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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第2章

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78/88

78 合格。


「!?」

「なっ…!?」


 周囲が愕然とする中、ルーカスだけが平然と、何かを投げる。それを片手で受け止めたセラフィナが、地面に転がって痙攣(けいれん)しているクロウに近付いた。


「さて…」


 ロープを手に、どう見ても嬉々としている。


 セラフィナは手際よくクロウの腕に魔封じの腕輪をはめ、うつ伏せにして背中に腕を回し、後ろ手に縛り上げる。


「…おいルーカス、魔封じの腕輪なんてどこで手に入れた?」


 あれは基本、騎士団しか所持を許されていないし厳正に管理されている。まさか違法ルートかと思ったが、ルーカスはこともなげに答えた。


「カーライルからの借り物だ」

「は?」

「…」


 見物人の視線が一斉にカーライルに注がれる。いやあ、とカーライルが頭を掻いた。


「ここでしか使わないしすぐ返すって話だったし、可愛い弟とその婚約者の頼みだし…なあ?」

「カーライル…始末書ものよ?」

「黙ってりゃバレねぇって」


 ジョスリンのジト目に晒されても、悪びれることなく言い放つ。


「大体、対人戦闘のプロが素人にまんまとしてやられたなんて、誰も吹聴できないだろ? なあ?」

「それは…」


 その通りである。


 ルーカスがセラフィナに近付き、2人でクロウを帆布でぐるぐる巻きにしている。どうやらセラフィナは、自分がクロウにやられたことを再現する気らしい。

 …どう見ても意趣返しだな。


「──できた!」


 セラフィナがやり切った笑顔で立ち上がった。

 足元には、魔封じの腕輪で魔力を封じられて後ろ手に縛られ、さらに帆布できれいに巻かれたクロウ。


 これでもクロウは、特殊部隊の中でも五指に入る実力者だったはずだ。未だかつてない光景に、観戦していた特殊部隊員たちが固まっている。正直、同情を禁じ得ない。


「素人にしては上出来じゃない?」

「そうだな」


 イイ笑顔のセラフィナに、ルーカスが平然と頷いている。止めてやれよ。

 …いや、当然の顔で道具を渡したり手伝ったりしている時点で駄目か。


「…し、素人、って呼び方には、断固、抗議するッス、よ…」


 クロウが必死の形相で声を上げた。唇が震えて、声もガクブルしている。


「どこが、素人、ッスか! 捕縛、魔法を、使える素ッ人なんて、聞いたことない、ッスよ!」

「…使えないよ? 捕縛魔法」

「は、へ?」


 セラフィナはきょとんとした顔で言い放ち、クロウがぽかんと口を開けると──にやあ、と、それはそれは悪い笑みを浮かべた。


「私は、クロウの魔法を、()()()()()だけ。自滅してくれてありがとね?」

「は──」

「はあ!?」


 俺とルーカス以外が騒然となった。


 そりゃあそうだろう。他人が展開した魔法陣を乗っ取るなど、創作物の物語の中にしか出てこない方法だ。

 だが──


「古い文献に載ってたのを再現してみたんだよ。普通に魔法を使うのとはちょっと勝手が違うんだけど」


 試してみたらできた。なので、使うことにした。


 セラフィナはさらりと言うが、その『古い文献』は、誰も読み解くことができなかった怪文書である。

 だがセラフィナに言わせると、「クセが強いだけで別の言語ってわけじゃない」らしい。つまりただの強烈な悪筆だった。

 普段、代筆課の文官として悪筆や走り書きと向き合っているセラフィナにとっては、読めないレベルではなかったのだ。


 とはいえ、読めるかどうかと再現できるかどうかはまた別の話である。

 魔法陣に込められた魔力の10倍以上の圧力で、一気に、かつ正確に魔法陣に魔力を流し込む──セラフィナが解読した魔法陣の乗っ取り方法は、結局セラフィナにしか使えなかった。要求される圧力と精度が高すぎるのだ。


 それを足踏み一発でやってのけるセラフィナは、もはやただの化け物である。


「…ヴォルフガング、何というものを教えとるんじゃ…」


 顔を引きつらせるパスカルに、即答する。


「俺じゃない。あいつが勝手に資料を漁って解読して再現したんだ。俺は実験台になっただけだ」


 確かに、何かの参考になるかと家にあった古い資料を渡したのは俺だが、そこからそんなものを発見し、やらかしたのはセラフィナである。自主性に富んだ生徒は、げに恐ろしい。


