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錬金術師に造られし物

 アルスマグナ王都に構える商業施設『ウルタール』。

 錬金術によって練り上げられた素材を用いた家具、装飾品、衣服から、武器や生活用品、さらには高度な魔導具に至るまで――この巨大な施設内のいたるところに、錬金術師たちの影響が色濃く反映されていた。


 アランとヒッポリュテは約束通り、錬金術の粋を集めた品々を見て回るべく、軒を連ねる様々な店へと足を運ぶ。


「……アラン、それはホテプなのか?」


 ヒッポリュテが驚いた顔でアランのカバンを覗き込む。すると、底知れぬ黒い空間が広がるカバンの闇の中から、こちらをじっと見つめる◉◉が浮かび上がっていた。


「ああ。狭いところに収まると、だいたいあんな形になるんだよな。まあ、猫は液体だって言うし」


「……そうか。君が言うなら、そういうものなのだろうな」


 ヒッポリュテは少し困惑した様子を見せたものの、アランの言葉を信じて真面目な顔で頷いた。

 最初に足を踏み入れたのは、さながら前世の高級百貨店を彷彿とさせる、豪奢な店構えの衣服店だった。


「こちらは、魔蚕の糸を混じり気なしで使用した一品でございます」


 店員に勧められたのは、涼やかな光沢を放つ魔蚕のシャツだった。

 魔蚕とは養殖されている魔物の一種で、その糸は貴族向けの高級衣料に重用されている。

 錬金術師にとっても馴染み深い素材であり、これを用いて防刃布を錬成することもある。


「この模様や発色は、錬金術師の手によるものですか?」


「はい。専属の錬金術師が調合した特殊な塗料を定着させております。高名なデザイナーも協力した自信作です」


 この世界のデザイナーは、実質的に芸術家と同義だ。

 彼らが衣服から建築に至るまで意匠を担当することは珍しくない。


「……だから、これほど高価なのか」


 アランは小声で呟いた。関わる職人の数だけ値段が跳ね上がるのは当然だ。

 プロの錬金術師、衣服職人、そして芸術家までもが名を連ねているとなれば、妥当な価格設定と言えた。


「魔蚕か……。あいつらが進化した『モスモス』が出ると厄介なんだよな」


「え? 魔蚕って進化するのか?」


 ヒッポリュテが真面目な顔で言うので、アランは驚いて問い返した。

 かつて見学した養殖場の魔蚕は、小型犬ほどの大きさでモフモフとした、愛嬌すら感じるイモムシだったはずだ。あのかわいらしい生き物が進化するなど、初耳だった。


「さすがに養殖ものは進化しないがな、種類か? 野生の魔蚕は、モスモスという巨大なモフモフの蛾になるんだ。毒の鱗粉を撒き散らすんだが、これが相当に痒いらしい」


「それは、嫌だな……」


「しかも種類によっては、うまく森とかに擬態するから不意を突かれる場合もあるし、焚き火とかで光に誘われてやってくるから、野営の時は厄介なんだ」


「ちなみに、そのモスモスの毛を使ったセーターが冬に発売される予定です」


「それは痒くならないのか」とアランは内心で首を傾げたが、同時に、錬金術師という人種が素材のためなら何でも利用する、業の深い者たちであることも熟知していた。


「試着はいかがですか、彼女さん」


「……彼女ではないのだがな。まあ、少しくらいなら……」


 店員に促されるまま、ヒッポリュテは渡された服を手に試着室へと入っていった。


「うむ、なかなかに着心地が良いな」


 カーテンを開けて出てきた彼女が身に纏っていたのは、魔蚕の錬成布で仕立てられたサマーセーターだった。

 それはヒッポリュテに驚くほどよく似合っていた。適度に体にフィットするデザインが、鍛えられた彼女のしなやかな体型を際立たせ、普段の凛々しさとは異なる女性らしい魅力を引き出している。


「それは、どういった効果があるんですか?」


「この錬成布は、着用者にリラックス効果をもたらすだけでなく、その人の体型に合わせて自在に伸び縮みする特性がございます」


「なるほど……」


「いかがですか、彼氏さん。ぜひ彼女さんに贈られてみては?」


「……いや、彼氏ではないんですけどね」


 アランはそう否定しつつも、目の前のヒッポリュテから視線を外せずにいた。


「どうした、アラン」


「あ、いや、よく似合ってると思って」


「そうか、ありがとう」


 自分がヒッポリュテに見惚れてたことに気づかれ、アランはとっさに照れながらそう言うのに対してヒッポリュテはさらっと返す。

 続いて訪れた鍛冶職人の店には、ミスリル製の包丁や同じくミスリル製の砥石、さらには錆びない特性を活かした水精霊鋼(ウンディーネメタル)の逸品が所狭しと並んでいた。

 鋼蜥蜴(メタルリザード)の鱗を用いたフライパンを手に取ってみると、見た目の重厚さに反して案外と軽い。


鋼蜥蜴(メタルリザード)は堅牢な上に素早いからな。まずは第三師団が方陣を組み、壁際へと追い詰める。そこを複数人の長槍で突き上げ、隙を見て遠距離から魔法を直接叩き込んで仕留めるのが定石だ」


