86 クレメンティ侯爵家の面々
「…」
「……」
瞬間、クロウがサッと目を逸らし、トラヴィスがぴくっと肩を動かした。
これは…
「──クロウ」
「え、俺ッスか!?」
トラヴィスに名を呼ばれ、クロウがあからさまに狼狽える。どう考えてもこの2人がやらかした流れだ。
私の隣で、ルーカスが黙って目を細める。
「…え、えーと…」
クロウは何やらもじもじしていたが、全員の視線を受けてキリッと表情を変えた。
「デイヴィッド・ロフナーが「セラフィナ・アッカルドが婚約したのは単なる緊急避難のようなもので、ルーカス・ブレット・クレメンティは同情で名前を貸しているだけ。領主は全く認知していない。その証拠に、交際も仮婚約もなくいきなり『婚約』と言っている」と主張しまして…」
眉が徐々に情けなく下がっていく。
「あんまり自信満々に言うもんだから、グリムワルドもそれを信じたんスよ。トラヴィス様がグリムワルドと対面で話をした時、「セラフィナ・アッカルドは息子の婚約者だ」とか言ってなかったってのも大きかったみたいッス。なんで、ついでに俺も「婚約したとは聞くが、2人が一緒に行動しているところなど一度も見たことがない」と、こう、一言…」
「──ほう?」
「ルーカス落ち着いて。実際あの頃は忙しすぎて、黒の隔離地でしか会ってなかったでしょ?」
クロウは、嘘は言っていない。
狩人のオウルとキャットの正体を知らなければ、確かに『セラフィナ』と『ルーカス』はほぼ顔を合わせていない、という認識になるのだ。
「…なるほど」
ルーカスが険を引っ込め、クロウがあからさまに安堵の溜息をつく。
ともあれそうした誘導の結果、グリムワルドは私のことを、ルーカス、ひいては領主にとって取るに足らない存在だと思い込み、アッカルド孤児院出身者はすべからく自分の所有物だという認識のもと、私を自分の商品の一つとして扱おうとした。
胸糞悪い話だ。そっちの方向に誘導したのは目の前の2人なわけだけど。
ちなみに、デイヴィッドは夏の事件の前から貴族の『素行不良者』として特殊部隊にマークされていて、私に執着していることを利用してまとめて処理してしまおうと判断が下り、クロウがわざとグリムワルドと引き合わせたそうだ。
「──改めて、あの時はすまなかった」
「申し訳なかったッス」
トラヴィスとクロウが深々と頭を下げた。
多分今日ここにクロウがいたのはこのためだろう。私は溜息をつく。
「顔を上げてください。そちらにとっては必要なことだったのでしょうし、今更です」
「では」
「許すつもりは、ありません。──実際のところ、最悪許される必要もない、と思っているでしょう?」
私がゴリッとした笑みを浮かべると、クロウがヒッと息を呑み、トラヴィスが固まった。
「長い目で見れば、為政者としては、恐らくグリムワルドを排除するために策を弄した領主様の判断は正しいのでしょう。だから糾弾はいたしませんし、補償も請求しません。ですがこの件に関して、私が個人的にあなたがたを許すことはない。──それだけ、心に留め置いてください」
あの一件があったからこそ、私の魔力とその制御能力は飛躍的に増大し、魔法の行使能力も魔鉱細工の加工能力も大幅に上がった。
けれどそれは結果論だ。あの記憶を──前世で男に襲われ殺された記憶を取り戻して良かったかと聞かれたら、それは否。今でも悪夢に飛び起きる日はあるし、忘れたままでいられるならその方が良かった。
責めないのなら許すのと同義ではないかと思うかも知れないが、これは私の心情の問題なのだ。
トラヴィスとクロウはあっけにとられたようにぽかんとしていたが、その後、神妙に頷いた。
「…憶えておこう」
「承知したッスよ」
分かってもらえて何よりである。
その後、私たちは食堂に移動した。
本来なら婚約の挨拶の後は晩餐──豪華な夕食を一緒に食べるものらしいが、平民に初回から晩餐はハードルが高い、とこぼしたら昼食会に変更になった。大変ありがたい。
同席するのは、トラヴィスの第一夫人ロザリンドと、第二夫人でルーカスの母レティシア、ルーカスの異母兄で長兄のユージーンとその妻エレーナ、秋の事件でお世話になった次兄カーライルと妻ジョスリン、そしてルーカスの異母妹のメイローザ。
それぞれ特長の異なる美男美女が居並ぶ様は壮観だ。まさに美形の見本市、目の保養。
……その視線が私に集中していることを考慮に入れなければ、だが。
表面上は何とか笑顔を保って挨拶できたと思う。だが話に聞いていた以上の美形ばかりで大変落ち着かない。
トラヴィスとルーカスは言うに及ばず、ユージーンは紅色の髪に紫紺の瞳で知的な雰囲気があるし、カーキ色の髪に榛色の目をしたカーライルは一見厳ついが、いつもの騎士の鎧を脱いでいるせいか威圧感はそれほどないし、笑うと途端に親しみの持てる顔になる。多分子どもに好かれるタイプだ。
そして圧巻なのは女性陣。
ロザリンドは鮮やかな紅色の髪の豪奢な美女で一見厳しそうな顔立ちなのに榛色の瞳は優しそうだし、レティシアはストレートの銀髪に空色の瞳のガラス細工のような繊細な美女でルーカスの母だと一目で分かるし、エレーナは黒髪に緋色の瞳の謎めいたエキゾチック系美女だし、ジョスリンは騎士服の時とはまた違った涼しげな雰囲気が素敵だし、メイローザは明るい赤い髪に紫紺の瞳のびっくりするほど可憐な美人だし、もはや自分が場違いだとしか思えない。
…いや、今日はわざわざ集まってくれたんだから、卑屈になってる場合じゃないんだけど。
ルーカスの正面にはトラヴィスが、私の正面にはレティシアが座っている。レティシアの反対隣は第一夫人のロザリンドで、その隣に長兄ユージーン、妻エレーナと続く。
この並びが普通なのか例外なのかすら、私には判断できない。
普通は第一夫人の方が上座に来るはずというかそれ以前に第二夫人の息子とその婚約者が長兄夫妻より上座に来るなんてあるはずがないと思っていたのだが。私の隣にカーライル・ジョスリン夫妻が来てくれたのは配慮だろう、多分。
「折角の良き日だ。今日は無礼講といこう」
私が緊張でガチガチになっているのを見て取ってか、トラヴィスが苦笑してそう言った。何だか申し訳ない──と思っていたら、
「あらそう? それは助かるわあ」
真っ先にぱあっと目を輝かせたのは、ルーカスの母、レティシアだった。




