ギルド設立提案
翌日、アランは商業省のエルンのもとを訪れていた。
ありがたいことに、彼女はアランのためにあらかじめ時間を割いてくれていた。
「おう、アランじゃねえか!」
待合室の長椅子で呼び出しを待っていると、不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。見上げれば、そこにいたのは五十ヶ諸島の紙を納品しに来たというカイだった。
「お前、なんでこんな商業省の奥にいるんだ?」
「ちょっと、就職の相談にな」
「へえ。お前の腕なら、うちの運送ギルドの開発部にだって大歓迎で迎えられるだろうよ」
運送ギルドには、配達用の馬車や荷車の改良から、魔導箱の運用方法などを研究する専門の開発部があると聞く。アランの技術なら引く手あまたなはずだった。
「どうも、どこかの組織に所属っていうのは、俺の性分には合わないみたいでさ」
「ああ、確かにお前って案外、型にはまらない自由人気質だもんな……だったらさ、いっそのこと、お前自身が新しくギルドでも作っちまえばいいんじゃないのか?」
「そんな簡単に言うなよ……」
カイは名案だとばかりに歯を見せて笑うが、アランは苦笑するしかなかった。
――ギルドを新設するには、最低でも三人以上の所属構成員と、五人以上の確かな保証人が必要となる。
身内の役職に関しては、極端な話、誰を割り当てても構わない。職人一人にサポートが数人という、事実上の『ワンオペギルド』であっても形としては成立する。
だが、本当に高いハードルとなるのは、もう一方の「保証人」の確保だった。
保証人になれる条件は厳しい。成人したこの国の国民であり、明確な支払い能力があることが前提だ。その上で、継続的な収入を持つ既存のギルドに三年以上所属しているか、あるいは「貴族」でなければならない。
保証人側の利点としては、新設ギルドの売上金の一部が分配される権利を得られる。しかし難点として、立ち上げ直後のギルドへの融資や保証は、大半がマイナスになりやすい焦げ付き案件。
要するに、極めてハイリスク・ローリターンな投資なのである。
そのため、物好きな商人が将来の特権(独占契約など)を見据えて投資するか、同業者同士の強い繋がりを維持するための互助制度として使われるのが関の山。
あるいは、有り余る財力を持つ貴族が「パトロン」として名誉のために出資する場合がほとんどだった。
「お見合いの話か、それともどこかのギルドへの推薦のことかと思ったのだけど……。ふふ、アランのギルド設立? いいじゃない、面白いわ」
「エルンさん!?」
応接室の扉が開き、現れたエルンがクスリと笑った。
どうやら待合室での二人のやり取りが聞こえていたらしく、楽しげに目を細めている。
その後ろに控える使用人は、アランのために用意されたであろうギルドの推薦状や、お見合いの手紙と思われる分厚い紙の束を抱えていた。
突然の大物の登場にアランが硬直する中、隣にいたカイがポンとアランの肩を叩いた。
「だったらさ、まずは俺が最初の保証人になってやるぜ!」
ニカッと白い歯を見せて笑うカイ・リッキーヤ、二十五歳。
十五歳でこの世界に入り、運送ギルドに籍を置いて今年でちょうど十年。
アランが先ほど頭を悩ませていた『三年以上の所属と継続収入』という保証人の高いハードルを、彼は何気ない顔で、しかし完璧にクリアしている頼れる友人だった。
「なるほど。君がそうして新たな一歩を踏み出すというのなら、私も微力を尽くそう」
さらに割って入ってきた、低く落ち着いた声。
どうやら彼も商業省に用事があったらしく、先ほどからの騒ぎを耳にして近づいてきたのは、パーザ・レディオ、三十二歳。
王立高等学院を卒業後、すぐに実家のレディオ商会に入って辣腕を振るい、つい最近、正式に商会長の座を継いだばかりの傑物だった。
そして――アランに一方的な婚約破棄を突きつけた、あのエレナの実兄でもある。
「あら?お為ごかしかしら」
呆れたようなエルンの問いかけに、パーザは苦笑しつつも、どこか痛ましげな眼差しをアランへと向けた。
