63 騎士団詰所
騎士団の詰所には、煌々と明かりが灯っていた。
馬車を降り、女性騎士2人に前後を挟まれる形で中に入ると、慌ただしく行き交っていた騎士たちがこちらを見て足を止め、一斉に敬礼する。
その視線の先は、私の隣を歩くルーカスだ。今まであまり実感はなかったが、そうか、そういう立場か、と、どこかぼんやりした頭で納得する。
──魔力暴走を起こした時、私は漠然と、ああ死ぬかもな、と頭の隅で考えていた。
魔力が勝手に爆発し、あり得ない密度になって周囲をなぎ払った。
制御なんてできるわけがない。けれど、放射状に広がっていく破壊された光景を見て恐怖を覚え、私は「周囲ではなく上へ」と念じた。
結果、屋根が消し飛んだ。比喩ではなく、砕けたというわけでもなく、文字通り消失した。
それでも暴走は止まらず、絶望しかけたところで、ルーカスが飛び込んできた。
最初、近付くなと言おうとした。けれど、ルーカスを拒絶する言葉は、どうしても口にできなかった。
せめて逃げようとしたら、ルーカスは私を抱き締めて──「もう大丈夫だ」という言葉に、私は心の底から安堵した。
「お二人とも、こちらへ」
女性騎士の一人に促され、手前の部屋に入る。廊下の騎士たちが再び動き出す音を遮るように、静かに扉が閉められた。
私は少しだけ肩の力を抜く。
あんなことがあった直後だ。大丈夫だと分かっていても、見知らぬ男性の姿と気配と音に、勝手に身体が強張ってしまう。
消毒液のような匂いがして、私は改めて室内に視線を向けた。
白い天井と白い壁。入口側の壁には、かごが置かれた大きめの収納。その奥側にガラスの引き戸付きの棚があり、タオルや包帯、シーツのようなもの、大小様々な瓶、ピンセットやハサミなどの道具、小さな木箱などがぎっしりと詰まっている。
入口と対角線側、奥まったところはカーテンで区切られていた。多分、ベッドが並んでいるのだろう。
窓には分厚いカーテンがかかり、天井付近に吊るされた魔法道具のランプが白い光を放っている。直視できないくらい眩しいが、その明るさにホッとした。
「こちらで少々お待ちください」
言われるまま丸椅子に腰かけると、女性騎士たちはこちらに微笑んで、ルーカスに視線を向けた。
「ルーカス様もここでお待ちを」
「一人は扉の外に待機しておりますので、何かありましたら遠慮なくお声掛けください」
「ああ」
2人がぴしっと騎士の礼を取り、部屋を出ていく。
沈黙が落ちると、ルーカスがもう一つの丸椅子に腰かけ、ぼそりと呟いた。
「…狩人管理事務所の救護室みたいだな」
「…あ…」
どこか馴染みがあると思ったら、部屋の造りがそっくりだった。用途が同じだと、必然的にそうなるのだろうか。
それにしても、ルーカスが物珍しそうに周囲を眺めているのが少々意外だった。先ほどは慣れた様子で騎士たちの敬礼を受けていたのに。
「ルーカスは…ここに来たこと、ないの?」
問い掛ける声が自分とは思えないほど小さく、かすれている。
目が腫れぼったいし、怪我は痛いし、喉もざらつく感じがする。
だからこそ、何でもないという態度で応じてくれるのがありがたい。
「何度か建物自体に入ったことはあるが、この部屋は初めてだ」
ルーカスは軽い口調で答え、少々眉をひそめる。
「……ここの第2部隊の隊長が、俺の2番目の異母兄でな。多分、今回の事態の収拾にあたっているのは兄の部隊だ」
「…そう、なんだ」
今回の件は十中八九、領主の策略によって起きた事件だから、身内が出動しているのだろう。
ルーカスはいつもより饒舌だった。話を聞いていると気が紛れ、痛みがマシになる気がする。
「…狩人の仕事の方は…大丈夫なの?」
私が今包まれているのは、ルーカス──オウルのマントだ。ということは、ルーカスは黒の隔離地から直接駆けつけたことになる。個人的にはとても安心したけれど、他の狩人たちは大丈夫だろうか。
ルーカスは苦笑した。
