77 ウチの教え子は色々おかしい。
「イヤアァァァァ──!?」
若い女のような悲鳴と共に、クロウが宙を舞う。
それを遠い目で眺めながら、俺の背中を冷や汗が伝った。
「……仕上がった、なあ…」
何の躊躇もなく特殊部隊員の懐に突っ込み、避けられるのを想定していたかのように、いつ設置したのか分からない魔法陣の罠で打ち上げて見せたセラフィナは、俺の教え子だ。
学生の時分から、彼女は頭一つ──いや、それ以上に抜きん出ていた。
奨学生の地位を維持するため、魔力制御の方法を身につけるため──自分の意思で決めたことに対する、異様なまでの集中力と習熟の速さ。そして、練度の高さ。
普通は3年かけて学ぶ魔法学の課題を、セラフィナは3ヶ月で全て終わらせた。
それでは飽き足らずに独自の改良を加え始め、『スタンプ方式』なる魔法陣の展開方法を編み出し、魔法陣の複数同時展開までやってのける始末。ある意味──本来とは真逆の意味で、問題児だったと言えるだろう。
あまりにも異質すぎて、特に魔法学の授業では完全に周囲から浮いていた。
狩人にスカウトしたのは、その実力のため──というのは表向きの理由で、狩人という独特の世界ならば、彼女の居場所になるのではないかと思ったからだ。
結果、セラフィナが選んだのはルーカスの隣だったわけだが──それはいい。
問題は、
「…ちとやり過ぎたかも知れんぞ、ヴォルフガング」
隣でパスカルが呻く。
その視線の先では、クロウがセラフィナの背後に回り込もうとして、あり得ない素早さで振り向いたセラフィナの抜き手に悲鳴を上げている。
「髪! 髪切れたッスよ!?」
「チッ。…髪で済んでよかったね」
「ドコ狙ってたッスか!?」
…とりあえず、まだお互いに余力はありそうだ。
3階の屋根を超える高さまで打ち上がったにも関わらず平然と着地し、何事もなかったかのように模擬戦を継続するクロウもクロウだが、セラフィナもあれだけ動いて全く息が切れていないし、間抜けな会話を交わす余裕すらある。
クロウは特殊部隊の中でも身体強化に優れ、搦め手も使える、対人戦に特化した隊員だ。
それに平然とついて行っている──むしろあしらっている感すらあるセラフィナは何なんだという話だが、
「仕方ねぇだろ。あいつは1教えたら10身につけて100まで勝手に発展させるんだよ。…だからマナ・ウェポンを教えた時、武器の扱いは短剣だけしか教えなかったっつーのに…」
興味のないことにはとことん無関心だが、必要だと判断したこと、やりたいと思ったことはとことん極める。
そんなセラフィナが、「自分が強くなればいい」と言った。クレメンティ家、ひいては領主の庇護下に入らないためという反抗期の子どものような動機だが、その決意は本物だった。
…まあ、気持ちは分かる。散々ひどい目に遭わされたのだ、差し出された手を喜んで取ることなどできない。
俺もそう思ったから、魔法を改めて学びたいというセラフィナの教師役を引き受け、体術の教師として騎士団のジョスリンを推薦した。ジョスリンならば体格がセラフィナに近いし事情も把握している、そして、女性。セラフィナが近付きやすいだろうと思ったからだ。
ちなみにセラフィナは共立学校時代に護身術の授業も受けていたが、そちらは本当に初歩の初歩、いざという時に怯まないための心構えや手を掴まれた時の振り払い方くらいしか教えないので、セラフィナの求める水準には全く足りない。
実際、拉致される時にはクロウに手も足も出なかったというので、ジョスリンにはこっそり、「騎士と同等の制圧術を教えてくれ」と頼んでおいた。
で──結果がコレである。
「なあっ!? ちょ、今物理法則無視してたッスよね!? なんで予備動作ナシで真後ろに跳べるッスか!?」
「魔法がある時点で物理法則の出番なんかないでしょ」
「理不尽!!」
クロウの攻撃が、ことごとく空を切る。
それだけならまだしも、セラフィナの動き方が明らかにおかしい。地面を滑り、触れずに腕を弾き、かと思えばその腕を掴んで回転しながら、重量などないかのようにクロウを放り投げる。
それに逐一対応しているクロウもクロウだが、もはやプロと素人の戦いではない。
「…どうなってるの…?」
ジョスリンが呆然と呟いた。多分セラフィナが、教えたのと全く違う動きをしているのだろう。
これには理由がある。
「…あいつな、魔力を外側にまとってるんだよ」
「外側?」
ジョスリンとカーライルだけでなく、特殊部隊員たちもこちらを見る。俺は頷いて、言葉を続けた。
