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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第3章

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82 本日の衣装


「──はい、これが今日の衣装ね」


 案内されたのは、やはり靴底が余裕で埋まる毛足の長い絨毯が敷かれた、壁も天井も白で統一された部屋。

 それなりに広いはずだが、壁に巨大な鏡、その前の、壁と一体化した机にずらりと並ぶ化粧品らしきボトルに小箱に刷毛(はけ)(くし)にその他小道具に──といった小物の数々に圧倒され、妙に狭く感じる。


 そしてその部屋の中央に、借りる予定の衣装を着たトルソーが立っている──の、だが。


「……え?」


 その色に、私の目は釘付けになった。


 ボートネックの上品でシンプルなワンピースに、丈の短いジャケット。無難な組み合わせだが、婚約の挨拶に奇をてらったものは不要とのことで選ばれたデザインだ。


 ただ、衣装合わせの時点ではワンピースと同じ明るめの紺色だったはずのジャケットが、艶のあるごく薄い青に変わっている。

 多分、素材は同じ絹だが──ルーカスの髪の色を想起させる、見ようによっては『青みを帯びた銀』とも言える色合いになっているのだ。


 そして、その縁取りに施されている刺繍は紫紺。

 どう見てもルーカスを意識した色合いに慌ててアイリーンを見遣ると、彼女はとてもイイ笑顔でグッと親指を立てた。


「間に合ってよかったわ」

「いや私貸衣装頼んだはずなんだけど!?」

「あら、ルーカスから聞いてないの?」


 何をだ。


「これ、貸衣装を見本にしたセミオーダー品なのよ。貸衣装の中から好みの型を選んで、色とか細部のデザインはお客様の希望に沿うように仕立てるの。あ、ちなみに代金は全部ルーカス持ちだから心配無用よ」

「どこが心配無用なの!?」


 顔を引きつらせる私に、アイリーンが呆れ交じりの溜息をついた。


「一々動揺しないの。侯爵家に行くのに貸衣装で乗り切ろうって考えはある意味猛者だけど、どうせこれから嫌でも貴族の世界に首を突っ込むことになるんだし、自前の衣装の一つや二つ、持ってたって困らないでしょ? 先行投資よ、先行投資」

「……って言ってルーカス焚きつけたんでしょ、金払えって」

「あら、私はちょっと提案しただけよ?」


 にやり、大変悪い笑みが返ってくる。


 至極真っ当な意見なのに、「楽しいから」という個人的な思惑が透けて見えるのは気のせいだろうか。

 …後でルーカスに謝っておこう…。


「ほら、試着するわよセラ。ここからさらに微調整しなきゃならないんだから」

「ハイ…」


 準備を任せているわけだし、わざわざ仕立ててくれたやつだし、拒否するのも違うし、などと悶々としているうちに、私服を脱がされ、ワンピースを着せられる。

 幸い、ドレスではないのでコルセットは不要だ。背中の細い紐で上半身のフィット感を調整し──


「…セラ、まさかまた()せた?」


 斜め後ろから聞こえた低い声に、ぎくりと肩を揺らす。


「ええと…そんなに変わってないと思うけど」

「嘘おっしゃい。サイズぴったりに作ったはずなのに、紐が想定よりかなり余ってるわよ」


 サイズを測ったのはおおよそ3週間前。秋の事件直後、一時期激痩せしたのは確かだが、その後は元の体型に戻──…っては、いないか。


「護身術の鍛錬とかで日常的に身体を動かすようになったから、余計な肉が落ちて筋肉がついてきたんだと思う」

「……そういうことにしといてあげるわ」


 アイリーンが欠片も納得していない声で呻く。


 でも正直、それ以外に心当たりがない。鍛錬するのがすっかり日常の中に組み込まれているし、最近は体幹がしっかりしてきたという実感もある。身体強化魔法と外側からの魔力操作で強引に動かしてきた身体に、ようやく動きに見合った筋肉がついてきた感じだ。

