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婚約破棄された令嬢、辺境で「半分を見捨てる決断」をする 〜全員を救えない世界で、彼女は最善を選ぶ〜  作者: 結城ヒナ


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第7話 正しすぎる女

 屋敷の中庭に、怒声が響いていた。


「だから、これは私の担当ではありません!」

「しかし記録上はお前の管轄だろう!」


 声の主は、二人の使用人だった。


 一人は食糧管理を任されている中堅の侍女。

 もう一人は倉庫の責任者である男性使用人。


 その間に積まれているのは、明らかに不足した食料の帳簿。


 私は少し離れた位置で、それを観察する。


 ——原因は明白だ。


 帳簿と実在庫の不一致。

 そして、責任の所在の曖昧さ。


 非効率であり、管理の欠陥だ。


「エレノア様……」


 近くにいた侍女が小声で呼びかける。


「いかがなさいますか」


 私は一歩、前に出る。


 それだけで、二人の声は止まった。


 視線がこちらに向けられる。


 私は二人を見る。


 感情ではなく、情報として。


「状況を説明して」


 短く告げる。


 二人は顔を見合わせ、やがて侍女の方が口を開いた。


「昨日の搬入分が、記録より少ないのです」


「原因は」


「それが……分かりません」


 曖昧だ。


 私は倉庫責任者に視線を移す。


「確認は」


「行いました。しかし……記録は正確です」


 矛盾。


 だが、矛盾は解消できる。


 私は帳簿を受け取る。


 目を走らせる。


 数字を拾う。


 流れを追う。


 ——ここだ。


「搬入時間がずれている」


 二人が息を呑む。


「本来なら午前の記録になっているものが、午後に回されている」


 私は指で示す。


「この間に、別の出庫が発生している」


「それは……」


「記録の重複と誤認」


 結論を出す。


「責任は双方にある」


 二人の表情が変わる。


 私は続ける。


「倉庫側は時間管理を怠った。侍女側は確認を省いた」


 事実のみを並べる。


「したがって」


 私は判断する。


「本日より、食糧管理は時間単位で記録を分ける」


 明確な指示。


「また、搬入と出庫の責任者を分離する」


 役割分担の再構築。


「以上」


 沈黙。


 数秒。


 やがて、倉庫責任者が頭を下げた。


「……承知いたしました」


 侍女も続く。


「申し訳ありませんでした」


 問題は解決した。


 迅速に。


 無駄なく。


 ——適切だ。


 私はそう判断する。


「では、作業に戻って」


 私は背を向ける。


 それで終わりのはずだった。


 だが。


 背後の空気が、わずかに重い。


 私は歩きながら、それを感じる。


 会話はない。


 だが。


 何かが残っている。


 違和感。


 私は立ち止まる。


 振り返る。


 二人はすでに作業に戻っている。


 動きに問題はない。


 だが。


 視線が合わない。


 先ほどまでとは違う。


 距離がある。


 ——なぜだ。


 私は分析する。


 問題は解決した。

 効率は改善された。

 責任も明確化した。


 すべて、正しい。


 ならば。


 なぜ、空気が悪い。


 その答えを探す。


 だが。


 見つからない。


 私は再び歩き出す。


 廊下に戻る。


 思考を続ける。


 先ほどの対応は、最適だった。


 誤りはない。


 それなのに。


 結果が、完全ではない。


 ——非合理だ。


 その結論に至る。


 だが。


 胸の奥で、あの感覚が。


 また、わずかに動く。


 小さく。


 しかし、確かに。


 私は立ち止まる。


 そして。


 初めて、少しだけ。


 その感覚に、意識を向ける。


 これは。


 不快なのか。


 違う。


 痛みか。


 違う。


 では、何だ。


 分からない。


 ただ。


 正しく処理できていない。


 その事実だけが残る。


 私はゆっくりと息を吐く。


 そして、結論を出す。


 ——観察を続ける必要がある。


 それが最適解だ。


 私は歩き出す。


 だが。


 その足取りは。


 ほんのわずかに。


 昨日よりも、重くなっていた。

第7話までお読みいただきありがとうございます。


ここで初めて、「主人公は有能である」という事実が明確に描かれました。

しかし同時に、「それだけでは上手くいかない」という違和感も見え始めています。


次話では、王子との過去がより具体的に描かれ、

“なぜ婚約破棄に至ったのか”が少しずつ明らかになります。


少しでも面白いと感じていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


ここから物語は、「正しさとは何か」という核心に近づいていきます。

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