよがしに登場すれば、目を引くのは当然なのだが。
「に、肉月さん!」「う、麗しい……!」「お付き合いしたいですな」「ばったり逢えるなんて、デスティニーね!」「恒星の如き後光の眩しさよ……!」「見かけの等級はマイナス1.47……! しかしこの距離では……!」「失明してしまいますぅ!!」
しばらく、鳩のようにぽかんと見ていた生徒たちだったが、先陣を切った者が現れてから、砂鉄の如く集合し、口々に褒めそやす。
磁石たる肉月さんは挨拶を貰って、顔面にホチキス留めした笑顔で返すのだが、驚いたことがあった。
彼らは俺にも、浅くではあるが会釈をしたのだ。
いつもだったら、肉月さんと共に歩くだけで唾を飛ばされてもおかしくない。
「どういうことなんだろうな? 肉月さん。俺、また刺されるかもと思ってたんだけど」
「笑えない冗談言うね。晴野くんは私を暴漢から守った英雄、って眼差しで見られてるみたいだよ
。やったね、私たちの金剛の友情を妨げる子はいないよ」
「なるほどな。そら、助かる」
なかなか散らない人混みを押しのけ、理由をつけてラブレターの受け取りを何とか拒む肉月さんを側で応援しながら(下手に手を出すと、流石に俺が無事では済まないから)進み、校舎に入るまで数十分。
げっそりし始めた肉月さんをボディーガードしながら、階段を登って三階に着くと、生徒会室の扉はすぐ目についた。
理由は簡単で、ほとんどの教室は引き戸であるのに対し、その部屋の戸は両開きであったからだ。
艷やかな木質の扉はアンティークな雰囲気を纏っていて、周囲の景色に比べればずいぶんと浮いている。
校長室の扉に使用する方がふさわしいのではないか、と思える高級感だ。
肉月さんが三度ノックをすると、「どうぞぉ」と明瞭な返答が届く。
金色のドアノブに手をかけ、開かれた景色は雑然としていた。
書籍や書類の敷き詰められた棚が壁にぴっちりと並んでいて、中央には長机がロの字で並んでいる。
パイプ椅子に腰掛けた小柄な女子生徒は、俺に無遠慮な視線を浴びせた。
対照的に超大柄な男子生徒は横目で睨んでから、手元の書類に向き直る。
知らない人間の居る知らない空間に入った際に、攻撃的な態度を向けられているような感覚になるのは、いつになっても苦手だ。
加えて、俺の強面は存在するだけでマイナスの感情を向けられる事が多い。
「晴野くんを連れてきました」
「ご苦労様。晴野くんは初めましてねぇ。生徒会長の鷹司 雫です。二人とも、何か飲みたいものはある?」
部屋の奥正面にある、洒落たワークデスクの前に立っている女性が俺たちに問いかけた。
腰に至る鬢削ぎの長髪をヘアゴムで一本に纏め、光沢のあるロングコートに身を包んでいる。
生徒会室のアンティークな扉は彼女にふさわしい、と思わせるような品格がそこにあった。
しかし、格式高い生徒会長の肩書に比べれば、羽毛のようなほんわかとした雰囲気が目立つ。
「私はスイカジュースで」
「俺は炭酸を貰っていいっすか」
「わかったわぁ」
「……生徒会室に自販機あるんすね」
「そうなのぉ。いっつも小森ちゃんをパシっちゃうから」
小銭をちゃりちゃりと投入する間、小柄な女子生徒がため息をついた。
恐らく、彼女が小森だ。
鷹司は長机の上に飲み物を置き、自然と俺たちの席を指定する。
肉月さんと向かい合う配置で座った俺の側に、生徒会長はわざわざパイプ椅子を運んできて座った。
俺の前に一枚の用紙と、ペンを置く。
「これ、記入しながら聞いてて? 一枚目は生徒会執行部の仮入部届。一週間くらい、執行部員になってもらうわねぇ」
「……それは、心臓くんが……ゲッヘン氏の血が入った俺を監視するためっすか?」
俺は先手を打って、単刀直入に問うてみる。
オブラート包みのひと言は欲しくなかった。
すると、鷹司は拗ねたように唇を尖らせた。
「ずるい訊き方ねぇ。肉月さんを刃物男から守った功績を評価して、執行部に抜擢! ……って誘い文句なら、角が立たないと思ったのに」
「大丈夫す、俺は気にしません」
毅然とした態度の俺を前にして、不貞腐れた彼女は、「フリガナも書いてよね」と指で紙を荒く突っつく。
「貴方の言う通り、この仮入部の第一目的は監視。ゲッヘンさんの力の一端を得たかもしれない子を、そのままという訳にはいかないわぁ」
「それって、やっぱり……鎖に繋がれたり、か、解剖されたりするんすかね……?」
そう言った瞬間、鷹司会長が思わず吹き出した。
連鎖するように、周りからも潜めた笑い声が漏れ出す。
肉月さんでさえも、口元を手で押さえて小刻みに震え、さらにジュースを飲んでごまかしていた。
俺はすっかり赤面して、俯く。
心臓くんが早鐘を打つので、失笑されている気がした。
「くっ……ふふ……、強面に反して可愛い子ねぇ。監視と言っても時限的なものだし、非人道的なことはしないわぁ 」
口元をハンカチで拭いながら、「ただ」と前置く。
「仮入部する一週間、執行部としての業務を行ってもらいたいのぉ。この期間の内に、貴方から採った血に関する報告書と共に、貴方の処遇について通達が東京研究所から届くわぁ。内容次第ではあるけど、そうしたら執行部から去っても結構よぉ」
つい先程、病院で採血をされた時を思い出す。
ただ身体の状態を診るためだけが理由ではなかったようだ。
「仮入部届、書けました。これで良いすか?」