 …別にここ数日、緊張で食が細くなっていたとか、そんなことはない。決して。


「──はい、じゃあ次は軽く動いてみて。サイズ感を確認するから」


 言われるままに動くと、可動域や服のしわの寄り方をじっと観察していた年嵩の女性店員が指示を出し、若い店員──多分縫いの職人さんだろうと思える格好の女性が縫い目を解き、その場で縫い位置を変えたり折り目を変えたりして細かく修正していく。

 これは貴族向けの衣装ではよくやる方法らしいが、着ているものに直接針を入れるという神経を使う作業を顔色一つ変えずにやっている様子は、正にプロという感じだ。


 そうしてワンピースにもジャケットにも細かな修正が行われ、私は一旦、衣装を脱ぐことになった。


 着用時の縫いは仮留めで、この後ちゃんと縫い直すのだそうだ。準備に朝早くから呼ばれたのは、この修正作業があるためだという。


「…なんか、大変だね…」


 衣装を抱えた店員が足早に部屋を出て行くのを見送り、再び私服に戻って紅茶をいただきながら呻くと、アイリーンが苦笑する。


「一応言っとくけど、貴族向けって考えると今回のはまだユルい方よ?」

「うええ…」


 貴族じゃなくてよかった。心の底からそう思う。


 ご自由にどうぞとクッキーなどのお菓子が並べられているが、正直緊張していて食欲が湧かない。

 紅茶だけ飲み干すと、年嵩の店員に促されて大きな鏡の前に座った。


 店員たちが一斉に動き出す。

 後ろで束ねていた髪を解いて(くしけず)る者、コットンに含ませた化粧水を私の顔に馴染ませる者、パウダーの色を確認して調整を始める者──店員たちが仕事を進める一方、それを見守るアイリーンとされるがままの私の雑談は続く。


「──それにしても、すっかり魔鉱細工師として認知されたわよねぇ」

「アイリーンたちと、あとはポーラ様のお陰だよ」


 天藍メノウの護符を作るギャレット伯爵家の前当主夫人、ポーラ・ギャレット。私は彼女と取引契約を結び、護符を魔鉱細工に仕立てたい依頼者から対面で直接注文を受けている。

 そちらはまだ始めてから1ヶ月程度だが、反応は上々。既に2件納品していて、予約注文も1件入っている。今のところ、クレームもない──まあこれに関してはポーラが窓口になっているため、言うに言えないだけという可能性もなきにしもあらず。


 アイリーンが副店長を務める宝飾品店『月の雫』でも、魔鉱細工を買い求めるお客さんが増えているそうだ。

 そちらは現在、「セラフィナ・アッカルド作の品は店頭在庫限り、オーダーは受注停止中」という扱いにしてもらっている。時間には限りがあるし、まだポーラからの仕事のリズムも掴めていないからだ。


「もう少ししたら、『月の雫』からのオーダーも受けられるようになると思う」

「ホント!?」


 アイリーンの目が輝いた。そして、周囲の店員たちの目も。


「実は結構問い合わせが多くて。それに、こっちの店の貸衣装用の宝飾品も充実させたいのよねえ」

「えっ」

「是非!」

「待ってます!」


 全員の目がギラついている。


 魔鉱細工は高価で、庶民には全く縁のない代物だ。だがアイリーンたちは、その魔鉱細工を『貸出品』として売り出したいのだという。


「それって需要あるの?」

「ものによるわ」


 アイリーンは肩を竦めた。


「例えば、結婚式でつけるティアラとかネックレスとかヘアアクセサリーとか。一回限りでもいいから身につけたいものって、あるじゃない?」

「あー、そっちか…──待って、そういう豪華なやつ作れって言ってる?」

「あら大丈夫よ、ちゃんとデザイナーに頼んで設計してもらうから」

「軽く言うね!?」


 どう考えても大丈夫じゃないやつである。

 自由に作れと言われても結婚式に適したデザインなんて思い浮かばないが、プロのデザイナーが設計したものを作るなんてプレッシャーが大きすぎる。こうじゃないとか言われたら泣くぞ私は。








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― 新着の感想 ―
第3章の始まりは、ほんわか温かくて良いですねぇ。親友アイリーンとのやり取りも楽しいです。それにしても、流石に婚約者の家に挨拶をしに行くとなると あのセラフィナでも(失礼)緊張するのですね。可愛いです。
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