「君には、私の身内が多大なる迷惑をかけた。その罪滅ぼしとしてはあまりに軽すぎるが……新しいギルドの保証人の大役、ぜひ私にも担わせてくれ。これでも、一応は歴史ある商会の代表だ、支払い能力の証明としては役立つはずだ」
パーザの誠実な申し出に、アランは思わず息を呑んだ。
呆然とするアランに、追撃をかけるようにエルンがさらなる衝撃発言を放った。
「あとは、私が保証人になってあげるわ。……もちろん、夫の名義でね」
ガルイン・オイコット子爵。
この商業省の代表であり、国家アルスマグナにおける一般庶民の商業流通を完全に掌握している絶対的な実力者。その名を聞いたパーザが、深く納得したように頷く。
「それは素晴らしい。オイコット子爵が保証人に名を連ねているギルドなど、誰も不当に貶めることはできないでしょうね」
「ふふ、そうでしょう? 残りの二人もすぐに集まるわよ。ここには法服貴族も大勢いるし、とりあえず今のうちに書類だけでも作っておきましょうか」
法服貴族。この国の法律を修め、前世で言うところの弁護士や裁判官といった司法の重職を担う者たちであり、例外なく名誉男爵の地位を持っている。
そんな特権階級の術師たちを、まるでお抱えの書記官のように平然と待機させられるのは、広大な王城を除けばこの商業省くらいのものだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺なんかが、皆様にそれほどの恩義を返せるわけが……」
「何言ってんだ、お前は!」
アランが言い切るより早く、カイがその言葉を力強く遮った。
「あの『段ボール』と『スライムキャップ』ができたおかげで、俺たち運送ギルドがどれだけ助かったと思ってんだ? 軽くて場所を取らない箱ってだけじゃねえ。割れ物や刃物が、誰でも安全に運べるようになったんだよ。それだけで現場のクレームがどれだけ減ったか、お前分かってねえだろ!」
「私からも言ったはずだ、これはレディオ家としての罪滅ぼしだとね」
パーザもまた、穏やかな、しかし確信に満ちた目でアランを見据える。
「それに、一人の商人としても、君という存在なら必ず近い将来に莫大な利益を生むと確信しているんだよ。これはただの慈善事業ではないさ」
「そうよ。それにね、個人じゃなくて今のうちにギルドの形にしておいた方が、今後の仕事が格段にやりやすくなるわ。商会を通じて、この国では手に入らない国外の希少な素材だって融通してもらえるようになるんだから」
エルンがそう言って楽しげにパチンと指を鳴らすと、彼女の視線を受け取った受付嬢が、待ってましたとばかりに最新の貿易書類を手に歩み寄ってきた。
「アラン様、例えばですが――最近、我が国は南大陸の国から『|水晶蝶《クオーツバタフライ』の購入ルートを確立いたしました」
水晶蝶。その鱗粉を触媒として使えば、錬金術によって極上の水晶を作り出すことができるという。富の象徴、ひいては錬金術師の究極の悲願である「黄金錬成」に最も近いとされる伝説の素材だ。
「さらに、北の寒冷国からは『氷刃竜』の討伐成功の報が入っております」
氷刃竜。その牙や鱗は、氷属性において最高位の品質を誇る。
ひとたび錬成すれば、一国を揺るがすほどの『氷の魔剣』すら造り出すことが可能となるだろう。
「そして、東方の国からは『輝夜竹』を出荷するという打診が届いております」
輝夜竹。前世の地球に存在した「竹」の特性を遥かに超越した、驚異的な強度と柔軟性を併せ持つ植物だ。
乗り物のフレームから、特殊な食料保管庫の建材に至るまで、あらゆる工法に革命をもたらすと噂される幻の木材である。
受付嬢が淡々と読み上げる世界各地の秘宝の数々。
それを耳にした瞬間、先ほどまで恐縮していたアランの瞳に、錬金術師としての抗えない熱い火が灯り始めていた。
「♪◉◉」
鞄に入っていたホテプから上機嫌なフルートの音色が聞こえる。
アランの心を感じ取ったようにホテプは鳴いていた。
「ホテプもやれって言っているようだし、会議室に行きましょう」
「はい」
これが後にいろんな人に渡る素材を作り出すポヨ猫を連れた錬金術師の始まりである。




