偵察
想像はしていたが、道具は用意できないものもあった。
一つはぬか袋。
袋は用意できるが、ぬかがないときた。
「ぬかがない? 米ぬかだぞ」
「我らは麦を食べますので」
道具屋は言った。
「麦というのは、あのパンとやらを作る穀物か」
「はい」
「黒いのと白いのとがあるはず。白いのを作る際に出るカスはないか?」
「ふすまというものがございます」
「では、それを持ってきてくれ」
「はい」
俺はふすまを袋に入れ、確認する。
これでなんとかいけそうだ。
「わかった。これで試してみよう」
俺はそう答えた。
板かるたは、単純な作りゆえ、問題なくできた。
手甲鈎なども、少し作りは荒いが、悪くはないものができた。
毒薬や煙幕の調達には時間がかかった。
この国では使ったことのない鉱石や花であるため、
ほうぼうに触れを出し、探し出させた。
かかった時間は一月あまり、その間にも一つ砦が落とされた。
「殿、準備が整いました」
「では気を付けて」
「はっ」
俺はこの国の平民の衣装を身にまとい、
第一目標の砦に向かう。
山沿いにある砦。
周りには木が生い茂っていた。
監視を行うのは、
緑色で子供くらいの背格好をした、人型の生き物。
伝承にある鬼のようにも見えた。
この国の民は、あの生き物をゴブリンと呼ぶらしい。
俺は夜を待ち、
手甲鈎を使い、
砦の壁をよじ登る。
騒ぎにならぬよう、
静かに砦を見て回る。
中には首輪をつけられ、
働かされている人の姿があった。
ゴブリンの総勢は五百といったところだろうか。
装備品は槍、こん棒、弓まである。
そして身の丈十尺ほどの、大きなゴブリンがいた。
動きは緩慢だが、力は強い。
他のゴブリンどもを手下のように使っていた。
砦の中では、
火が焚かれていた。
俺は門へ向かった。
門は跳ね上げ式だった。
偵察を終え、
殿の元に帰ることにした。
……
「殿、戻りました」
「ご苦労。どうだった」
「扉は跳ね上げ式、夜間、砦の中では火が焚かれております。
兵はゴブリンと呼ばれる、子供くらいの大きさの人型の生き物が総勢五百。
身の丈十尺ほどの、大きなゴブリンがおります。
武器は槍、こん棒、弓。人を奴隷のように使っておりました」
「壁はどうだった?」
「壁の表面が荒く、
普段攻略する城より、
登りやすく感じました」
「弓がやっかいだな」
「切っておきましょう」
「予備の糸も頼めるか」
「ぬかりなく」
「扉は開けられるか?」
「もちろん」
「兵が少ない。兵を損耗させる方法はあるか?」
「毒を使いましょう」
「大きいゴブリンは毒でいけそうか?」
「直接始末しましょう」
「では、我らは日中から森の中に潜み、合図が出るのを待とう」
「その間に、始末いたします。扉の開放を合図に」
「そうだな」
「囚われた人はどうしましょう」
「今は捨ておけ」
「いつ、実行しましょう」
「今晩だ」
「兵の準備は?」
「ぬかりない」
「罪人どもはどうでした?」
「魔物たちに恨みのある者を百人ほど集めた」
「士気は?」
「わかっていることを申すな」
「では、俺は準備を」
「今晩は砦で楽しもう」
……
俺はしばらく仮眠をとり、
砦に向かう。
闇にまぎれて忍び込み、
まずは食事に遅効性の下剤を混ぜ込む。
続いて、
弓の弦を切り、弦の予備を切り刻む。
大きなゴブリンの周りには、
数匹のゴブリンがいる。
俺はじっと黙って機会を待つ。
下剤が効いてきたのか、
ゴブリンの動きがおかしくなる。
護衛の監視が手薄になった瞬間、
俺は大きなゴブリンの喉に布を当て、その上から短刀を引いた。
布の色が黒く変わった。
俺は素早く、
移動し、
扉を降ろす。
(ごごごごごごごごご)
大きな音と共に、扉が開く。
俺は身構えるが、
誰も来ない。
(こっこっこっこっこっこっこっ)
蹄の音が聞こえる。
森の方から、
殿を先頭に兵たちがやってきた。
兵たちは、砦に乗り込み、
静かに……。
砦の中は、
ゴブリンの血の臭いで溢れかえる。
俺は残党がいないか見て回る。
「殿、残党は見当たりません」
「そうか……。
捕まった者たちを解放し、兵と共に、ゴブリンの死体の始末をさせろ」
「はっ」
殿は、
大きなゴブリンの足元に立つ。
「ずいぶんデカいな」
「はい」
「喉元を一筋か」
「はい」
「美しい手際だ」
「ありがとうございます」
「疲れただろう」
「いえ」
「二人で飯を食おう」
「兵や捕まった者たちは?」
「ゴブリンを始末し次第、食事と酒を振る舞うように指示しておけ」
「はっ。
殿……お酒は?」
「お前が酒を飲まんなら、ワシも飲まん」
「忍びは色酒欲を禁じられております。
しかし殿は……」
「何度も言わせるな。腹が減ったわ」
「はっ。用意いたします」
俺は殿の食事を用意した。
「では食おう」
「はい」
俺たちは飯を食う。
「ゴブリンというのは、奇妙な生き物だ」
「はい」
「やつらの血は葉っぱの色をしておる」
「はい」
「やつらは植物なのであろうか?」
「動く草でしょうか?」
「木のように堅くはないしな」
「しかし虫にも、緑の血を持つモノがいたと思います」
「なるほど、虫のようなモノか」
「はい」
「人の成りをした虫だ。そう言おう」
「妙案かと」
飯を食っていると、
兵たちの騒ぎ声が聞こえた。
「やつらは何を騒いでおる」
「喜んでおるのでしょう。笑い声が聞こえます」
「何がうれしいのやら」
「戦いに勝ったからでしょう」
「不思議な奴らじゃ。一番の手柄を挙げた全蔵が喜んでおらぬのに」
「勝ちて喜ぶようになると、殺戮を良しとするようになる。
そう習いました」
「まったく、その通りだ」
「全蔵、お前は何が楽しい」
「殿がお喜びになっている様を見るのが、楽しゅうございます」
「では、この場も喜ばなくてはなぁ」
殿は少し笑った。
「無理に喜ぶ必要はございませぬ。
私は戦に勝って喜ぶ殿は見たくはありませぬ」
「そうだな。お前の一番嫌いな顔だろう」
「そうかもしれません」
「人はなぜ殺すのか?」
「生きるためなのでしょうか?」
「十分腹いっぱいになるまで食っているのに、なぜもっと殺すのか?」
「それが尽きせぬ欲というものなのでしょう」