「……料理のレシピみたいな言い方だけど、相当えげつない倒し方をしてるんだな」


 アランの脳裏には、無慈悲な連携の末に串カツのごとく揚げられた鋼蜥蜴(メタルリザード)の姿が浮かんでいた。


「そういえば、その第三師団ってどんな部隊なんだ? 重装歩兵部隊だとは聞いたことがあるけど」


「そうだな……団員の九割が筋骨隆々の大男で、ファランクスと呼ばれる盾の壁を組んで獲物を追い詰める。一度壁際に追い詰められれば、どんなに俊敏な魔物でも、空を飛ばない限りは奴らの餌食だろう」


「うわぁ……絶対に敵に回したくないな」


 アランはこれまで、どんなに素材として解体しても魔物に同情したことなどなかったが、この日初めて、魔物に対して心からの同情を禁じ得なかった。



 次に入った店は、魔導具の専門店だった。

 そこには前世の家電に近い、魔導師たちの手による多種多様な機能を備えた魔導具が所狭しと並べられている。


「いらっしゃいませ。お探しのものがございましたら、ご案内いたしましょうか」


「いえ、特に目的があるわけではないので、一通り店内を見て回らせてもらえますか?」


「さようでございますか。では、ごゆっくりどうぞ」


 仕立ての良い制服を纏った女性店員は、行儀よく一礼してこちらを見送った。

 店内を巡れば、実に様々な魔導具が目に入る。

 ミントの店にもあったドライヤーや扇風機に類するものから、魔法で灯るランプ、氷の意匠が凝らされた美しいシャンデリアなど、いかにもファンタジーの世界らしい品々もあった。

 他にも土精霊砂(ノームサンド)を使った食器置き、最新の音色の音鳴石(サウンドストーン)など見慣れたものあった。


「これは、新型の氷精霊箱(セルシウスボックス)か」


「最近普及し始めたタイプだな」


 いわゆる冷蔵庫だ。

 少し前までは、氷の魔石や巨大な氷塊を直接放り込んで冷やすだけの無骨な箱だった。

 だが最新のモデルは、風の魔石や風属性を付与した特殊素材を使い、内部に冷気を効率よく循環させる空間を作り出している。


 氷の魔石は四大元素――地水火風の魔石よりも希少で、必然的に値が張る。

 そのため、風の魔石を動力としたモデルの方が安価に製造できるし、属性を付与した特殊素材を核にすれば、魔石を頻繁に補充する手間さえもなくなる。

 もしこれが国中に普及し、前世のような「一家に一台」の時代が到来すれば、その仕組みを確立した者は間違いなく名誉男爵の地位を授けられることだろう。



「ただ冷たい物を入れるという段階から、いかに効率よく冷やすかという発想へ……。最初にこれを形にした奴がいるんだな」


 ふと、幼い頃の記憶が蘇る。前世の知識が、未熟な子供の頭脳とうまく噛み合わず、見よう見まねでミトやエレナと一緒に「冷蔵庫」を作ろうとしたことがあった。

 結果として出来上がったのは、内部で氷と風の魔石が暴走し、扉を開けた瞬間に猛烈な吹雪を吐き出す「吹雪製造機」だった。

 結局、危ない真似をしたということで、三人まとめて布に包まれ、師匠の手で窓から放り投げられるという手痛いお仕置きを受ける羽目になったのだ。


「すまない、少し夢中になりすぎたみたいだ」


 アランが苦笑いしながら意識を現実に戻すと、ヒッポリュテが不思議そうにこちらを見ていた。


「何か、良いものでも見つかったのか?」


「いや……実は昔、これの原型を作ろうとして失敗したことがあってね。危ない真似をしたからって、師匠に窓から放り投げられたのを思い出していたんだ」


「随分と厳しい師匠だったのだな」


「ああ、厳しかったよ。……酒癖も悪いし、色々とだらしないところも多かったけど。それでも俺にとっては、師匠が理想の錬金術師だったんだ」


「そうか。……良い師に巡り会えたのだな、君は」


 ヒッポリュテはアランの横顔に宿る温かな寂寥感を感じ取り、短く、だが深く頷いた。


「なんで自転車があるんだ?」


「ん?人力車だろ?自転しているか?」


 ファンタジー的な世界とかけ離れた生活感のある発明品である自転車は生まれる時代を間違ったのか普及はしなかった。

 

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