一本のマッチ
ある創作者の話をしよう。
無論名は伏せる。
理由は至極単純で、燻った火種に酸素を送る趣味はないからである。
名を出す事で、逆にかの御仁の手助けになるのだから。
さて、その創作者は、寒さに震えていた。
PVは一桁。
ブックマークは動かない。
ランキング入りは遥か遠い。
きっと努力していないわけではないだろう。
宣伝も他作家との交流も試みた。
それでも、数字は冷えたままだった。
やがて彼は、弱音を吐く。
「誰にも読まれない」
「どうすれば見てもらえるのか」
その嘆きは慈愛の手により拡散された。
同情の言葉は温かい。
「読みに行きます」
「応援しています」
「気にしないで」
通知は鳴り止まず、PVは跳ね上がる。
一日で三桁。
やがて四桁。
実に暖かい。
ああ、世界はこんなにも優しかったのかと錯覚する。
だがその熱は、持続的な焚火ではない。
南風だ。
止まない雨がないように、止まぬ風はない。
三日もすれば、追い風はピタリと止む。
数字は元の位置へ。
通知は止まり、タイムラインは再び”持つ者”のパレードに移り変わっていく。
そこで彼は学んだ。
同情でも炎上でも良い。
インプレッションは燃料になると。
彼は疑似餌をタイムラインの河に流した。新たなる話題の種となる”魚”を釣り上げる為に。
「本気で小説家になりたいから、正直な感想が欲しい」
やがて、心優しき作家達から感想が届く。
厳しい指摘もある。
耳に痛い意見もある。
当然である。
これから本気で小説家を目指すのであれば、立ちふさがるのは厳しい編集者という壁。
そのプロの目に届く前に、同じ土俵に立つ、まだ素人の創作者達からすら厳しい意見が届くという事は、自身の作品の位置が、その程度のレベルであるという証明に過ぎない。
繰り返そう。そんな事は当然であり、当たり前なのである。
数々の賞を取った文豪の弟子の下で学んだのか?
小説家になる為の講座やそれに近しい私塾に参加したのか?
無論数々のアニメ化まで漕ぎ着けたライトノベル界の巨匠は、全員が全員そんな裏事情がある訳ではない。
だが、他の人が踏み込んでいない領域を踏み締め、開拓し、人を引き付ける才を持っていた。
そして後は時の運が良かったのだろう。
普通は、あまりにも膨大な作品の海に溺れ、飲み込まれ、沈んでいく。
しかし運が良ければ、泡が深海から浮かび上がるように、空を拝む事が出来るかもしれない。
無論、”運が良ければ”である。
だが彼は、それを受け止められない。
「誹謗中傷だ」
その言葉と共に、多くのハッシュタグと共に感想を晒す。
正義は燃えやすい。
人は“被害者”を守るヒーローの自分の姿を好む。
何故なら正義の剣は、振るう側を美しく見せるからだ。
シュっとマッチを擦る様に、火は簡単に生み出される。
擁護や怒りの声という薪に燃え移れば、後はこっちのものだろう。
定期的に「私は傷付いた」という燃料を注いでやれば、火は燃え続ける。
そして彼が”被害者”としてではなく、晒し主という”加害者”として炎上したとしても、それは彼の思う壺なのである。
どちらにせよ、再び数字は跳ねる。
燃え上がる火でPVは暖かい。
インプレッションという火が消えてしまえば、また新しいマッチを擦ればいい。
マッチの火は明るく燃え、幻想としての万バズやPV数のうなぎ登りを彼に見せるだろう。
彼はさらに学ぶ。
炎上は手段だと。
だが計算できないものが一つあった。
それは彼の信用だ。
最初の火は同情だった。
次の火は正義だった。
その次は対立だった。
火は強くなり、魔法のような幻を見せてくれる。
だが、彼の足元には燃え尽きたマッチのカスばかりが散らばっていく。
彼が騙し燃やして使い捨てた、作者達の優しさの残骸である。
炎上は宣伝ではない。
延命である。
寒さから逃れるための、一時的な暖。
マッチ売りの少女は、マッチを一本擦るたびに希望を見る。
暖炉。
ご馳走。
家族。
炎上する創作者もまた、幻を見る。
ランキング上位。
出版社の目。
バズる作品。
しかし、かの童話の結末は皆ご存じだろう。
翌朝、残っていたのは大量の燃えたマッチと、冷たくなった少女の姿だった。
作者も同じである。
炎上という炎を手段として使用してしまえば、残るのは一時的な承認欲求の潤いと、落ちた信用。
そして冷たい目である。
炎上し、一度灰になれば、信用は元の形には戻らないのだ。
そして人は学ぶだろう。
火に群がる者は多いが、灰に手を伸ばす者はいないということを。




