76 騎士団鍛錬場にて
それから20日後。
騎士団の鍛錬場で、私はクロウと対峙していた。
「あのー、何で呼び出されたんスかね?」
目の前で困惑気味に立ち尽くしているクロウは、つい最近狩人としての新人研修を終え、新たに名持ちの狩人となった。
仮面のモチーフはカラス。呼び名は『クロウ』。
狩人としてのあだ名と領主直下の特殊部隊員としての呼び名が一緒なのはどうかと思うが、どうせ元々本名ではないのだろう。実は無駄に器用で魔力も高かったこの男、ウルフ、オウル、パイソン、そして私の全会一致で、名持ちの狩人になった。
本人は「何で!?」と叫んでいたが、実力主義の狩人の世界では当然のことである。嫌がらせではない。断じて。
そんなクロウは、私の姿を見て思い切り首を傾げている。というか引いている。
伸縮性のある黒いシャツに黒い先割れグローブ、これまた黒いやや細身のズボン。足元はブーツ。
動くことを前提にした服装は、大体狩人のマントと仮面を取っ払った姿と一緒だ。髪は後ろで雑に束ねているので、晩秋の風が吹くと首筋が冷たい。
「必要だったから」
思ったより平坦な声が出た。まあ相手がクロウなので仕方ない。
鍛錬場の中央、間合いを取って対峙するのは私とクロウ。私側の背後、端の方にヴォルフガングとパスカル、そしてルーカスが立っている。
素顔を晒しているが、名持ちの狩人勢揃いである。
さらに、
「……私たちも立ち会って良かったのかしら…」
「……まあ、会場を提供したのは俺らだしなぁ…」
ルーカスの横、所在なげに佇んでいるのは、騎士団第2部隊の隊長補佐、ジョスリン・クレメンティと、隊長のカーライル・クレメンティ。
本来この鍛錬場は騎士団の関係者以外立ち入り禁止なのだが、2人に頼んで今日だけは入場を許可してもらった。ついでに人払いもお願いした。
彼らには散々心配をかけてしまった。今回はその謝罪とお礼と──彼らから学んだことを披露する場を兼ねているのだ。
「セラフィナ」
ヴォルフガングが腕組みして声を上げる。くいっと親指で上を指し示し、
「観戦希望者が多いみたいだが、どうする?」
「へ」
呻いたのはクロウだ。私は振り返らないまま応じた。
「気が散るから出てきてくれた方がありがたいかな──3人とも」
「うえっ!?」
クロウと、そして周囲に散らばる3つの気配が動揺した。
実は今、私は魔力を薄く広く展開して、周囲の様子を探っている。効果範囲は、この鍛錬場とその周囲の建物くらいまで。
その探査範囲の中、屋根の上に比較的明瞭な気配が1つ、クロウの後ろの方、鍛錬場の角に1つずつ、反応があった。
地上にいる2人は肉眼では見えないから、恐らく高度な隠蔽魔法を使っている。だがこの探査方法は、隠蔽された気配を『気配の空白』として捉える。バレバレだ。
恐らくクロウと同じ、領主直下の特殊部隊員だろう。ここ数日、街を歩いている時たまに私を監視する気配を感じていた。ご苦労なことだ。
ヴォルフガングが、だってよ、と虚空に向けて呼びかけた。
数秒後、気配が動き、ヴォルフガングの隣に3人の男性が現れる。
1人は屋根から飛び降りてきて、残りの2人は何もない空間から滲み出すように出現した。予想通り、かなり高度な隠蔽魔法の一種だ。
飛び降りてきた1人は顔見知りだった。ポーラ主導で領主館から家まで送り届けられた際、御者役だった男性だ。その顔には驚愕が滲んでいる。
「…まさか、気付かれているとは…」
「あいつを甘く見ない方がいい」
ヴォルフガングが肩を竦める。
私はここ20日ほど、護身術──特に対人戦闘を学ぶことに注力していた。
最初の10日は、日中、騎士団の鍛錬場で騎士たちに交じって基礎訓練を受けながら、ジョスリンに基本的な護身術と制圧術、そして敵の動きの見極め方などを実践的に教わり、夜は狩人管理事務所で改めてヴォルフガングから魔力や魔法に関する講義を受けた。
基礎はできたと言われた後は、自主練だ。
黒の隔離地に併設された狩人専用の鍛錬場で、狩人の待機任務に就く傍ら、ヴォルフガングと手合わせしたり、ルーカスに魔法を見てもらったり、パイソンに身体の動きを確認してもらったり、体術の心得のある狩人たちに頼んで乱取りをしてみたり。
その面子の中に11番がいたので、こっそり謝罪と礼を述べたら、「ためらわずに誰かに頼る、ということも覚えてください」と苦笑気味の声で言われた。心に留めておこうと思う。
文官仕事の方は、自主練の段階に入り、パイソンの許可が出てから復帰した。
同僚たちにはずいぶんと心配されたが、護身術を学び始めて以降、明確な目的ができたからか適度に体力と魔力を消費しているからか、悪夢の頻度はかなり減り、安眠できる時間が増えていたので問題はなかった。
パイソンの指示でルーカスが『処方』され、毎日添い寝しに来てくれたからというのも大きい。
なお狩人の『オウル』はパイソンの鶴の一声で一時的にシフトを外れ、日中だけ、黒の隔離地の監視を行っていた。
──そんな感じで、この20日間はあっという間に過ぎた。
そして今日。これまでの鍛錬の成果を試す相手として、クロウを呼び出した。
対人戦闘に秀でた者であること、身体強化を使えること、ヴォルフガングが私の相手を嫌がったこと──理由は色々あるが、一番の理由は、あの事件で私が手も足も出なかった相手だから、である。
クロウに対処できれば、大体どんな相手にも対処できる。少なくとも、抵抗もできずに連れ去られるようなことはなくなる。それが、ヴォルフガングの見立てだった。
それに、クロウに対処できるという事実は、領主や他の貴族に対する大きな抑止力になる。手を出したら物理的に無事では済まない、と思わせることができるわけだ。クロウ以外の特殊部隊員が居合わせているのも、かえって都合がいい。
──単なるクロウに対する意趣返しではない。決して。
「…さて」
私が構えを取ると、クロウが軽く目を見開いた。
「戦う気ッスか?」
「鍛錬場で、それ以外にやることがある?」
「……ないッスね」
応じて、クロウがすっと笑みを消した。
「──鍛錬してたらしいってのは聞いてるッスけど、それで負けるなら特殊部隊員は務まらないッスよ」
口調は軽いままだが、まとう空気が変わる。片足を半歩引いた姿が戦闘態勢だと、今なら分かる。
場の空気がピリッと張り詰めた。背中に複数の視線を感じる。
特に強く感じるのは特殊部隊員たちの視線だ。ついこの間まで対人戦に関しては完全に素人だった私がどう戦うのか、興味半分、侮り半分、といったところだろうか。
それはクロウも同じだろう。身構えたまま、くいっと手招きする。
「いつでもいいッスよ」
「じゃあ遠慮なく──!」
ダン、と地を蹴る音。瞬時に自分の身体に身体強化をかけ、真っ直ぐ突っ込む。
クロウは軽く目を見開いたが、冷静に私の拳を避けた。最低限の動きで横にずれ、伸び切った私の腕を掴もうとして──
その手が届く前に、私は右の爪先で、ぐりっと地面を抉る。
直後──クロウの真下に魔法陣が出現し、クロウが真上に吹っ飛んだ。
「!?」




