第8話 愛されなかった理由
その日の午後、手紙が三通届いた。
どれも見覚えのある家紋だった。
私は封を切る。
一通目。
簡潔な文面。
『諸事情により、今後の交流は控えさせていただきます』
理由は書かれていない。
だが、必要もない。
私は二通目を開く。
似た内容。
より丁寧な言い回し。
しかし、結論は同じ。
三通目。
少し長い。
『これまでのご厚意に感謝いたします。しかし現在の状況を鑑み——』
途中で読むのをやめる。
結論は同じだからだ。
私は手紙を揃え、机に置く。
整然と。
重ねる。
——三件。
社交関係の断絶。
予測範囲内。
むしろ、遅いくらいだ。
私はそう判断する。
その時。
視線が、机の端に向く。
そこに、別の封筒があった。
印は、王家のもの。
私は一瞬だけ手を止める。
理由は分からない。
ただ。
動きが、わずかに遅れる。
やがて、封を切る。
中には、短い書簡。
『昨日の件について、正式な文書は後日送付する。
それに先立ち、一言伝えておく』
そこまで読んで、分かる。
これは、公的なものではない。
個人的なもの。
私は続きを読む。
『お前は間違っていない』
文字を、目で追う。
『だが、それでも——』
手が、止まる。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
私はその続きを読む。
『私は、お前と共に生きることができなかった』
静かな言葉。
責めも、否定もない。
ただの事実。
私は紙を置く。
思考を巡らせる。
——合理的だ。
昨日の発言と一致している。
矛盾はない。
整合性も取れている。
だから。
問題はない。
そう判断する。
だが。
胸の奥で、何かが。
わずかに揺れる。
昨日と同じ。
しかし、少しだけ強い。
私はそれを観察する。
原因を探る。
言葉。
文脈。
過去の記憶。
——過去。
その単語で、思考が遡る。
王宮の庭園。
昼下がり。
風のない日。
「エレノア」
声。
振り返る。
レオンハルト殿下が立っている。
まだ婚約が確定する前。
だが、すでに周囲はそう見ていた時期。
「少し、いいか」
「はい」
私は頷く。
並んで歩く。
沈黙。
それは不自然ではない。
私たちは、必要以上に言葉を交わさない関係だった。
やがて、彼が口を開く。
「……お前は」
少し迷うように。
「疲れることはないのか」
問い。
私は考える。
意味を。
「どのような意味で」
「そのままだ」
彼は言う。
「常に完璧でいようとすることに」
理解する。
私は答える。
「それが役割ですので」
当然のこと。
だが。
彼は、少しだけ顔を歪めた。
「……そうか」
それだけ。
会話は終わる。
その時、私は。
何も感じなかった。
違和感も、疑問も。
ただ。
適切な応答をしたと、判断した。
——今も。
その評価は変わらない。
私は現在に戻る。
机の前。
書簡が置かれている。
私はそれを見下ろす。
分析する。
彼の言葉。
昨日の発言。
そして、過去の会話。
すべてが一致する。
つまり。
——結論は変わらない。
彼の判断は、正しい。
私はそう理解する。
だが。
胸の奥の違和感が。
消えない。
それどころか。
少しずつ、広がっている。
私は手を胸に当てる。
位置を確認する。
身体的異常はない。
だが。
内側が。
わずかに、不安定だ。
——なぜだ。
私は考える。
答えは出ない。
ただ。
一つだけ。
新しい認識が生まれる。
私は。
彼に。
“理解されなかった”のではない。
——理解された上で、選ばれなかった。
その事実。
それが。
胸の奥で。
静かに、重く沈む。
私は目を閉じる。
呼吸を整える。
思考を戻す。
必要な処理は終わった。
問題はない。
だが。
その結論に。
ほんのわずかに。
確信が持てなくなっている自分に。
私は、まだ気づいていなかった。
第8話までお読みいただきありがとうございます。
ここで「王子はただの悪ではない」という構造がはっきりしてきました。
そして主人公にとって最も厄介な問題——
「理解された上で選ばれなかった」という事実が浮かび上がります。
次話では、主人公が初めて“自分の正しさ”に疑問を持ちます。
そして、小さな成功と大きなズレが生まれます。
少しでも続きが気になった方は、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。
物語はここから、“崩れ始める正しさ”へ進んでいきます。