「うんうん、書けてるわねぇ。これで貴方は腫れて仮執行部員となったわぁ。あとはこれね」
「ダブレットすか?」
手渡されたタブレット端末の電源を入れると、ぱっと画面が光る。
ホーム画面いっぱいに映るのは、引き攣った笑顔でダブルピースをさせられている小柄な女子生徒、小森であった。
瞳がひどく潤んでいて、同情と哀感を催すような、長くは見ていられない表情だ。
俺は絶句し、この不憫な顔を見ていられず、画面をタップする。
しかし、操作を誤って、むしろ小森の顔がアップになってしまった。
俺は絶句した。
「カワイイでしょ、この小森ちゃん。どれほど嫌でも生徒会長の肩書を前にしては、服従しなければいけない弱者小森ちゃんの哀れさ……! 可哀想は可愛いわぁ」
小森の歯鳴りが聞こえて来た。
「こ、これ、学校のタブレットでやってねぇっすよね……?」
「さぁすがに公用物のホーム画面を勝手に変えないわぁ。これは、小森布教用の私物タブレット」
「それ後で貸してください……。中に保存してある私の画像、全消ししてやるんで」
小森が、小声で俺に耳打ちしてくる。
しかし、全部聞こえていた鷹司会長は、頬杖をついて、愛猫に向ける眼差しを飛ばした。
「バックアップはとってあるわぁ」
「わざわざ画像コピーをこの端末に移しやがった貴方の行動、それを無駄にすることに意義がある……!」
「あぁ、愛い」
小森がきしゃァと威嚇し、その様子を愉しんだ鷹司はだらしなく表情を蕩けさせた。
「あ、ごめんね晴野くん。説明の続きだけど、そのタブレットの中にアプリ入ってるから、それらを利用して体温チェックとか、食事睡眠量の記録、精神性診断アンケートの記入もろもろ、一日の最後にやってほしいわぁ」
「わかりました」
ダブレットのホーム画面は小森の画像のせいで、雑然としているように感じられていたが、よく見てみると俺の生活動向調査アプリ以外は削除されていて、整理されている。
彼女の私物だというのに、タブレット一つを犠牲にしてくれたことに対して、感謝と申し訳なさが胸中に生まれた。
「ちなみにそれ、うっかり壊しちゃってもいいわぁ。他に普段遣い用と鑑賞用と保存用を持ってるから」
「ハンマー貸します……! ふざけやがったこの端末、壊してください……!」
小森が静かに叫ぶ。
雑な扱いに感謝と申し訳なさがどこかへ消え、癖の強い執行部での一週間の活動を想像して、胃が痛んだ。
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「……なんだか、個性的な人たちだったな」
「まぁね。今日は副会長が居なかったから、比較的静かだったよ」
「まじかよ。ストレスが多そうだ」
「仕事さえ絡めば、会長が委員会各所から引き抜いた優秀な人ばかりだから、ストレスは少ないよ。ラブレターを書くことしか考えていない葦に囲まれることに比べれば、ずいぶんと安らげるところ」
眉間に力を込めて、両手に余るラブレターの束を睨めつけた彼女は、低い声で毒づいた。
結局、生徒会室を出てから、いつもの如く告白生徒たちに遭い、不機嫌極まっていた肉月さんをどう宥めたものか、と俺が思案していると、ふっと絵画みたいな笑顔を取り下げる。
「まぁ、今は友達もできたし、良いけどね」
「……ふっ……くく……」
「な、何か面白いことでも?」
「わざわざ表情固くしてから言うことかよ。恥ずかしがっちゃってよ」
「ぐ、ぐぐ」
なおのこと恥ずかしそうにして、肉月さんは唇を強固に引き結んだ。
ムキになって横目で睨む彼女からは、友達になる前にずっと見ていた完璧美女像は無く、俺は嬉しさに口元を綻ばせる。
「そのニヨニヨとした笑み……腹立つ……荷物持ってくれてなかったら、背中を叩いていたよ」
「叩いてくれても構わねぇけどな」
二つ積み上げた段ボール箱を抱えながら、俺は不敵に笑った。
「それはできないよ。晴野くんは寝起きで万全ではないんだから。君の命は脅かせない」
「肉月さんの一叩きで俺が死ぬもんかよ。……え、もしかして肉月さんの張り手って人殺せんのか……?」
「そんなわけないよ。可能なら、あの日の暴漢も告白者たちもまとめて、片付けている」
暴漢は仕方ないとして、彼女から殺意が転がり出るほど苛つかせている生徒たちの愚かさと、彼ら魅了する肉月さんの容姿と振る舞いが、恐ろしく思えた。
会話に興じている間に、俺たちは屋上扉の前に到着していた。
「仮入部後の初仕事よぉ」と段ボール箱と共に送り出されたのだが、肉月さんについて行っているだけで、中身も運搬相手も定かではない。
「はぁ……、ここの鉄扉、いっつも重い」
屋上の鍵を開けた肉月さんが、愚痴をこぼしながら身体を使って押し開ける。
鉄扉が一気に開かれて、俺は息を飲んだ。
そして同時に思い出す。
この高校の屋上に住む、図体のデカい上位存在がいたことを。
「こんにちは、チョクチョーくん」
チョクチョーくんが首を擡げると、俺たちが影に包まれる。
赤褐色の鱗を乱雑に並べて、蛇のような細長い身体を有機的にくねらせていた。
鹿の如き角を持つその姿は、紛れもなく龍だ。
「くんっていうな! さんを付けろよ!」
「年下なんだから、良いでしょ」
「うるさい! ばばあ! うんこ爆撃するぞ!」
しかし、まぁ、なんとも威厳のない龍である。




