錬金術師と魔女と運送者と冒険者
「どうも、運送ギルドのカイ・リッキーヤだ」
「うむ、儂は魔導具店の魔導師のミント・マルハじゃ」
「冒険者ギルド所属、シュウ・セカンです」
錬金術ギルドを立ち上げることになったアランだったが、これからの山積みの事務手続きや、残り二人の保証人問題といった頭の痛い難題は、ひとまず全て棚上げすることにした。
何はともあれ、自分らしく錬金術に向き合っている時間が、彼にとって一番の精神安定剤なのだ。
ただ、以前と明確に変わった点が一つだけあった。
アランはこの日から、「すべてを自分一人だけで完成させなければならない」という無意識の呪縛を完全に捨て去ったのだ。他者の技術を受け入れ、頼る。その第一歩として、彼は信頼できる魔導師のミントへ、ある共同作業を提案した。
そうしてミントの協力を得て、いくつかの改良型『プロトタイプ水筒』を作り上げたアランは、さっそく実戦での使い勝手を試すため、日頃から過酷な運送業の現場で水筒を酷使しているカイを呼び出した。
作業場を兼ねた会議室で、水筒の改善点について話し合いを始めようとした時のことだ。
以前、魔蜂の巣回収の依頼で会ったシュウをカイは冒険者ならいるだろうと言って連れてきた。
いつの間にかこの二人はすっかり意気投合したらしい
こうして、アランの作業場に一癖も二癖もある面々が集結する。
「とりあえず、二つのタイプを作ってみたんだ」
コトン、と机の上に、土精霊砂を加工して作られた二つの試作水筒が置かれた。
一つは、一見すると何の変哲もない、すっきりとした筒状の水筒。
そしてもう一つは、中央部分が波打つようにくねくねと歪んだ、奇妙な形状の水筒だった。
カイとシュウの目が、その未知の形をした水筒に釘付けになる。二人は顔を見合わせると、吸い寄せられるように手を伸ばした。
「……軽いな。それに、なんだこれ、柔らかいぞ?」
「持ち運びにはかなり便利そうですね」
二人が触って最初に肌で感じたのは、圧倒的なその『軽さ』と『弾力』だった。
頑丈な金属製が主流であるこの世界において、柔らかく変形する土精霊砂製の水筒など、二人にとって珍しい物だった。
「ふふ、実際に使ってみれば分かるよ」
アランは不敵に微笑むと、あらかじめ中に水を入れておいた、最初の『普通の形』の水筒を手に取った。
そして、蓋を開けて飲み口を自分の顔へと向けると――あろうことか、水筒の胴体を片手でグッと力任せに握り潰した。
ピュッ! と、気圧の塊と共に、中から勢いよく水が飛び出す。
「うおっ!? おい大丈夫か!?」
水筒が破損して中身が吹き飛んだのだと勘違いし、カイが思わず椅子を引いて立ち上がりかける。
しかし、アランは飛び出した水を綺麗に口で受け止めると、喉を鳴らして飲み干し、親指で口元を拭った。
「はは、誤爆じゃないって。こうやって本体を握るだけで、片手で、しかも飲み口に直接口をつけずに飲めるんだよ」
「なるほどな、それは便利だぜ! 今すぐにでも欲しいくらいだ」
「そんなにか?」
「ああ! 馬車の上じゃあ、どうしても両手は離せないからな。片手でそんなに楽に飲めるんだったら、手綱を握りながらでも水分補給ができる」
「なるほど、運送者ならではの視点だな」
「冒険者でも複数で行動することが多いですからね。これなら仲間内で回し飲みをするときにも便利ですよ。直接口をつけないから、実に衛生的です」
カイはその大きな手で水筒をグッと一気に握り、残った水を勢いよく飲み干した。
その隣で、シュウは驚きにその四つの目を丸くしながら、マジマジとボトルを見つめていた。
「だったらさ、もうちょっと量が多い方がいいな。運送の長旅用なら、俺は多少デカくても気にしないぜ」
「そこですね。みんなで回し飲みする前提の、容量が多いパターンも作ってみたらどうですか?」
「なるほど。個人用ではなく、複数人での使用を前提とした大容量サイズか……」
アランはシュウの的確な指摘から、前世の地球で見た、サッカーなどのスポーツ選手たちがフィールド脇で使っていた大型のスクイズボトルを思い出していた。あの合理的な形状は、異世界でも確実に通用すると確信を得る。
「それで、さっきから気になっていたんだけどな。その、もう一個のくねくねした形の水筒にはどんな機能があるんだ?」
カイの問いかけに、待ってましたとばかりにニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべたのはミントだった。
「ふふん、これはのう――」
ミントはもう一つのくねくねした水筒を手に取ると、二人の目の前で、それを上から手のひらで押し潰した。
「なにっ!?」
まるで手品を見せられているようだった。
独特の波打つ形状がジャバラのように綺麗に折りたたまれ、水筒は一瞬にしてぺしゃんこになり、彼女の手のひらにすっぽりと収まるサイズに変形してしまったのだ。