「身体強化は、体内に魔力を循環させて筋力を強化する。実際の動きは物理的に──筋肉を動かすことで再現されるだろ?」
「え、ええ…」
「で、高魔力の人間は、身体を動かす時、無意識に魔力を使っているから、例えば魔力枯渇を起こすと動けなくなる」
「…そうだな…?」
カーライルが困惑気味に頷いた。
ここまでは、魔力持ちの常識の範疇だ。で、と俺は乾いた笑みを浮かべる。
「逆に、魔力で身体を直接操作することもできるんじゃないか──という発想を実践すると、ああなる」
「え…」
「…は…?」
身体強化の延長線上にあるが、あれは魔法ではない。
単純に、純粋たる、魔力操作の極致。魔力で外側から身体を引っ張るという、狂気的な発想で生まれた戦い方だ。
もっと言えば、セラフィナは身体の表面にまとった魔力で身体を操作すると同時に、さらに広範囲に魔力感知にも引っ掛からないような濃度で薄く広く魔力を展開し、返ってくる『手応え』で周囲の状況を把握している。
先ほど特殊部隊員3人の存在を看破したのはそのためだ。俺は屋根の上の気配しか感じ取れなかったが、セラフィナはあっさりと隠蔽魔法を使っている2人のことも言い当てた。
魔力は普通、薄く全方向に放出すると己の制御を離れ、散逸していく。
だがセラフィナは、その制御を失わないまま、魔力を周囲に展開することができる。俺は形式上『教師』という立ち位置にいるが、一体どうなっているのか正直全く分からない。
己の魔力で周囲の状況を探り、自身の動きを補助する鎧をまとう。その発想を聞いた時は、何をどう考えたらそうなると頭を抱えたし、完成形を見せられた時には理解するのを諦めた。
当然、弱点もあるが。
「でも、それじゃ、すぐに魔力を使い切ってしまうのではないの?」
ジョスリンが逸早く気付いた。
あの戦い方は、魔力が垂れ流しになる。ジョスリンの言う通り、並の人間なら数分ももたないだろう。
俺はフッと遠くを見た。
「…前に試した時は、1時間以上維持して平然としてたぞ」
「えっ」
「例の一件以来、魔力が爆発的に増えたらしくてな。高魔力者用の計測器を一発でぶっ壊すくらいに…」
「…!?」
魔力計測器にはいくつかの種類があり、測定対象のおおよその魔力量によって使い分けられる。
狩人管理事務所にあった高魔力用計測器は、俺やオウル──ルーカスの魔力も問題なく測れる特別製だった。
が、「魔力が増えた気がする」と言っていたセラフィナが触れた瞬間、針は最高値を示して動かなくなり、中身を確認したら魔力を受けるパーツが粉々に砕け散っていた。
現在、セラフィナの魔力量に対応した計測器を専門の職人に依頼しているが、完成の目途すら立っていない。そんな魔力この街では前例がない、と職人が青くなっているらしい。
「目算で、以前の3、4倍にはなっとるな。ヴォルフガング、完全に抜かされたのう?」
パスカルが楽しそうに言う。
元々、セラフィナの魔力はかなり高かった。ギリギリ俺の方が上だったが、ほぼ同水準だった。昔は。
「…もう嫉妬心すらわかねぇよ」
圧倒的な魔力量と制御能力。
恐らく前世の記憶がはっきり甦ったことで、抑圧されていたものも一緒に解放されたのだろう。転生者は特異な能力を持つ者が多いというし、強いストレスによって魔力量が跳ね上がる事例もないわけではない。
「…覚醒した、ってことなんだろうな…」
ジョスリンが体術を、俺が魔法と魔力制御を教え、どちらも10日で教えられることがなくなった。
パスカルの指示でルーカスが『処方』され、自宅でも2人で寝る前に復習していたらしい。
その後セラフィナは文官仕事に復帰し、狩人のシフトにも入りながら、黒の隔離地に併設された狩人専用の鍛錬場で自主鍛錬を続けた。俺も時々立ち合ったが、独自の発想で日に日に化け物と化していく教え子に、引きつった笑いしか出なかった。
そうして20日ばかりでこの仕上がりである。
特殊部隊員たちは言葉もなく、セラフィナにあしらわれるクロウを眺めている。
とはいえ、クロウの方も無策なわけではないらしい。セラフィナに抜き手を弾かれた瞬間、黒い目がギラリと輝いた。
「油断大敵ッスよ!」
2人の足元に走る魔力の光。密かに設置されていた捕縛魔法の陣が発動──
「そっちがね!」
ダン!
セラフィナが右足で地面を蹴りつけた瞬間、魔法陣に異変が生じた。
白から金へ、セラフィナの右足を起点として瞬く間に塗り替わっていく。
そして。
バチィッ!!
鋭い音と共に硬直し、地面に転がったのは──クロウの方だった。




