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魔女の店

 商会の専属を解かれた錬金術師は、その後半年間、他の商会で働くことが禁じられている。

 情報の流出や強引な引き抜きを防止するための制度だが、その期間は商業省から一定の補償金が支給される。贅沢さえしなければ、半年間は生活に困ることもない。


「眩しい……」


 翌日、朝起きてカーテンを開くと眩しさを感じた。

 半年間は、思う存分研究に明け暮れよう。

 嫌な事を嫌だと言い、好きなことをやっていこう。

 開発が止まっていた家庭用オーブンを完成させるのも悪くない。

 ホテプのために猫用道具を作ってみるのもいいかもしれない。

 恋愛をするのは吹っ切れた後で良いだろう。

 

 これからは、誰に縛られることもなく自由に生きていこう。


「とりあえず、ホテプ。素材を集めに行くか」


 足元で「ホテッ」と弾む相棒に声をかけ、アランは軽やかな足取りで歩き出した。


 この国、アルスマグナは「錬金術と芸術の国」と呼ばれている。

 前世の知識で例えるなら、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界にヘレニズム文化が融合し、他国からオリエンタルやジャポニスムの影響を受けた、地中海沿岸のような場所だった。


 貴族の街区には、ギリシャやエジプト様式を思わせる歴史的建造物が建ち並び、一方で下町にはインドや日本の情緒が所々に散りばめられ、生活圏にはヨーロッパらしい迷路のような路地が広がっている。

 まさに文明開化の波が押し寄せている、といった風情だ。


 特筆すべきは、人々の価値観だ。唯一神を掲げる宗教が存在せず、神に近い高次の存在とは「人や生き物の姿をしていない、とてつもなく巨大な概念」として認識されている。

 そのため、どこか前世の日本にも似た無宗教的な空気が広がっていた。

 


 文明レベルは非常に高い。この世界に電気がないのは、結局のところニコラ・テスラやエジソンのような先駆者が現れなかったからではないかと俺は睨んでいる。

 電気が普及していない代わりに、ここでは魔力を秘めた鉱石によって高度なインフラが整えられていた。


 軍も機能しており、治安も安定している。生まれ変わって過ごす場所としては、どうやら特等を引いたようだ。


 下町にある商業セクターには、港町ということもあり、他国からの輸入品もそろっていた。

 この国の航海術は優れているから、異国の文化が盛んになだれ込んでくる。

 ジャポニズム文化やオリエンタル文化も、その航海技術があってこそ入ってきたんだろう。


水精霊鋼ウンディーネメタルに、土精霊砂ノームサンドか」


 道すがらの露店にも、その二つの名が並んでいるのが目に留まった。

 これらは俺の師匠であるエミリア・パラケルルスが発明した、二大新素材だ。

 水精霊鋼ウンディーネメタルは、前世でいうところのステンレスに近い。

 錆びにくく、軽く、そして硬い。その三拍子が揃ったこの鋼には、水の精霊の名が冠されている。

 一方の土精霊砂ノームサンドはシリコーン素材に近く、ゴムのような柔軟性を持ちながら、耐熱・耐寒性に極めて優れた素材である。

 

 それなりに高価ではあるが、その利便性から今では家庭用道具などにも広く流用されており、「どの家庭にも必ずある」とまで言われている。

 師匠はこの偉大な功績を称えられ、国から『精霊男爵』の爵位を授与された。


 露店街の中では、猫耳の獣人が「水精霊鋼ウンディーネメタル」製のタンブラーを、まるで前世の通販番組のような謳い文句で売り捌いている。

 その傍らを、腰に剣を帯びたメメ族の軍人が鋭い眼光(四つ分だ)でパトロールし、路地裏ではツノツノ人の子供たちが大量の猫に囲まれてはしゃいでいた。

 さらにその横を強化ダンボールを四本の腕で器用に積み上げたウデウデ人の運送ギルドが、軽快な足取りで通り過ぎていく。


 相変わらず多種多様な種族が闊歩する、混沌とした活気。

 そんな喧騒を抜けた通りの奥に、ひっそりと佇む建物があった。

 周囲の熱気を拒むかのように緑の蔦に深く覆われた一軒家があった。



「いらっしゃい パラケルルス錬金術師」


「その名で呼ばれていいのは師匠だけだ。せめて『二世』をつけてくれ」


 出迎えたのは、大きな三角帽子にレースのついたケープ、そしてふんわりと膨らんだスカートに身を包んだ『ミミミミ人』の少女であるいかにも「ステレオタイプの魔女」といった装いの彼女の名は、ミント・マルハ。