「中身を空にして上から圧をかければこの通りじゃ。で、もう一度中に水を入れれば、あら不思議、元の形へ綺麗に元通りじゃて」
「……これは、携帯に便利ですね! 荷物が多い時でも場所を取りませんし、小さな鞄の隙間にだって入れることができる」
「ほかに何か、使ってみて気づいたことがあるなら言ってくれないか?」
アランの問いかけに、シュウが顎に手を当てて真っ先に声をあげた。
「そうですね。強いて懸念点を挙げるとすれば、やはり破損や水漏れでしょう。本体がこれだけ柔らかいと、どうしても実戦で使うにはその不安が残ります」
「うむ、しかし構造上、これ以上の硬化処理を施すことはできぬのじゃ。この柔らかさがあってこその『押し出し』と『折りたたみ』の機能じゃからのう」
ミントが困ったように眉を八の字にする。
この二つの水筒は、土精霊砂を配合して作った疑似シリコーンの本体に、ドルイドの樹の柔軟なフレームを組み合わせて成形したものだ。魔法付与の適性が極めて高い代わりに、金属に比べればどうしても純粋な耐久性に懸念が出てしまうのは事実だった。
すると、机の上の水筒を指先でつついたカイが、苦笑混じりに言った。
「あと、これだけ軽くて丸いと、馬車の座席に置いた時に転がっていきそうだな」
「だったら、専用のカバーとホルダーを付ければいいんじゃないか? それをベルトなんかに引っ掛けられるようにしてさ」
アランの提案に、シュウがなるほどと四つの目を輝かせる。
「なるほど、カバーで外部からの衝撃を防いで耐久性を向上させるわけですね。……あ、でも、それだとカバーのせいで『押し出し式』の柔らかさが阻害されたりしませんか?」
「そこは考えようじゃよ」
ミントがニヤリと不敵に笑い、机の上の紙に素早くペンを走らせる。
「取り出しやすい構造にすれば、鞘から剣を抜くようにサッと手元に引き寄せて、そのままグッと握ってサッと飲める。そう考えれば、むしろ使い勝手は格段に上がるじゃろ?」
「いいなそれ! だったらさ、首や肩から斜めにかけられる長めのストラップ付きのやつも作ってくれよ。それなら馬車の上でも、冒険の道中だってもっと楽に飲めるぜ!」
カイがバンと机を叩いて身を乗り出す。
弱点を補うための周辺装備のアイデアが、四人の対話によって次々と形作られていく。
アランの胸の奥で、職人としての高揚感がさらに熱く燃え上がっていた。
「まあ、仕様はこれでいいとして、問題があると言えば……今後の量産じゃな」
「あれ? ミントちゃんのとこで全部やるんじゃないのか?」
カイの素朴な疑問に、ミントはどっと疲れた表情を浮かべて首を振った。
「儂らは魔導回路を組み込む魔導具専門じゃ。あの『段ボール』の時は、最初から売り込まれた身として特例で手伝っとるだけじゃよ。こういう量産ものは、成形魔法が得意な専門組織か、大手の小道具工房に委託するべきじゃな」
「自分で一から作った方が、利益を他所に分けなくて済みますけど……そうはしないんですか?」
シュウが尋ねると、アランは穏やかに、しかし芯のある声で首を振った。
「今のところ、うちのギルドは俺一人だからね。できる限り外部の職人の手を借りたいんだ。それに、狭い業界の中で利益の奪い合いをするより、得意な人と一緒に協力して、より良いものを作った方がいい。……昔、師匠にそう言われたんだよ」
アランの迷いのない答えに、シュウは小さく目を見開いた。
確かに、既存の利益を奪い合うより、最初から互助の形で協力体制を敷いた方が無用な揉め事は起きない。それは確かだ。
だが、その技術の発明者であり、圧倒的な主導権を握っているのはアランなのだ。
下請け業者として他の工房に命令するだけでも、彼はいくらでも莫大な富を独占できるはずだった。
(……だけど、それをあえてしないのが、この人の器なんだろうな)
ただの一冒険者である自分が、これ以上口を挟むことでもないか。シュウはそれ以上の現実的な打算を、そっと胸の奥に飲み込んだ。
「あとは、あと二人の保証人と構成員さえいれば、商業省から優秀な外部の工房を紹介してくれるらしいんだけどな……」
アランがふと思い出したように呟くと、ミントがパタパタと手を振ってその場の空気を切り替えた。
「まあ、これ以上はここで頭を突き合わせて考えても仕方のないことじゃて! どうせなら、ここらで親睦を深めるための懇親会でもせぬか?」
「お、賛成だ! 腹が減ってはアイデアも出ねえからな」
「じゃあ、儂とアランで美味い飯の準備でもするかのう。ヌシらは部屋の片付けと――そこのホテプの相手でもしといてくれ」
ミントに指差された足元で、ホテプがと期待に満ちた目でカイたちを見上げている。
その愛らしい姿に、カイとシュウは思わず顔を見合わせて吹き出した。
「了解です、任せてください」




