83 ミスリル銀と水晶
「そのバレッタが作れるんだから余裕だと思うわよ?」
そう言って、アイリーンが机の上に置かれた髪留めを目線で示す。
青く光を反射する銀色。ミスリル銀の魔鉱細工だ。留め具まで込みで、全て、私が作った。
緩く湾曲した楕円形の板を深く彫り込んで削り、透かし彫りに。モチーフは、細く長く繋がる縁を表すツタの文様。その葉に紛れるように、マーキスカットの小粒の水晶を複数、入れ込んでいる。
当日はこれをつけたいと言って、数日前にこの店に預けた。
初見で「魔鉱細工に水晶!?」と驚かれたが、ミスリル銀特有の青い反射光に染まった水晶はとても美しく、最終的には「これはこれでアリ」と全員が納得していた。
かなり細かい意匠だ。これが作れるなら他もイケると思うのは自然だと思う。ただ、
「一枚板からの削り出しと細かいパーツの組み上げじゃ、勝手が違うんだって…」
それなりに細かい意匠も作れるようになってきたが、チェーンなどはまだ修行中だ。
一つ一つのパーツを全く同じサイズで作るのが難しすぎるし、一つずつ組み上げなければならない一方、パーツ同士が接触した状態で固まると、一体化して取れなくなる。
ネックレスはそういう細かいパーツの集合体である。ティアラだってヘアアクセサリーだって揺れるパーツが欲しいとか、そういう要望もあるだろう。
「……多分、削り出しの10倍以上の時間がかかるよ。あと、加工費がバカ高くなる」
できないと言わないのは魔鉱細工師としての意地だ。
実際、できないわけではない。細かいパーツを成形していると発狂しそうになるだけで。
「あら平気よ。いくらでも待つしいくらでも出すわ」
アイリーンは涼しい顔で言い放った。
「魔鉱細工は劣化しないもの。貸し出しでも、時間をかければ十分元が取れるし──転売だけは注意しないとだけど」
「あー…うん。頑張れ」
借りたものを売り飛ばす輩がいるらしい。魔鉱細工ならそれはそれは高く売れることだろう。足がつくのも早そうだが。
現物もないのに熱く語るアイリーンに、私はそっとエールを送る。
…一応、覚悟しておいた方が良さそうだ。色々と。
その後、ヘアアレンジとメイクをしてもらっている間に衣装のサイズ直しが終わり、顔が完成するとすぐ着替えに入った。
そして──
「──はい、完成です」
「ありがとうございます」
年嵩の女性店員が一歩下がって言い、私は笑顔で一礼する。
鏡に向き直ると、顔の横に垂らした髪がさらりと揺れた。
顔の横に一束残して、編み込みが複数。後ろの髪は低めの位置ですっきりと結い上げられていて、その上にミスリル銀のバレッタが輝いているのがちらりと見える。
束を残さなかった側の耳はきっちり露出していて、そこにルーカスと揃いのイヤーカフが存在を主張している。
顔は華やかに、けれど華美になりすぎない程度に品よく化粧が施され、正直まるで別人だ。
ルーカスの色合いを反映したジャケットと明るい紺色のワンピースは当然ながらぴったりのサイズ感で、動きやすいのに動いても不自然なしわが寄らない。スカートはふくらはぎが隠れるくらいのロング丈で、上品かつ歩きやすい絶妙な長さだ。
そして、靴はこの3週間で履き慣らした5センチのヒール。普段3センチまでしか履かない身としてはなかなかの挑戦である。
婚約の挨拶なので、清潔感を優先し、かつ清純さを醸し出す雰囲気に仕上げるとは聞いていたが、
「すごい…自分じゃないみたい」
「ちゃんと貴女よ、セラ」
触れた頬もさらりとなめらかで、普段の感触とはまるで違う。
感動して呟いたら、アイリーンが苦笑した。店員たちも笑顔になる。