「乗っ取りって、何スか! 普通に化け物じゃないッスか!」

「そうだね」


 青くなるクロウに、セラフィナは平然と頷く。


「庇護とか後ろ盾がなくても迂闊(うかつ)に手を出せないレベルを目指したからには、それくらいにはならないと」

「基準がおかしいッスよ!?」


 段々麻痺が解けてきたのか、クロウが騒がしくなってきた。イモムシ状態でじたばたともがき、叫ぶ。


「ついこの間まで大人しかったのに!」

「色々吹っ切れたから」

「吹っ切れる方向が斜め上すぎるッス!!」

「そのきっかけを作った張本人に文句を言われる筋合いはないなあ」

「それは申し訳なかったッスけどー!!」


 あ゛ー!! と叫んで悶えるクロウを眺めるセラフィナの顔が、何かに似ている。

 ……アレだ。獲物を弄ぶケットシー、だな…。


 ドン引きするカーライルとジョスリン、青い顔で立ち尽くす特殊部隊員たち、顔を引きつらせているパスカル、セラフィナの隣で平然としているルーカス。


 ──間違っても、セラフィナを敵に回すのだけはやめよう。

 周囲を見渡し、俺は密かに決意した。



「──情けないですね、クロウ」

「…っ!?」


 横から響いた声に、クロウがびくっと身体を揺らして硬直する。

 特殊部隊員たちが一斉に騎士の礼を取った。


「ポーラ相談役…!」

「ああ、楽にしてくださいな」


 ショールを羽織り、いかにも上品な老婦人といった服装のポーラ・ギャレットが、ゆったりとした足取りでセラフィナたちに歩み寄る。クロウをちらりと見遣り、セラフィナに向けて微笑むと、


「──お見事でした。試験は、合格ですね」

「ありがとうございます」


 ポーラが差し出した手を、セラフィナがしっかりと握り返した。

 クロウがイモムシ状態のまま、ぽかんと口を開ける。


「は? 試験…?」

「ええ」


 セラフィナの手を離し、ポーラが軽く目を細める。それだけで、妙な凄みが増した。


「クロウ、またはヴォルフガング、あるいはそれと同等以上の対人戦闘の実力者と戦い、一定以上の成果を収めること──これが、私がセラフィナに課した課題です」


 話には聞いていたが、その条件に乾いた笑いが出る。


 クロウか、俺か、それとも同等以上の実力者か──対戦相手の候補に挙げられた時、俺は真っ先に辞退した。「弟子に対して本気になれるか」と口では言ったが、自主鍛錬に付き合った時点で確信していたからだ。どう足掻いても勝てるわけがないと。


 何せ、普通の相手とはリズムも戦い方も動き方もまるで違う。対人戦闘に慣れていればいるほど、セラフィナの動きは読めなくなる。初見で対処できる人間はほぼいないだろう。


「貴方はよい働きをしてくれましたよ、クロウ」

「…俺の扱い……」


 にこやかに告げるポーラに、クロウが遠い目になっている。

 完全に生贄──いや、当て馬扱いされていたと気付いたようだ。


 もぞりと動いたクロウは、あのー、と困ったように眉を寄せた。


「何かよくわからないッスけど、合格おめでとうございます。…ところで、その、何かさっきから全然縄抜けできないんスけど…」


 どうやらイモムシのようにじたばたしていたのは、拘束を解こうとしていたかららしい。特殊部隊員ならそういった技能もあるはずだが、現状、クロウは地面に転がったままだ。

 ポーラがとてもイイ笑顔を浮かべた。


「あら、初心者の拘束を抜けられないなどと…。特別訓練を追加せねばなりませんか?」

「げえっ!?」

「…!」


 瞬間、クロウが悲鳴を上げ、特殊部隊員たちが震え上がる。


 それをよそに、ルーカスとセラフィナがこっそりと顔を見合わせていた。



「……あの縛り方を教えてくれたの、ポーラ様だけどね」

「…黙っててやれ、セラフィナ」








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