65 事情聴取
チリチリと、魔力が漏れ出る気配がする。クロウがあっと声を上げて顔を引きつらせた。
「………え、えーっと、マズかったッスか?」
「当たり前だ!」
カーライルが額に青筋を立てて吼えた。
「どこの世界に被害者を絞め落とす潜入捜査官がいる!? 今すぐ傷害罪で牢屋にぶち込むぞ!?」
「えええっ!? だってこれくらいは普通っしょ!? 俺らいつもやってるッスよ!?」
「特殊部隊の『普通』を一般人に適用するなっつってんだこのド阿呆!!」
席を立ち、クロウの胸倉を掴み上げながらカーライルが詰め寄る。それを冷ややかな顔で見遣り、ジョスリンが呟いた。
「予め協力を要請しているならともかく、何の事前通達もなくそれはあり得ないわ。馬鹿だと思っていたけど、まさかここまでだなんて……」
「ひどくないッスか!?」
「ひどいのはお前だ!!」
抗議の声を上げたクロウが、カーライルにメリメリと絞め上げられる。そのうち、ギブギブー!という何とも情けない悲鳴が聞こえてきた。
ジョスリンが眉を下げ、私に向き直る。
「重ね重ね、本当にごめんなさい。身体は大丈夫?」
「ええ……まあ……」
私は思い切り言葉を濁した。
両肩の骨に入ったヒビも鎖骨の下の切傷も手首や頬の擦り傷も、既に回復魔法で完治している。首にまだ違和感はあるが、恐らく怪我ではなく精神的な問題だ。
視線を落とした拍子に自分の手が目に入り、私は思わず顔を背けた。既にきれいに治っているはずなのに、手首にロープの跡が見えた気がした。
「両肩の骨にヒビ、切創が1つ、擦り傷が複数個所、窒息しかけた全身へのダメージ。連中には傷害罪も追加だな」
戻ってきたカーライルが、ソファーにどかっと腰を下ろしながら呟く。どさくさに紛れてクロウがやったことも加味されている気がするが、気のせいだろうか。
窒息──首を絞められる感触。
「──セラフィナ」
ルーカスが左手で私の肩を強く引き寄せて、右手で私の手を握った。
それでようやく、身体が震えていることに気付いた。思ったより、精神的なショックが大きかったらしい。過去の──前世の光景がちょっとした拍子にフラッシュバックして、平静ではいられなくなる。
カーライルがジョスリンに肘でドつかれ、がしがしと頭を掻いた。
「あー、すまん!」
「…いえ、必要なことなので」
ゆるく頭を振る。下手に気遣われて事情聴取を後日に回されても、それはそれでずっと引きずりそうで怖い。
私は一瞬ルーカスの手を強く握り返して、背筋を伸ばした。
一度目を閉じ、思い切り息を吐く。そして、ゆっくりと息を吸う。ルーカスの体温と、心配そうな眼差しを感じる。
──大丈夫だ。私は今、ちゃんと、ここで、生きている。
「──それで、何から話せばいいでしょうか」
改めて目を開き、カーライルとジョスリンに問い掛けると、2人は軽く目を見張った。
「……すさまじいな」
「?」
「いや、こっちの話だ。──なら、今日の出来事、連中に捕まったあたりから順を追って話してくれるか。あくまで、自分の主観でいい」
「分かりました」
促されるまま、私はざっと事のあらましを説明する。
いつも通り定時に帰宅する途中、家の前の通りで待ち構えていたらしいクロウに出くわし捕縛魔法で麻痺させられ、魔封じの腕輪をつけられた上で後ろ手に縛られ、布に包まれ拉致されたこと。
運び込まれた先で下手人の一人がデイヴィッドだと知り、グリムワルドが主犯面してふんぞり返っていたこと。
その発言から、グリムワルドが人身売買に手を染めていると予測したこと。
「…人身売買だと?」
「私を示して「こういう女にも引き合いはある」と…それから、「これでも名持ちの狩人だ。子どもができても高く売れるだろう」と言っていました」
「何てこと…」
カーライルとジョスリンが険しい表情になる。クロウがそれなーと肩を竦めた。
