96 水晶の販促と挨拶の合否
翌日。
「おはようございます」
「おはよう、セラフィナ」
「おはようさん」
いつも通り領主館の代筆課に出勤して業務の準備をしていると、通り掛かった同僚が、あら、と声を上げた。
「セラフィナ、髪型変えたんですの?」
ピンク色の巻き毛がゴージャスなエイローテ男爵家の一人娘、アナスタシア。最近、幼馴染のクライヴ──私にとっては狩人の同僚の23番と結婚した、新婚ほやほやの美女である。
なおその結婚指輪は宝石を象嵌した魔鉱細工。私が名と顔を明かした上で石入れと刻印の再加工を承った、最初のお客様でもある。
そのアナスタシアの指摘通り、今日の私はいつものひっつめ髪ではない。後ろの低い位置で一つにまとめているのは同じだが、緩めのお団子にしている。
両サイドに垂らした髪はいつもより多め。少しだけ編み込みもしてあるので、かなり印象が違うと思う。
「服飾品店の店員さんに、バレッタに合うヘアアレンジを教わったからやってみたんだ。かなり苦戦したけど…」
「バレッタ?」
首を傾げたアナスタシアが私の横に回り──後頭部を覗き込んで、まあ! と華やいだ声を上げる。
「素敵! これも魔鉱細工ですの!?」
「えっ!?」
「魔鉱細工!?」
数人が目の色を変えてガタッと立ち上がった。あっという間に取り囲まれ、後頭部にいくつもの視線が突き刺さる。
「うわ何これすごい…ツタモチーフ?」
「透かし彫りの魔鉱細工なんて初めて見た…」
「石もすごく綺麗ね」
「あ、それ水晶」
私が補足した途端、同僚たちがどよめく。
「水晶!?」
「そんなのってアリ!?」
「確かに綺麗だけど…!」
「…っていうか他の宝石より使える場所多そう…違和感ないし」
何人かは真剣な顔で考え始めた。アイリーンの思惑通りだ。
水晶は産出量も多く安価な宝石なので、普通は超高級品である魔鉱細工には使われない。だが、無色透明で照りも丁度よく、ミスリル銀と非常に相性が良い。個人的にイチオシの組み合わせだ。
これをどう認知させるか──アイリーンの作戦は至極単純だった。実物を見せびらかして歩けばいい。
文官の同僚たちは、ほぼ全員が貴族、つまり魔鉱細工を買い求める可能性のある者たちだ。
加えて、領主館にはバレッタを奪おうとするような不届きな輩もいない。宣伝するにはこの上ない環境と言える。
何より、代筆課は女性が多いのでバレッタに注目が集まりやすく、情報も拡散しやすい。
アナスタシアの結婚指輪が出来上がった時も、私がルーカスとの婚約のアクセサリーであるイヤーカフを身につけて出勤した時も、とにかく反応がすごかった。
「そういえば、化粧も変えた?」
「ブラウスも新しいやつよね?」
同僚に訊かれ、ちょっと肩が跳ねる。目敏い。
「ええと…うん。いつもの化粧じゃバレッタに負けるって言われて…自分でもできそうな化粧の方法を教わって、それに合う服も選んでもらいマシタ…」
つまり全部、他力本願である。
私が小さくなって呟くと、アナスタシアが溜息をついた。
「もう…恥ずかしがることなんてありませんわ。プロに頼るのは当たり前のことですし、すごく似合っておりますわよ」
「ホントホント!」
「絶対今の方が良いわよ!」
女性陣が必死にフォローしてくれる。その気遣いに、ちょっと泣けてくる。
…ああでもみんな、貴族だから化粧はメイドとか侍女とかにやってもらうんだろうか。それなら誰かに頼るのは当たり前という感覚になりそうだ。
「でも本当、ガラッと変わったわね。やっぱりお相手の実家に挨拶に行くと、意識って変わる?」
独身の同僚が首を傾げる。
私が一昨日クレメンティ侯爵家に出向いたのは周知の事実だ。私は曖昧に頷いた。
「変わったっていうか…美男美女ばっかりで圧倒されたっていうか…最初は逃げ出したいのを我慢するのに必死だったよ…」
「ああ…」
「分かる」
「気後れするわよね、どうしても」
「しかもセラフィナの場合、相手が領主様方だものねえ…」
相手のいる女性陣が同情的な顔になった。大なり小なり、みんなが通る道のようだ。
「向こうのご家族、特に女性陣なんかみんな肌綺麗だし…握手するのにかさついた手で申し訳ありませんとしか…だからせめてもうちょっとマシな格好になろうと思ったわけで」
遠い目をして呟く。
「ちょっと、目が死んでるわよ!」
「セラフィナしっかり!」
「ちゃんと先方には受け入れてもらえたんでしょ!?」
「それはまあ…多分」
「た、多分…?」
みんなが絶句する。
「いや、だって、合否が出るわけじゃないし、相手の反応で判断するしかないけど、貴族ってみんな…こう…社交の顔? ってあるんでしょ? 笑顔が社交か本心かって、初対面で素人が分かるもの?」
みんなも貴族なので流石に「外面がいい」とは言えなかった。私が訊くと、アナスタシアたちは納得の表情を浮かべる。
「ああ…そういう意味でしたの」
「確かに本心は分かりにくいかも…」
そんな中、あ、と少し年上の同僚が声を上げた。
「目安になるものはあるわよ」
「えっ」
「あのね、スキンシップの『時間の長さ』と『接触面積』。特に同性の場合」
同僚は目をキラキラさせて、指を一本立てる。
「握手は社交辞令として当然だけど、その手を握る時間が長いとか、しっかり握ってくれるとか。最上級はハグね。まあ初対面でそこまで行くことは滅多にないけれど」
なるほど、動作。
昨日のクレメンティ侯爵家の人々との対面を思い返してみる。
「…握手は、ちゃんとしてもらえたと思う」
侯爵家を出る時、全員にしっかり握手してもらえたし、何だったらルーカスの母のレティシアはこちらをぎゅーっと抱き締めてしばらく離してくれず、ロザリンドが笑いながら半ば無理矢理引き剥がしていた。多分あれはハグ。総じて、歓迎されていたと解釈していいのだろう。
「なら大丈夫ね」
「…ちなみに隣国の『同性に対する親愛の動作』の場合はどう解釈すれば?」
「え?」
私が訊くと、アナスタシアたちは目を瞬いた。
「親愛の動作って…」
「こう、お互い片手を握って、右頬を合わせるやつ」
軽く手を掲げて説明する。流石は領主館の文官と言うべきか、全員がすぐ理解の表情を浮かべた。
「ああ…あれ」
「ロザリンド様とエレーナ様は隣国出身だものね」
「それ、向こうからしてもらえたの?」
「いや、エレーナ様にこっちから。そしたら、他の女性陣ともすることになって」
「…初対面でよくそこまで…」
感嘆やら呆れやら、様々な視線が入り交じる。
年嵩の同僚が笑った。
「そこまでできるなら何も心配ないわよ。少なくともクレメンティ家の女性陣は貴女の味方。間違いないわ」
断言されて、ようやく肩の力が抜けた。私はへらりと笑みを浮かべる。
「そうなんだ、ありがとう」
「はいはい、どういたしまして」




