66 償いの方法
身勝手な理屈だとは分かっている。でも、責めずにはいられなかった。
クロウはどうやら、青くなっているらしかった。敢えて顔を直視しないようにしているが、呆然としているのは分かる。
「……なるほど」
カーライルが苦い顔で呟いた。
「過去──前世の最期の再現、か」
「最悪ね……」
ジョスリンが睨みつけても、クロウは動かない。
──いや。
直後、クロウは真っ青な顔でその場に平伏した。
「──大変、申し訳ありませんでした……!!」
それまでのふざけた雰囲気は微塵もない。あまりにも真剣な声に、私は小さく息を呑む。
クロウは土下座の姿勢のまま、顔を上げないで続けた。
「……俺も前世の記憶持ちッス。トラウマに触れられることがどれだけ辛いか、ちょっとは分かるつもりッスよ。……本当に、申し訳なかった……!」
「え──」
謝罪されたことより、思わぬ情報開示に意識が持っていかれる。
思わずルーカスを見遣ると、彼は冷静に頷いた。
「こいつも転生者だ。──だが、だからといって許す理由にはならない」
「ごもっともです……」
ルーカスの厳しい言葉に、クロウが平伏したまま呻く。
聞けば、クロウはルーカスの昔からの知り合いらしい。ルーカスの母、領主の第二夫人の護衛として、近くについていた時期があったのだそうだ。
特殊部隊員はそういう役割をこなすこともある、とルーカスに説明され、私は視線をクロウに戻した。
それを待っていたように、クロウが呟く。
「謝って許されることじゃないってのは分かってるッス。けど、せめて、何か償いをさせてほしいッス。俺にできることなら何でも…!」
よほど堪えたらしい。クロウの声は本気だった。
──ならば。
「じゃあ狩人の哨戒部隊に入って、ルーカスの──オウルの負担を肩代わりして」
「な」
「え」
「は?」
「へっ?」
全員、何を言い出すのかという顔をしているが、私は大真面目だ。
「毎日、夕方から明け方まで黒の隔離地で見張り。ずっと、ずーっと、休みもなく働いてるから」
私が端的に『オウル』のシフトを述べると、場の空気が凍った。
「は? いや待て、普通は休みがあるだろ? なあ?」
カーライルが焦った表情でルーカスを見る。
そりゃあそうだろう。騎士団だって交替で休みを取っているはずだ。連日半日、しかも夜勤で仕事をし続けていたら、普通は倒れる。
ルーカスは大変気まずそうな顔をして目を逸らした。
「………俺は隊長だから、必要なことだと」
ぼそり、言い訳にもならない言葉が漏れる。マジかよ…とカーライルが呻いた。
「あのな。上に立つ人間だからこそ、ちゃんと休まなきゃダメだろ。万が一お前自身が倒れた時に、フォローできる人間がいなくなっちまう」
それが起きたのがついこの間のことだ。ルーカスは熱を出して強制入院になった。その間、フォローしてくれたのは7番ほか数名のベテラン勢だと聞いている。
部下に恵まれたから偶然何とかなっただけで、本来ならルーカスがいない状況でも仕事が回るよう、普段から自分の判断で動ける人材を育成しておかなければならないし、そもそも誰か一人が無理をする前提の体制は、あってはならないのだ。
「…」
異母兄に懇々と諭され、ルーカスが微妙に肩を落としている。こほん、とジョスリンが咳払いした。
「状況は分かったわ。──それで、肩代わりをしろ、というのは?」
「ルーカスの休みを増やしたいんです。せめて週2日くらいは」
拘束時間半日の夜勤と考えたら、それくらいの休みは欲しい。その辺が妥当だろうな、とカーライルも頷いている。
「で、その週2日分の仕事をクロウにやらせたい、と」
「そうです」
「ちょーっと待ってください! 俺には特殊部隊員の仕事が」
「俺にできることなら何でもやる、んだよね?」
私の言葉に、クロウがうぐっと呻いた。自分で言ったことだから撤回はできまい。
そう思ったのだが、クロウはいやでも、と抵抗する。
「俺は狩人の哨戒部隊の仕事なんか知らないッスよ! なんか、特殊な魔法を使うんスよね? 適性がなけりゃ無理ですって!」
「よくそこまで知ってるね」
「ヒェ…」
スッと目を細めたら、変な鳴き声が上がった。私は淡々と外堀を埋めていく。
「哨戒部隊の狩人が使う魔法は、特殊ではあるけど──捕縛魔法を使える人間だったら問題なく扱える」
「えっ」
「私はそう教わった」
私の魔法の師である『ウルフ』ことヴォルフガング・エイギス曰く、捕縛魔法と監視魔法は効果が全く異なるが、実は系統はほぼ同じ。
というより、捕縛魔法の『足を踏み入れた人間に反応する』機構を抽出・改造して、デモンに特化したのが黒の隔離地で使う監視魔法だ。
私を捕らえた捕縛魔法は、クロウが使ったものだろう。
つまりクロウは、今は知らなくても、監視魔法を使える適性はあるはず。
理路整然と説明すると、うええええ、と呻いた後、クロウが首を傾げた。
「…あのー、ちょっとお聞きしたいんスけど」
「なに」
「…何でさっきからずーっと、俺の方を見ても目が合わないんスか?」
──そう。何度かクロウの方へ視線を向けてはいるが、私は彼の顔を直視しないようにしていた。首より上は見ていないので、目は合わない。
理由は簡単だ。私はフッと口の端をわずかに上げた。
「……魔封じの腕輪をはめた状態で後ろ手に縛られて両肩亀裂骨折した状態で自分よりガタイのいい男に背後から首絞められれば、多少は理解できるんじゃない?」
「うっ…」
つまるところ、私の精神衛生を保つための自衛手段である。
今この男と目があったら、私の魔力はまた暴走するかも知れない。ルーカスがいるから大丈夫だとは思うが、そんな無様な様子を見せたくない。
「狩人になっても、当面、私とはシフトが被らないようにしてよね。顔面に攻撃魔法ぶっ放したくなるから」
「ヒエッ!?」
クロウがまた変な声で鳴いた。
「──なら、決まりだな」
立ち尽くすクロウを一瞥し、カーライルがにやりと笑う。
「俺の方からも父に進言して、こいつを狩人の哨戒部隊に突っ込めるよう働きかけておく」
「私も一筆書いておくわ。この男が無体を働いた件も含めて」
「ちょおっ!?」
ジョスリンも援護してくれて、クロウが狼狽える。
私はルーカスに視線を向けた。頷き合う異母兄とその妻を見て、呆然としている。…急すぎただろうか。
「…ごめんルーカス、勝手に…」
「──いや、その、謝らなくていい」
ルーカスははっとして、私の手を強く握る。
見下ろす紫紺の瞳が、困惑と、照れ臭さと、嬉しさと──そんな複雑な色を帯びているような気がした。
「…ありがとう、セラフィナ」
「…ん」
握った手の温かさを、強く感じる。
カーライルたちの背後では、長身痩躯の男がなおもわめいていた。
「何イイ雰囲気になってるんスか!? ていうか俺の負担! 俺の負担はー!?」




