領土
「そうか……、すまぬな。
ワシの国では、男というのは一途でなくてはならぬ。
そういう美学があるのよ」
「そうなのですか……」
侍女は戸惑っている。
「それにワシの国では、仲の良い配下は、主君の背中を流せるという特権もあるのだ」
「殿……、では侍女殿には腕を流してもらえば」
「侍女殿。それでも構わぬか?」
「はい。喜んで」
婚礼は一週間後。
それまで、
毎日風呂に入るという事だった。
……
翌日の事、宰相が部屋を訪ねてきた。
「勇者殿、おはようございます。本日は領地運営の件で参りました」
「伺いましょう」
「では、こちらに」
宰相自らが案内をする。
俺たちは宰相の執務室に連れてこられた。
そこには一人の男がいた。
「紹介します。この男はイロンと申します」
宰相は言った。
「イロンです」
「直です。こちらは全蔵です」
「全蔵です」
「それで以前に使いの者から聞いたとは思うのですが……」
宰相は言った。
「もしや、堅物……、いえ堅実なお考えの方でしたかな」
殿は笑った。
「ははは。あいつらしい、はい、私は堅物で有名なイロンです」
イロンは笑った。
「なるほど。イロン殿も踏まえ、領地運営のことを……」
殿は尋ねた。
「そうです。実は領地運営で少しややこしいことがありまして」
宰相は目を伏せた。
「と申しますと……」
「約定どおりに領地を分けますと、全てが飛び地になるのですよ」
「なるほど……、運営がしにくいと」
「おっしゃる通りです。通常は戦果に応じて、王が功のあった者へ領地を与えるのですが」
「では、当面この間の大貴族の領地の一部をお分け頂き、戦が終わった後に、残りの領土の割り振りをどうするか決めるというのは?」
殿は宰相をじっと見た。
「では、まずマース家の領地の半分を、お渡ししましょう。
そして、いずれ魔物領との境一帯を全てお渡しすると……、それでいかがでしょうか?」
「なるほど、国防の要となれと」
「申し訳ございません。国防の要だったマース家が、あのざまですから」
「いえ。構いませんよ」
「では、お受けし……」
「直殿。しばし、お考えを」
イロンは口を開いた。
「どうした」
「まだ確約はしておりませんが、直殿の家を預かるのでしたら、不利な条件は見過ごせません」
「宰相の前だというのに、なかなか勇敢な人だ」
俺は言った。
「まぁ良いではないか。ねぇ宰相殿」
殿は笑った。
「もちろんです。落とし所を探しましょう」
宰相は笑う。
「このマース家の領土の北側と魔物領との間には何がありますか?」
イロンは尋ねた。
「ここは下級貴族の領土だ。かろうじて魔物領の侵攻は食い止めておるが」
「仮にの話ですが、その下級貴族の領土とマース家の領土の一部を交換するのはいかがですか?」
「いや。おそらくその下級貴族はすぐに受けるだろう。しかし税収がずいぶん違うぞ」
「以前の領土からの税収と同じ規模ならいかがでしょう」
「確かに、それなら問題なかろう。そうだな。かなり安全になるゆえ、兵士の給金も不要だ。受ける可能性は高いだろうな」
「まぁ、しかしそれでは、その下級貴族に雇用されていた兵士たちの職が失われますね」
「それは、当家の私兵として雇用しなおせば良いのでは?」
殿は言った。
イロンは頷く。
「直殿は、この案をどう思われますか?」
「問題あるまい。イロン殿。領地をその形にした場合、どれほどの利がある?」
「飛び地の運営には、単純に監視の費用が倍かかると思っていただくと良いでしょう」
「なるほどな。それは無駄が多いな」
「この下級貴族の土地は、たしかに魅力が乏しい土地かもしれませんが、監視の費用を削減できると思えば魅力的。同価値の領土と交換なら、損はないでしょう」
「なるほど。全蔵。この下級貴族の兵に関してはどう思う」
「殿。これまで魔物の襲撃に耐えてきたという事は、それ相応の技量があると踏んで良いでしょう」
「やはり、そう思うか……、宰相殿、その案で話をまとめてもらえるか」
「まずは、マース家の北側の領土と下級貴族の領土、そして侵攻を食い止めた暁には魔物領との境一帯を、そして下級貴族には、以前の領土の税収と見合うだけマース家の領土の一部を渡す。そして兵は直殿が引き取ると。
これでよろしいですか?」
「それでいいが、最後のところだけ、少し変更していただきたい。
兵はその土地の者が多いだろう。家族がおり、そこを故郷とする者も多いと思う。だからもし、そのままの身分で残りたい者がおれば、当家で引き受けよう。そう伝えてくれ」
「なるほど。それだと下級貴族も奪われたという気持ちにはならぬか……、わかりました。
そう手配しましょう」
「イロン殿、妙案であった。ワシの元に来てくれ」
殿は手を差しだした。
「よろしくお願いいたします」
イロンは手を握った。
「では、今後財政の面は、イロン殿と詰めましょう。私はこれから領土の件について調整を致しますが、どうしましょう。イロン殿と話されますか?」
「そうだな。しばらく側にいてもらい、打ち合わせをしておきたい。必要な時に、宰相と打ち合わせしてもらい、あとは領地で管理をしてもらおうか?」
「わかりました。では」
俺たちは宰相の部屋を出た。
用意されていた部屋に戻る。
「それでイロン殿。今までどんな事で主と揉めた?」
イロンの目が沈む。
「主に使途不明金についてですね」
「なるほど、実際の使途は何だった」
「主に宝物と女性でした」
「ははははは。それは難儀だな」
「笑い事ではありませんぬ。誤魔化すのは困難なのです」
「しかしな。表に出せぬ金も出るぞ。なにか妙案はないか?」
「それは軍略上のものでしょうか?」
「無論じゃ」
「それであれば機密費扱いになされると良いかと」
「なんじゃそれは?」
「一定金額であれば、使途が不明なお金が使える仕組みがございます」
「以前の主は、それを使わなかったのか?」
「それ以上に使われるのです」
「なるほどな。その額はいかほどじゃ?」
「この程度です」
イロンは数字を見せる。
「それは年間でか?」
「はい」
「よくも、まぁそんなに使ったものだ」
殿は笑った。
「では大丈夫だと」
「大丈夫だ」
イロンは俺の方も見た。
「殿は、そういうモノに興味がありませぬ」
「しかしな。姫が心配じゃ。いろいろ必要なもののあろう」
殿は言った。