「よくお似合いです」
「ええ、本当に!」
「ありがとうございます」
自分でも、普段とは見違えた。プロの仕事はすごい。
一人一人に礼を述べていると、ドアがノックされる。
「ルーカス様をお連れしました」
「ああ、入って頂戴」
アイリーンが即座に許可を出し、副店長に続いて入ってきたルーカスの姿に──場の空気が止まった。
いつもは自然に任せている前髪を半分ほど後ろに撫でつけ、きっちりと整えられた銀髪。
深い紫紺の瞳と陶器のような肌と整った顔立ちはいつも通り──のはずなのだが、髪型が違うせいか、いつもよりさらに眩しく見える。
上下揃いのスーツは私のワンピースと同じ素材で、一段濃い艶消しの紺色。ジャケットの縁取りは、青みを帯びた銀にも見える、ごく薄い青──私のジャケットのベースカラーと同じ色。
ジャケットの裾が翻った瞬間、裏地がちらっと見えた。茶金──私の瞳の色だ。
首元のごく薄い青のシルクスカーフは、私のバレッタと同じ、水晶をあしらったツタモチーフの魔鉱細工で留められていた。今日に合わせて作ったものだが──銀髪に紫紺の瞳の美丈夫がつけると、驚くほどぴたりと嵌まる。
総じて、非現実じみた超絶美形。その立ち姿から目が離せない。
「……」
何故そんなにじっくり観察できるのかというと、入室したところでルーカスが足を止めているからだ。
軽く目を見張り、やや呆然と、こちらを凝視している。
「んんっ!」
「!」
アイリーンが咳払いすると、全員がハッと我に返った。
「ルーカス、早くちゃんと入りなさいよ」
「…すまない」
ルーカスがぎくしゃくとした動きでこちらに歩み寄る。手の届く距離で私を改めて上から下まで眺め──何故か目を逸らした。
「その──よく似合ってる。想像以上だな」
耳が赤い。釣られて赤面しながら、私は何とか笑みを浮かべた。
「ありがと。ルーカスも、すごく格好いいよ。その──私の方は、アイリーンたちが頑張ってくれたから。プロってすごいよね」
「…」
「……?」
瞬間、場の空気が再度固まった。何故か全員、唖然とした顔でこちらを見ている。
「…え、ええと…?」
「…全く、この子は…!」
唸ったのはアイリーンだ。眉間にしわを寄せて、ギッとこちらを睨む。
「あのね、私たちも魔法を使ってるわけじゃないの。あんたは、素材が、良いの! いい加減自覚なさい!」
「そんなこと言われても…」
詰め寄られてたじたじと呻いていると、ルーカスが呆然とした顔でアイリーンを見遣った。
「…アイリーン、まさかこいつ、前から『こう』なのか?」
とても失礼なことを言われている気がする。
「…そうよ。何度言ったって聞きゃしないわ。化粧も髪型も服装も「周囲から浮かなきゃいい」くらいの感覚でしかやらないの。面倒だからって言って!」
「え、だって実際面倒だしお金かかるし」
「ちょっとは自分に投資しなさいって言ってんのよこの宝の持ち腐れがー!!」
普段だったら肩を掴まれてがっくんがっくん揺さぶられていたことだろうが、手を出してはこない。
変なところでプロ意識を発揮しながら、アイリーンが頭を抱えて叫ぶ。
「学生時代から化粧っ気もないし髪は適当に伸ばして結ぶだけだし! 文官になったら多少はマシになるかと思ったら化粧はパウダーと口紅だけで済ませるし髪は「邪魔だから」ってきっつくまとめ始めるし! まあそのお陰で変なのに捕まらなかったっていうか逆に絶世の美青年捕まえるとかどーなってんのよあんたの人生!?」
「私に聞かないでよ!?」
あまりにも理不尽な言いがかりである。むしろそれは私が聞きたい。何でルーカスは私を選んだんだ。