「余罪は多そうッスね。ま、そこらへんは特殊部隊の領分ッス。任しといてください」
「了解した。──続けてくれ」
「はい」
「…」
目元を揉んで物理的に表情を緩めて促すカーライルに対して、隣で聞いているルーカスは、ひたすら無言。静かで深い怒りと、それを表に出してはいけないという自制心がせめぎ合っているのを、握った手から感じる。
それに背中を押されるように、私は淡々と言葉を紡いだ。
デイヴィッドに言いがかりに近い文句を言われ、俺のモノになれと迫られ、断固拒否して両足で蹴りつけてデイヴィッドを転がした。そうして逃げ出そうとしたらクロウに背後から羽交い締めにされて首を絞められ、デイヴィッドにブラウスを引き裂かれた。
「……鎖骨の下の怪我は、その時のものね」
「はい。首に腕が回されていたので直接見えませんでしたが、多分爪でえぐられたのではないかと」
「…」
そして──私は魔力を暴走させた。
そこで言葉を切ると、カーライルが苦々しい顔で呻いた。
「……なるほどな。魔力暴走を起こすのも仕方ない」
「そうね。顔見知り程度のろくに親しくもない男にそこまでされたら、平静でいる方が難しいわ」
「あ」
そこで食い違いが起きていることに気付いた。
私の魔力暴走の原因は、デイヴィッドではない。
「あの、すみません。違います」
「ん?」
「私が魔力暴走を起こした直接の原因は、デイヴィッドではなくクロウの方です」
「えっ」
「なに」
「なんだと?」
カーライルとジョスリン、そしてルーカスの視線がクロウに集中する。瞬時に注目の的になったクロウは、自分を指差して狼狽えた。
「お、オレっスか!?」
心外だと言わんばかりの声にイラッとする。何で自分は関係ないと思ってるんだ、この男は。
…とはいえ、これを口にするのは勇気が要る。呼吸を整えていると、ルーカスが心配そうな顔になった。
「セラフィナ、言いにくいなら言わなくていい」
「……ううん、大丈夫。でも、ありがとう」
キュッと絡めた手に力を込めると、同じくらいの力で握り返してくれる。
──うん、大丈夫だ。
「……ここから先は、他言無用でお願いします」
恐らく、クロウを通じて領主には情報が伝わるだろう。それでも一応、釘をさしておく。
「…分かった」
「ええ」
「あ、ウチの主には伝えてもいいッスか?」
「お前ちょっと黙れ」
「ハイ」
カーライルとジョスリンは真剣な顔で頷いてくれたのに、即行でクロウが空気をぶち壊し、ルーカスに睨まれた。
とてもうるさい特殊部隊員は放置して、私は深く息を吸い、一息に呟く。
「──私は過去に一度、殺されたことがあります」
「………は?」
「殺……え?」
「知らない男に背後から首を絞められ、逃げ出して、でも逃げ切れなくて、背中を刃物で刺されて──そのまま死亡しました」
その時の感覚が、不意に鮮明によみがえる。
今の私のことではない。そう自分に言い聞かせても、血の気が引くのは止められなかった。指先が急速に冷えていく。
ルーカスの手の感触に縋り、強く握り締めて、私は言葉を続けた。
「…どこ、とも、いつ、とも言えません。でもその記憶は確かに私の中にあって──……忘れていたのに、思い出してしまったんです」
カーライルとジョスリンが絶句している。ルーカスは変わらず私の手を握り、肩を抱いてくれていて、その温かさがただ、ありがたい。
私は息をつき、呆然としているクロウの上半身を見遣った。
所々補強が入っている上着。でも、それだけではない。
「──その服、中に武器が仕込まれてるよね」
「っ!?」
「首を絞められている時、金属の音がした。……多分、それが、最後の一押しだった」
デイヴィッドにブラウスを引き裂かれたからでも、怪我をしたからでもない。
ありがた迷惑な『親切心からの行為』と、凶器を想起させる音で、私の記憶の枷は外れてしまった。
……誰もそんなこと、望んでいなかったのに。




