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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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96 水晶の販促と挨拶の合否


 翌日。


「おはようございます」

「おはよう、セラフィナ」

「おはようさん」


 いつも通り領主館の代筆課に出勤して業務の準備をしていると、通り掛かった同僚が、あら、と声を上げた。


「セラフィナ、髪型変えたんですの?」


 ピンク色の巻き毛がゴージャスなエイローテ男爵家の一人娘、アナスタシア。最近、幼馴染のクライヴ──私にとっては狩人の同僚の23番と結婚した、新婚ほやほやの美女である。

 なおその結婚指輪は宝石を象嵌(ぞうがん)した魔鉱細工。私が名と顔を明かした上で石入れと刻印の再加工を承った、最初のお客様でもある。


 そのアナスタシアの指摘通り、今日の私はいつものひっつめ髪ではない。後ろの低い位置で一つにまとめているのは同じだが、緩めのお団子にしている。

 両サイドに垂らした髪はいつもより多め。少しだけ編み込みもしてあるので、かなり印象が違うと思う。


「服飾品店の店員さんに、バレッタに合うヘアアレンジを教わったからやってみたんだ。かなり苦戦したけど…」

「バレッタ?」


 首を傾げたアナスタシアが私の横に回り──後頭部を覗き込んで、まあ! と華やいだ声を上げる。


「素敵! これも魔鉱細工ですの!?」

「えっ!?」

「魔鉱細工!?」


 数人が目の色を変えてガタッと立ち上がった。あっという間に取り囲まれ、後頭部にいくつもの視線が突き刺さる。


「うわ何これすごい…ツタモチーフ?」

「透かし彫りの魔鉱細工なんて初めて見た…」

「石もすごく綺麗ね」

「あ、それ水晶」


 私が補足した途端、同僚たちがどよめく。


「水晶!?」

「そんなのってアリ!?」

「確かに綺麗だけど…!」

「…っていうか他の宝石より使える場所多そう…違和感ないし」


 何人かは真剣な顔で考え始めた。アイリーンの思惑通りだ。


 水晶は産出量も多く安価な宝石なので、普通は超高級品である魔鉱細工には使われない。だが、無色透明で照りも丁度よく、ミスリル銀と非常に相性が良い。個人的にイチオシの組み合わせだ。

 これをどう認知させるか──アイリーンの作戦は至極単純だった。実物を見せびらかして歩けばいい。


 文官の同僚たちは、ほぼ全員が貴族、つまり魔鉱細工を買い求める可能性のある者たちだ。

 加えて、領主館にはバレッタを奪おうとするような不届きな輩もいない。宣伝するにはこの上ない環境と言える。


 何より、代筆課は女性が多いのでバレッタに注目が集まりやすく、情報も拡散しやすい。

 アナスタシアの結婚指輪が出来上がった時も、私がルーカスとの婚約のアクセサリーであるイヤーカフを身につけて出勤した時も、とにかく反応がすごかった。


「そういえば、化粧も変えた?」

「ブラウスも新しいやつよね?」


 同僚に訊かれ、ちょっと肩が跳ねる。目敏(めざと)い。


「ええと…うん。いつもの化粧じゃバレッタに負けるって言われて…自分でもできそうな化粧の方法を教わって、それに合う服も選んでもらいマシタ…」


 つまり全部、他力本願である。

 私が小さくなって呟くと、アナスタシアが溜息をついた。


「もう…恥ずかしがることなんてありませんわ。プロに頼るのは当たり前のことですし、すごく似合っておりますわよ」

「ホントホント!」

「絶対今の方が良いわよ!」


 女性陣が必死にフォローしてくれる。その気遣いに、ちょっと泣けてくる。

 …ああでもみんな、貴族だから化粧はメイドとか侍女とかにやってもらうんだろうか。それなら誰かに頼るのは当たり前という感覚になりそうだ。


「でも本当、ガラッと変わったわね。やっぱりお相手の実家に挨拶に行くと、意識って変わる?」


 独身の同僚が首を傾げる。

 私が一昨日クレメンティ侯爵家に出向いたのは周知の事実だ。私は曖昧に頷いた。


「変わったっていうか…美男美女ばっかりで圧倒されたっていうか…最初は逃げ出したいのを我慢するのに必死だったよ…」

「ああ…」

「分かる」

「気後れするわよね、どうしても」

「しかもセラフィナの場合、相手が領主様方だものねえ…」


 相手のいる女性陣が同情的な顔になった。大なり小なり、みんなが通る道のようだ。


「向こうのご家族、特に女性陣なんかみんな肌綺麗だし…握手するのにかさついた手で申し訳ありませんとしか…だからせめてもうちょっとマシな格好になろうと思ったわけで」


 遠い目をして呟く。


「ちょっと、目が死んでるわよ!」

「セラフィナしっかり!」

「ちゃんと先方には受け入れてもらえたんでしょ!?」

「それはまあ…多分」

「た、多分…?」


 みんなが絶句する。


「いや、だって、合否が出るわけじゃないし、相手の反応で判断するしかないけど、貴族ってみんな…こう…社交の顔? ってあるんでしょ? 笑顔が社交か本心かって、初対面で素人が分かるもの?」


 みんなも貴族なので流石に「外面がいい」とは言えなかった。私が訊くと、アナスタシアたちは納得の表情を浮かべる。


「ああ…そういう意味でしたの」

「確かに本心は分かりにくいかも…」


 そんな中、あ、と少し年上の同僚が声を上げた。


「目安になるものはあるわよ」

「えっ」

「あのね、スキンシップの『時間の長さ』と『接触面積』。特に同性の場合」


 同僚は目をキラキラさせて、指を一本立てる。


「握手は社交辞令として当然だけど、その手を握る時間が長いとか、しっかり握ってくれるとか。最上級はハグね。まあ初対面でそこまで行くことは滅多にないけれど」


 なるほど、動作。

 昨日のクレメンティ侯爵家の人々との対面を思い返してみる。


「…握手は、ちゃんとしてもらえたと思う」


 侯爵家を出る時、全員にしっかり握手してもらえたし、何だったらルーカスの母のレティシアはこちらをぎゅーっと抱き締めてしばらく離してくれず、ロザリンドが笑いながら半ば無理矢理引き剥がしていた。多分あれはハグ。総じて、歓迎されていたと解釈していいのだろう。


「なら大丈夫ね」

「…ちなみに隣国の『同性に対する親愛の動作』の場合はどう解釈すれば?」

「え?」


 私が訊くと、アナスタシアたちは目を瞬いた。


「親愛の動作って…」

「こう、お互い片手を握って、右頬を合わせるやつ」


 軽く手を掲げて説明する。流石は領主館の文官と言うべきか、全員がすぐ理解の表情を浮かべた。


「ああ…あれ」

「ロザリンド様とエレーナ様は隣国出身だものね」

「それ、向こうからしてもらえたの?」

「いや、エレーナ様にこっちから。そしたら、他の女性陣ともすることになって」

「…初対面でよくそこまで…」


 感嘆やら呆れやら、様々な視線が入り交じる。

 年嵩(としかさ)の同僚が笑った。


「そこまでできるなら何も心配ないわよ。少なくともクレメンティ家の女性陣は貴女の味方。間違いないわ」


 断言されて、ようやく肩の力が抜けた。私はへらりと笑みを浮かべる。


「そうなんだ、ありがとう」

「はいはい、どういたしまして」








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