79 依頼の品
よく晴れた、晩秋のある日。
「──それではこちらが、ご依頼の品です」
セラム商会の高級宝飾品店『月の雫』。その豪華な応接室で、私は一組の男女と向かい合っていた。
ソファーに浅く腰掛け、ローテーブルの絹布の上にそっと置いたのは、ベルベットの生地で仕立てられた宝飾品用の小箱。横長のデザインで、シックなワインレッドの色味が美しい一級品だ。
蓋と本体の縁取りは、ピンクと緑の絹糸の刺繍。そちらは依頼人を象徴する色で──つまり箱から何から、全てオーダー品というこだわり様である。
「どうぞ、お手に取ってご覧くださいませ」
私の隣に座るこの店の副店長、アイリーンが、にこやかに促す。緑色の瞳の青年がベルベットの小箱を手に取り、ピンクの髪の女性がそっとその蓋を開いた。
「…まあ…」
「これは…」
2人がそろって息を呑む。
中に入っているのは、大小2つの指輪。同じデザインのサイズ違いで、大きい方にはピンクサファイア、小さい方にはエメラルドが象嵌されている。そして、表面にはうっすらと、ツタのような文様。
10日ほど前、対面で話をして決めた通りに──依頼人の希望通りになっているといいのだが。
例の事件以降、私の魔力量は一気に増えた。そして魔力の流れが落ち着くと、いつの間にか魔力の制御能力が上がっていた。
自分が注いだ魔力の圧力や量、進む道筋、広がる範囲──その全てが手に取るように分かる。そして、思う通りに魔力を動かせる。蜘蛛の糸のような細さで、針のように穿つことすらできる。
今までは目隠しをして半ば勘で作業をしていたのが、拡大鏡や顕微鏡を使って作業できるようになった、くらいの劇的な変化だ。
結果、石留めも問題なくできるようになったし、それまで『要修行』とされていた天藍メノウのペンを使った刻印も、安定して刻めるようになった。
だから、10日ほど前に一度アナスタシアたちを呼び出し、私の修行の一環という名目で、指輪の表面に文様を刻ませてくれないかと提案した。
ツタの文様は、この国では慶事によく使われるものだ。細くもしなやかで頑丈、長く続く縁を象徴する。
ウィッカには合格を貰ったし、問題はないはずだ。だが、こうして初めて目の前で納品すると、どうしても心配が先に立ってしまう。
──喜んでくれるだろうか。
女性が男性に視線を向けると、男性が静かに頷く。女性が震える手で指輪を手に取った。
「…すごい…」
いつもはキリッと吊り上がっている目が潤んでいる。
「…幾久しく、共に」
内側の刻印、誓いの言葉を読み上げて、女性──アナスタシア・エイローテは、一度目を閉じた後、輝かんばかりの笑顔をこちらに向けた。
「──素敵ですわ、セラフィナ! まさか、こんなに素晴らしいものを作っていただけるなんて…!」
「ありがとうございます」
箱をテーブルに戻してアナスタシアの肩を抱き、男性──アナスタシアの婚約者、クライヴ・アンカーソンが頭を下げる。一見ぶっきらぼうに見えるが、その目は優しくアナスタシアを見詰めていた。
幼馴染でもあるという2人だ。きっとお互い支え合う、素敵な夫婦になることだろう。
「…あら…?」
目を輝かせながら、改めて指輪をあらゆる角度から眺めまわしていたアナスタシアが、不思議そうに首を傾げた。
「内側に…石…──天藍メノウ…!?」
あ、気付かれた。…いやまあ、気付くか。
実はポーラに頼んで、護りの魔法を入れた極小サイズの天藍メノウを入手し、指輪の内側に一つずつ入れ込んだのだ。指にはめても違和感がないよう、慎重に高さを調整した。
ちなみに、大元の天藍メノウを削り出して研磨したのはルーカス。「良い練習になった」と言って、代金は受け取ってくれなかった。ポーラの方も「修行中の者が練習で魔法を入れたので」と無償提供だ。
どうも、指輪の依頼主であるアナスタシアとその父のエイローテ男爵が今回の件の恩人だということを、ルーカスがポーラに話したらしい。
私は苦笑交じりに頷く。
「勝手に申し訳ありません。一応、ごく軽い護りの魔法が掛かっています。その──先日説明した通り、私はまだ駆け出しの魔鉱細工師で、注文を受けて作るのはお二人が初めてなので。最初にご注文いただいた外側への石留めと内側への言葉の刻印以外の費用は、いただきません」
「ですが…護符、ということでしょう!? ツタの文様だけでも申し訳ないのに、そんな貴重なもの──」
「──というのは建前で」
アナスタシアの言葉を咳払いで遮り、私はにやりと表情を切り替える。
「私からのちょっと早い結婚祝いってことで。…結婚おめでとう。アナスタシア、クライヴ」
先日表面の文様について相談した時、クライヴからも、様付けも敬語も不要と言われていた。
それもそのはず。彼は狩人の23番──よく11番と一緒のシフトに入っている、私と同じ討伐部隊の狩人なのだ。
魔鉱細工師が私だと知ってアナスタシアも驚いていたが、クライヴはそれ以上に驚き、狼狽えていた。ちょっと申し訳なかった。
表向きは、「ルーカス・ブレット様の婚約者に敬語を使われるなど恐れ多い」と話していたが、目が泳いでいたので多分私が怖いんだと思う。
23番が新人の頃、舐められまいと何度か至近距離で5式魔法をぶっ放したことがあるから…当時は私も若かったなあ…。
私が内心遠い目をしていると、アナスタシアとクライヴが、深く頭を下げてくる。
「──ありがとうございます。大切にしますわ…!」
「ありがとう…!」
「どういたしまして」
指輪を手に持つ仕草だけでも、本当に気に入ってくれたことが分かる。
ようやく肩の荷が下りて、私は2人に心から微笑んだ。
──そうして、アナスタシアとクライヴが出て行った後。
「お疲れさま、セラ」
新しい紅茶で一息ついて、アイリーンがねぎらいの言葉をかけてくれる。
そっちもね、と応じて、私は大きく伸びをした。
「あー…疲れた…。いくら親しい相手とはいえ、完成品を直接渡すって滅茶苦茶緊張するね…」
「でしょう? 私なんて毎回よ、毎回」
「…そうでした」
アイリーンはこの店の副店長なので、フルオーダー品の引き渡しなど日常茶飯事だ。それでも、慣れることはないらしい。
「──でも、本当によかったの? セラ。顔出しして魔鉱細工師を名乗るなんて」
「この前言った通り、ちょっと色々あって…どっちみち、近いうちにお貴族様たちには知れ渡ることになるだろうし。だったら、顔出ししての最初のお客様はアナスタシアたちが良いなって。文官の副業問題のことは、夏に解決したしね」
今まで私は、顔も名前も秘密のまま、アイリーンの店にだけ魔鉱細工を納品していた。
けれどこれからは、ポーラ経由での依頼も来る。アイリーンにも一応概要の説明はしてあるが、ポーラの方はほぼ確定で対面でのやり取りになるのだ。
遅かれ早かれ、この街の魔鉱細工師はセラフィナ・アッカルドだと知られることになる。
「私の目標は、売れっ子の魔鉱細工師になること。これはその第一歩だから、気にすることないよ。──でも、心配してくれてありがと」
私が言うと、アイリーンはゴホンと咳払いして目を逸らした。ちょっと頬が赤い。
「分かったわ……それより! 予定通り、ご注文の品が上がってきたわよ。確認して頂戴」
「ありがとう!」
そうして、差し出されたのは──




