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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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93 もどかしい二人


《…いいからさっさと結婚しなさいよ、もう》


 私がぼそりと呟くと、ルーカスがびくっと肩を揺らした。

 寝室に入ったセラフィナには、今の呟きは聞こえていないはずだ。肉声と違って、念話は聞かせる相手を限定できる。


「…ウィッカ、いきなり、何を」


 大変ぎこちない声で呻き、ルーカスがこちらを見る。表情はそれほど変わらないが、動揺しているのは明らかだ。とても分かりやすい。

 私はぱたんと尻尾をクッションに叩きつけた。


《もう婚約してから季節一つ過ぎたわよ。早ければもう入籍してたっておかしくないでしょ? 何モタモタしてるのよ》


 貴族の場合、婚約から数ヶ月後、遅くとも1年以内には入籍するのが普通だ。平民の場合はもっとおおらかで、そもそも婚約期間を設けずにいきなり結婚する者も多い。

 セラフィナに親はおらず、ルーカスの家族には昨日挨拶を済ませた。2人の反応を見るに、反対はされていないはずだ。


 加えて、今のこの状況。予定が合う日は一緒に家で食事をして一緒に眠る。朝帰りどころか、事実上の半同棲状態。

 これでようやくキスをする程度の仲だと言って、信じる者が何人いるか。


 いいからさっさと結婚しろ。間近で見守っている立場としては、その一言に尽きる。

 だがルーカスは、モタモタしているという私の指摘に渋面になった。


「…急いても仕方ないだろう。秋にあんな目に遭ったばかりなんだ」


 秋に起きた拉致事件のことは、私もよく憶えている。連れ去られた先で、セラフィナは文官の元同僚に襲われそうになったらしい。

 それ自体はセラフィナの魔力暴走により未遂に終わったが、その後しばらく、セラフィナはルーカス以外の同年代の男性に対して無条件で身構えるようになっていた。


 その状況を結果的に克服した方法が「自分が強くなる」だったあたり、あまりにも斜め上というか──実にセラフィナらしいが。


《私は、あの時点で貴方がセラをドロドロに甘やかして、屋敷の奥にでも閉じ込めて徹底的に囲い込むんじゃないかと期待してたんだけど》


 領主の息子にして、狩人の哨戒部隊隊長。地位も実力もあり、何よりセラフィナを絶対に手放す気のないルーカスには、そういう手段も取れたはずだ。

 なのに、そうしなかった。

 セラフィナ自身の希望を優先した、という見方もできる。が、私に言わせると、


《このヘタレ》

「…」


 ルーカスはうぐっと言葉に詰まり、思い切り目を逸らしてキッチンに向かった。

 フライパンに油を引き、卵を用意しながら、何やら言い訳じみたことを口にする。


「…俺の都合で、あいつを縛り付けるのは違うだろう」

《そのわりに、寝起きにはずいぶん好き勝手してるみたいじゃない?》

「っ!?」


 卵をフライパンに割り入れようとした指先が、卵の中に思い切りめり込んだ。…黄身が潰れたわね、あれ。


 私が目を細めて眺める中、ルーカスは卵の中身をフライパンではなくボウルに割り入れた。

 案の定、黄身は見事に潰れたらしい。一緒に入ってしまった殻の欠片をフォークで取り除きながら、ルーカスはちらりとこちらを見る。


「…何で」


 紫紺の目には、魔力型『イーリス』特有の虹色の光が見えた。動揺のあまり、魔力制御ができていない。まだまだ修行が足りないわね。


《ケットシーの聴力を甘く見ないで頂戴。隣の部屋の様子なんて、音だけで誰が何してるのかほぼ筒抜けなんだから》


 キスのリップ音。衣擦れの音。セラフィナが動揺する微かな声。

 一方で、途中から妙に整うルーカスの寝息。

 ケットシーの耳はそれらを立体的に認識する。どこでどんな音がしたか、何が起きているのか、肉眼で見るよりはっきり分かるのだ。


《──あ、セラには言うんじゃないわよ》

「…」


 これを知ったらセラフィナが羞恥で動けなくなるのは目に見えているので、きっちり釘を刺しておく。

 ルーカスは深刻な顔で頷いた。


 耳を澄ますと、寝室の物音が聞こえてきた。セラフィナはまだ服を引っ張り出して、ああでもないこうでもないと悩んでいるようだ。

 多分、昨日の服と侯爵家の面々との邂逅が尾を引いて、自分の私服の適当さに頭を抱えているのだろう。

 今更すぎるし、ルーカスだったらセラフィナがどんな服を着ようと好きでいることに変わりはないと思うが──丁度いいのでもう少し悩んでいてもらおう。


《憶えてないフリをするとか、大胆なわりに随分と臆病よね。ま、それに気付いていないあの子もあの子だけど…》


 寝ぼけているゆえの行動なのは間違いないが、ルーカス自身が憶えていないはずがないのだ。

 夜中にセラフィナがうなされていた時間と頻度はきっちり憶えているのだから。


 ルーカスは黙ったまま、追加の卵を割り入れて牛乳と調味料を加えたボウルをぐるぐるとかき混ぜている。目が泳いでいるあたり、実に分かりやすい。


《いっそ昨夜、押し倒せばよかったのに》

「っ!」


 ガツッと泡立て器がボウルにぶつかった。

 唖然とするルーカスを見上げ、私はぱたりと尻尾でクッションを叩く。


《実家への挨拶の翌日は2人とも休むもの、って、()()()()意味もあるんでしょ、どうせ》

「…いや…そう、なのか…?」


 …ルーカスに訊いた私が馬鹿だったわ。


 少し考えれば分かりそうなものだが──いや、ルーカスも()()()()()は壊滅的なようだし、期待するのも酷か。


《──まあそれはあくまで私の見解だけど。…そうね、あなたたちは変に焦らずに進むくらいで丁度いいのかしら》

「…何で突然優しくなってるんだ」

《あら、厳しいのがお好み? それはそれでやぶさかではないけれど、そうするとまずは貴方に寝起きの記憶がきっちりあるってことをセラに伝えるところから始めなくちゃいけないわよ?》


 瞬間、ルーカスはボウルを置き、私に向けて真顔で丁寧に頭を下げた。


「黙って見守っていてくれると助かる、師匠殿」

《素直でよろしい》



 結局この日、目玉焼きからオムレツに変更されたはずの卵は、スクランブルエッグになって食卓に並んだ。








セラフィナとルーカスの関係に関して、一番悶々としているのは当人たちではなくウィッカだったり…。

(オカン属性)



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