「7番に任せてきた。──実は、ウィッカがわざわざ城壁の上まで来て、お前のことを知らせてくれてな」
「ウィッカが…?」
「ああ」
ウィッカは、私がいつもの時間に帰って来ないことに気付き、通勤ルートを辿って魔法の痕跡を見付け、文官の同僚たちから「セラフィナは定時に帰った」という証言を得て黒の隔離地へ走り、ルーカスに助けを求めた。
ルーカスの口から語られるウィッカの行動が予想外過ぎて、私は軽く目を見張る。いつもクールな彼女が取り乱すところを想像できない。
「話している途中で魔力暴走の光が見えて、ウィッカが「あの子だ」と断言したから、すぐに動けた。…帰ったら、礼を伝えておいてくれ」
「…うん」
ルーカスの穏やかな眼差しに、また少しだけ肩の力が抜ける。
──そうか、帰れるのか。
考えてみたら、文官仕事を定時で上がってから、まだ数時間しか経っていない。
思い出したくなかった記憶を思い出し、状況が目まぐるしく変わり、まるで自分が別人になったような気がしていたけれど、ここはあくまで、確かに、日常の延長線上なのだ。
指先にじんわりと熱が戻ってくる。自分が「ここにいる」ことを少しだけ実感していると、コンコン、と軽いノックの音がした。
「回復術師をお連れしました。開けてもよろしいですか?」
ドアの向こうからの声に、ルーカスが一瞬、問い掛けるように私を見る。頷くと、ルーカスが自ら扉を開けに行った。
「どうぞ」
「あらあら、ありがとうございます」
ドアの外に立っていたのは、小柄な老婆だった。
柔和な笑顔に穏やかな声、見るからに優しそうな老婦人、なのだが──
何故かルーカスが、その場で音を立てて固まった。
老婦人が困ったように目を細め、頬に手を当てる。
「あら、いけませんよルーカス様。予想外のことが起きたからといって硬直しては」
完全に、困った子ども、または孫を見る目である。
ギギギ、とルーカスが再起動した。
「……ポーラ」
声が硬い。というかビクついている。どうやら知り合いらしいが、それにしても反応がおかしい。
うふふ、と老婦人が笑った。
「昔のように、ばあや、と呼んでくれても良いのですよ?」
「…………勘弁してくれ」
ルーカスががっくりと肩を落とし、横にずれる。
老婦人は微笑んだまま、静かに部屋に入ってきた。ごく自然な足取りなのに、足音がしない。それに、その顔は──
「……あの時の、おばあさん…?」
目の前の椅子に慣れた様子で腰かけるのを見て小さく呟くと、あら、と老婦人はいたずらっぽく笑った。
「ばれてしまいましたか。──ええ。初夏に乗合馬車の発着場で貴女に助けてもらった、おばあさん、ですよ」
初夏、アイリーンが勤める宝飾品店『月の雫』に行った帰りに、乗合馬車の発着場でちょっとした騒ぎがあった。
当時まだ文官として領主館に勤めていたデイヴィッド・ロフナーが杖をついた老婆とぶつかり、転倒した老婆を罵倒していたのだ。私は見かねて間に入り、デイヴィッドを追い払ったのだが──
今目の前にいるこの老婦人は、杖をついてもいないし足取りは軽やか。騎士とは少し違う、黒をベースにした上下に身を包んでいて、あの時とは雰囲気が全く違う。
背格好と総白髪、そして目尻に笑いじわがある顔立ちから、辛うじて気付いたが…どう見ても普通の人間ではない。
呆然としていると、老婦人はにこやかに頭を下げた。
「──ポーラ・ギャレットと申します。あの時は助けてくださって、ありがとう存じます。私は昔、ルーカス様の乳母をしておりましてね。ルーカス様の弱みを握りたいのであればいくらでもお話ししますから、何かあったらいつでも頼ってくださいな」
「ポーラ!」
ルーカスがギョッと目を見開き、悲鳴を上げている。よほど聞かれたくないことがあるらしい。
そんな態度を取る相手がいることが、少し意外だ。
「…ありがとう、ございます」
「…」
私が小さく頭を下げると、ポーラがほんの少し、眉を寄せる。
……私は、上手く笑えていただろうか。




