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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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85 魔法の乗っ取り


 その後、私とルーカスはトマスの案内で奥へと進んだ。


 夏のデモン侵入事件の際、私は本来なら立ち入り禁止のこの区画を、魔力を垂れ流しながら全速力で駆け抜けた。その時は周囲を見渡す余裕などなかったが、内装はシンプルなように見えて、かなり手が込んでいる。流石は領主一族の住まいだ。

 床は毛足が短めの絨毯張りだった。歩きやすくてとてもありがたい。


 まずはご当主様にご挨拶を、と通されたのは、応接室だった──多分。


 多分とつくのは、豪奢なソファーに囲まれたローテーブルに、これでもかと書類が散乱しているからだ。とても来客対応の部屋とは思えない。


 ルーカスの父、領主トラヴィス・クレメンティは、そのローテーブルの奥側、ソファーに浅く腰掛けて熱心に書類を読んでいた。

 入室許可を出した声は確かにトラヴィスだったはずだが、私たちが入室しても全く視線を上げない。

 トマスがごほんと咳払いした。


「…トラヴィス様」


 明らかに苦言を呈する声色に、ようやくトラヴィスがこちらを向く。


「──ああ、すまない。仕事が立て込んでいてな」


 その手は素早く書類を重ねている。どう見ても慣れ切った手つきだ。

 ものの数秒でローテーブルの上を片付け、トラヴィスは何事もなかったかのように立ち上がった。


「よく来てくれた。2人とも、こっちへ。座って話をしよう」

「…はい」


 言いたいことを飲み込んだ顔で、ルーカスが頷く。

 気持ちは分かる。息子が婚約者と一緒に正式に挨拶に来るっていうのに、何で応接室で仕事の書類広げてるんだこの人。


 ソファーに近付くと、床に魔力の気配が走った。この感触は──なるほど。

 たん、と軽く爪先で床を叩き、密かに広がる魔法陣に高圧の魔力を流し込む。次の瞬間、


 バチィッ!