 ミミミミ人は、エルフを思わせる長く尖った耳を持つ。獣人とはまた異なり、彼らの耳は「万物の声」を聴き取ることができると言われている。魔導師として、素材に眠る術式の最適解を見極める彼女にとって、それは天賦の才だった。

 

 その尖った耳に、涼しげな青い髪がさらりとかかっている。長く伸ばされた艶やかな髪筋は、それ自体が一種の高貴な衣であるかのように彼女の背を彩っていた。


「何が用かえ。仕事でも私用でも、儂は歓迎じゃがな」


 恋人ではないが、聞きやすい友達の関係であるアランとミント。

 ホテプも彼女に懐いており彼女の足元に歩いていきミントはホテプを抱きかかえた。


「用は、用でもちょっと言っておかないことがあるんだけどな」


「あら、もしかして告白かえ?ダメじゃよ、エレアに怒られるじゃからの」


 からかう表情でミントはアランに向かってそんなことを言うが二人の関係は錬金術師と魔導師である。


 この世界において、錬金術師と魔導師は明確に役割が異なる。

 錬金術師は「物質の錬成」に特化した術師だ。

 師匠エミリアが発明した水精霊鋼ウンディーネメタル土精霊砂ノームサンドのように、望む特性を持った新素材を作り出すことを得意とする。


 対して魔導師は、それら錬成素材を加工・成形し、付与や加護といった「術式」を施す。

 つまり、世に出回る「魔導具」とは、錬金術師が材料を用意し、魔導師が製品として完成させた共同製作物である。

 

 店先に並ぶ商品の中には、火の魔石による熱変換と風の魔石の動力を組み合わせた、前世で言うところの「ドライヤー」があった。その隣には、風の魔石でプロペラを回転させて涼を得る、これまた前世で見慣れた「扇風機」のような魔導具も鎮座している。


 優れた機能は、自ずと最適な形となって現れるものだ。

 たとえ動力が電気から魔力へと置き換わろうと、物理法則が支配するこの世界において、効率を突き詰めれば結局は同じ姿に行き着くということか。

 アランは、その奇妙な一致にどこか感心しながら、それらの魔導具を眺めていた。


「レディオ商会を辞めてきた」


 この言葉に事情をよく知るミントは目を大きく見開いた。

 アランとミント、そしてエレナの三人は幼馴染。

 錬金術師であるアランの養母エミリアとミントの母は一緒に仕事をしており、自然と三人は一緒にいる時間が長かった。

 三人で思い付きで開発し、工房内で爆発騒ぎを起こし、窓から捨てられるという罰を受けたことが何度も受けたこともあった。


「婚約者の身内の商会なんじゃろ? もったいないの~?」


「その婚約も破棄されたよ」


「……まったく。もったいないことするの~、あの子も」


 ミントは笑顔を崩さなかったが、その瞳にはどこか得も言われぬ圧があった。

 アランとの付き合いは長いが、彼女がこれほど鋭い気配を漏らすのは見たことがない。


「ということは、半年間はどこかの専属として働くことはできないってわけじゃな」


「デメリットも多いけど、自由にやれるっていうメリットもあるからな」


 通常、錬金術師が扱う素材はどれも高価で希少だ。

 そのため商会に素材を工面してもらうのが一般的であり、個人で活動するアランにとって今後の素材調達が最大の難関になるのは目に見えていた。


「分かった。儂からの注文を受けてくれるなら、素材はこっちで融通してやるかの」


「ありがとう、ミント。助かる」


「いいんじゃよ、別に。そなたには『ハニカムシェル』や『スライムキャップ』で随分と儲けさせてもらったじゃからの~」


 ハニカムシェルは、アランが前世の知識をもとに開発した「段ボール」だ。

 ハニカム構造と厳選した紙素材を組み合わせることで、驚くほど軽く、そして丈夫な板材を作り出した。それまで木箱による運送が主流だったこの国では、割れ物の破損が絶えなかったが、アランの作ったハニカムシェルはその問題を劇的に解決した。

 一方のスライムキャップは、スライムを擬似ビニール状に錬成した素材で作った「気泡緩衝材」である。


 ミントはこのハニカムシェルをさらに強化し、運送業者や農家へ大量に売りさばくことで、アランと共に莫大な利益を上げてきたのだ。


「本当にもったいないことするわい。儂がもらっていいかえ?」

 

 


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