ありあわせのスカイランタン
アランは屋敷に帰ると、敷いたままの布団に泥のように倒れ込んだ。
このアルスマグナでは、最近になって室内では靴を脱ぐスタイルの家も増えてきたらしくアランの屋敷もその一つだった。
「……一人では、無理か」
今日の商業省で、ラムセス侯爵から突きつけられた言葉が胸に刺さっていた。
自分の限界を、これ以上ないほど明確に突きつけられた気分だった。
魔力の高い素材の管理や、今後の大量生産を見据えるならば、到底一人では手が回らない。
どれだけ個人の技術水準が上がったとしても、人間である限り肉体と時間には限界がある。
それは前世のような高度な科学社会でも、今世のような魔法社会でも変わらない不変の真理だった。
「ギルドに入るか……だけど、それは――」
アランが既存のギルドに所属することを拒むのには、明確な理由が複数あった。
第一に、自身が転生者であるということ。
前世の知識や現代科学の理論を応用した独自の錬成プロセスを、他人に論理的に説明するのは不可能に近い。他の術師たちの目が届く場所で、自分の技術をどう誤魔化せばいいのか、その方法が分からなかった。
第二に、ホテプの存在だ。
魔導レンガの生成や無制限収納など、アランの錬金術はホテプの神秘に依存している部分があまりにも多い。
普段はただの「変わった猫」として押し通せても、組織の中で仕事として使うとなれば、ホテプの異常な有能さはすぐに露見してしまうだろう。
最悪の場合、権力者に目をつけられて連れ去られる危険性すらあった。
だからこそ、自分の周囲には、すべてを明かせる「信頼できる者」だけがいてほしかった。
己の特異性をひた隠し、ギルドの一員として指示された流れ作業をこなすだけなら、アランにだってできる。
――だが、それでは駄目だ。
そんな妥協の先に、自分が本当に目指す、あの「黄金の一歩」を拓く錬金術師の姿などありはしない。
「ちょっと気分転換でもするか」
アランは工房に入ると、棚の隅に眠っていた余り物の素材を集め始めた。
主人の意図を察したのか、作業台へと飛び乗ったホテプが、その無制限収納から中途半端に残った端材をごろごろと吐き出していく。
使い道のなくなった五十ヶ諸島の紙。保冷ボックスのフレームにしようと試行錯誤した挙句、放置されていた動物の骨。それに、魔蜂の巣から精製したワックスと蜜蝋。
「――って、錬金術の悩みを錬金術で解消しようとするなんて、我ながらどうかしてるな」
アランはふと、前世で見聞きした「画家が絵を描く息抜きに、別の絵を描く」という話を思い出して苦笑した。どうやら自分も、根っからの同類らしい。
そういえば、師匠のエミリアもよく余った素材を片片端から錬金窯にぶち込んでいた。まるで余り野菜でカレーでも作るかのような気楽さで練り上げられたそれは、もはや『物体X』としか形容できない代物だった。
特に印象深いのは、毒性こそないものの、この世のものとは思えない異臭を放つ液体だ。好奇心でその匂いを直接嗅いだホテプが、白目をむいてのた打ち回ったほどである。
なお、その凄まじい物体Xは、後に水で極限まで希釈され、非常に優秀な『獣除けの薬剤』として近隣の農家に重宝されることになった。
「案外、覚えているものだな」
アランは前世の記憶を頼りに、作業台に向かった。
五十ヶ諸島の紙を折り紙の要領で折り畳み、軽量な小物入れのような器を作る。
それを動物の骨のフレームで補強し、表面に蜜蝋ワックスを丁寧に塗布していく。
その内部に固形燃料と蜜蝋の蝋燭をセットし、紙で作った傘を繋ぎ合わせる。
――即席の小型熱気球、前世で言うところの『スカイランタン』が完成した。
「まさか、魔蜂が火属性の魔物だったとは」
魔蜂は、外敵を熱で包み込む『熱殺蜂球』を用いたり、いざとなれば巣そのものを激しく燃え上がらせて逃亡したりする生態を持つ、文字通りの火属性魔物だ。
それゆえに彼らの巣から採れる素材は優秀だった。
蝋燭に加工すれば高品質で長時間灯り続け、ワックスの材料として錬成すれば、熱に耐える強固な『耐火ワックス』へと変貌する。アランの思いつきは、見事に噛み合っていた。
完成したランタンを手に、アランは夜の庭へと出た。
嵌めたのは、火属性魔物の皮で作られた手袋だ。
パチン、と親指と中指を鳴らせば、指先から小さな火種が爆ぜる。
前世のライターにも似た手軽さで、アランはそっと蝋燭の芯へ火を移した。
内部の空気が温まり、膨らんでいく。
手を離すと、スカイランタンはふわりと重力を振り払い、夜空へと舞い上がっていった。
その幻想的な光が気になったのか、それとも主人の作った新しい玩具に興味を惹かれたのか。
魔蝶オリオンがランタンの影を追うようにして羽ばたき、やがて静かな夜に溶け込んでいった。
ランタンとオリオンを追いかけるように空を見ると月を遮る雲がない明るい満面の星空が見えた。