 右奥の角で鋭い音が響き、壁紙から滲み出るように現れた長身痩躯の男が、その場にばったりと倒れ伏した。


「おお…」

「これは…」


 トラヴィスとトマスが軽く目を見張る。

 こうなることは織り込み済みだったらしい。恐らく、トラヴィスの指示だったのだろう。


「…なんだ、クロウか」


 ルーカスが冷ややかに呟くと、痙攣(けいれん)していた男が震える腕で上体を起こした。


「ひ、ひどくないッスか!?」

「お前に対してはひどいとは思わない」

「同じく」

「差別ッスよ!!」


 領主トラヴィス・クレメンティ直下の特殊部隊員にして、私たちと同じ名持ちの狩人、クロウ。

 今日は特殊部隊員の方の仕事だったらしいが、つくづく噛ませ犬的な立場が似合う。


「ちょっ、今なんかえっらい失礼なこと考えてるッスね!?」

「相変わらずいい噛ませ犬だなと」

「そこは正直に申告しなくていいんスよー!?」


 クロウは膝をプルプルさせながら立ち上がり、頭を抱えた。


 思ったより回復が早い。どうやら私に乗っ取られることを見越して捕縛魔法の威力を下げていたらしい。無駄に器用だ。


「…興味深いな」


 ソファーに座り直したトラヴィスが顎に手を当てて呟く。


「自分が扱えない魔法すら乗っ取りが可能、と聞いてはいたが…」

「はい。私は捕縛魔法は使えませんが、乗っ取りでしたら御覧の通りです」


 ルーカスと共にトラヴィスの対面のソファーに座り、頷く。


「先ほどは捕縛魔法だと察知した上で乗っ取ったと?」

「以前と同じ気配だったので」


 会話の内容がどう考えても婚約の挨拶ではないが、仕掛けてきたのはトラヴィスの方なので問題あるまい。

 トラヴィスの斜め後ろ、トマスの隣に立ったクロウはあちゃーという顔をしているが。


 淡々とした説明を、トラヴィスは真剣に──妙に楽しそうに聞いている。為政者というよりマッドサイエンティストの目だ。


「実はこちらでも、魔法の乗っ取りを再現しようと試みていてな。実地で教えてくれると助かるのだが」

「方法論が書かれた本はきっちり全て清書してヴォルフガング・エイギス伯爵にお渡ししましたので、そちらに問い合わせた方がよほど有意義かと」


 オブラートに包みつつ、全力で拒否する。

 私だって誰かに手取り足取り教えられたわけではないのだ。教師役などご免である。


「乗っ取り以外にも、興味深い話が載っていましたよ。色々と」


 元々は、狩人の同僚『ウルフ』こと私の学生時代の魔法学の恩師、ヴォルフガング・エイギス伯爵の蔵書の中に紛れていた一冊だ。

 著者は魔法とデモンに関する研究者だったらしく、魔法陣の構成要素の簡略化からデモンの出現法則に関する考察、禁呪とされる7式の攻撃魔法の正体についてなど、他に類を見ない知見が満載だった。


 ただし、全てが解読困難な筆跡で書かれていたので、恐らく世にはほとんど知られていない。

 頭脳が優秀でもそれを正しく伝える術を持たない、大変残念な天才だったようだ。


「──そうか。ではそちらは、後で聞いてみるとしよう」


 トラヴィスは苦笑して頷いた。そして、表情を切り替える。


「では改めて──今日はよく来てくれた。歓迎しよう、セラフィナ・アッカルド嬢」


 私も背筋を伸ばした後、深々と一礼する。


「こちらこそ、本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。それから──どうか、セラフィナと名前でお呼びください。『アッカルド』は便宜上の名字ですので」


 アッカルドの街の孤児院出身者は、基本的に全員『アッカルド』姓を名乗る。家名ですらない名字を、ある種の呪いのようなものだと嫌う者も多い。

 私も正直複雑だ。何せあの孤児院、私の知らないところで長年人身売買の温床になっていたらしいし。


 いいだろうと頷いたトラヴィスは、そのアッカルドの孤児院だが、と切り出した。


「一先ず正式に、ミュラー子爵家は管理者から外れた。まああの家は取り潰しになることがほぼ決まっているからな。後任は別の家が担うことになる。実務者も半分ほど入れ替えたが、孤児院自体は引き続き存続する」

「そうですか」

「あまり興味がなさそうだな?」

「恩があるのは確かですが、もう独立して何年も経っておりますので」


 私に勉強を教えてくれたスタッフも、数年前に引退したはずだ。

 里親に引き取られなかった孤児も、基本的に15歳から16歳くらいで仕事を見付けて孤児院を出て行くし、恐らく今の孤児院に、私と深く関わった人間はもういない。


 よって、まあ頑張れ、という感想が関の山だ。


 トラヴィスはそうかと苦笑して話を続ける。


「其方の拉致事件に直接関わった人間の取り調べは一通り済んだ。今のところ、グリムワルド・ミュラーは爵位剝奪の上、最低でも禁錮(きんこ)50年。デイヴィッド・ロフナーは子爵家から除籍、領都から永久追放の上、最低でも禁錮10年、さらに鉱山での労役が決まっている」


 この領地の刑罰は加算方式なので、たまにとんでもない期間の刑罰が言い渡されることがある。

 グリムワルドはそれなりに高齢だから、事実上の終身刑扱いのようだ。デイヴィッドの方は実家から勘当されたため、平民の犯罪者と同等の扱いになるらしい。


 ちなみに魔力持ちの禁錮刑はただ閉じ込められるのではなく、常時、魔力を倒れる寸前まで搾り取られる。

 その魔力は魔石に充填され、魔法道具の動力源として通常の魔石に紛れて流通することになる。エコである。


「──この事件の被害者として、何か聞いておきたいことはあるか?」


 情報開示の準備があることに少し驚く。

 こういう貴族が関わる案件は内々で処理されることが多いと聞くので、主犯格2人の今後を知れただけでも良しと思っていたのだが。


 私は少し考え、一つだけ訊いてみることにした。



「──私がルーカス・ブレット・クレメンティと婚約していることは、例の2人も把握していたはずです。なのに何故、わざわざリスクを冒してまで『領主の息子の婚約者』を直接害しようとしたのでしょう?」









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