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【第2章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第2章

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62 詰所へ向かう馬車にて


「…っ!」


 苦悶する目が見開かれる。俺が本気だと理解したらしい。


 手を離すとデイヴィッドはその場に崩れ落ち、騎士たちがそれを取り囲んだ。魔封じの腕輪がはめられ、ロープで拘束されると、速やかに連行されていく。


 場の空気が少しだけ緩み、年嵩の騎士が俺にニヤリと笑みを向けた。


「いやあ、なかなかに熱烈ですな」

「…」


 自分が何を口走ったかを思い出し、一瞬で耳が熱くなる。


 この場にはセラフィナもいるのだ。言った言葉に嘘はないが、聞かれたことが今更気恥ずかしくなってくる。

 騎士が肩を竦めた。


「いや結構結構。若い者はこうでなくては。私も投げ飛ばされたかいがあったというものです」

「……すまなかった」


 先ほど門の前で締め上げたのは彼だった。瞬時に頭が冷えて謝罪すると、騎士は鷹揚に笑う。


「結果的に魔力暴走を速やかに収められたわけですから構いませんよ。ですが次回からは、事前に説明が欲しいところです。死ぬ気かと、本気で肝が冷えました」

「…留意する」


 俺は素直に頭を下げる。

 こんなことは、二度とあってほしくないが。


 視線を巡らせると、セラフィナが部屋の隅に立っていた。応急処置が済んだのか、いつの間にか俺のマントに身を包み、女性騎士たちが彼女を守るように周囲を囲っている。

 フードを被っていないから、隠蔽魔法は発動していない。いつもとは違うどこかぼんやりとした眼の奥には、ひどい疲労と痛みと恐怖の残滓が見えた。


 ジョスリンが真剣な目をして小さく溜息をつく。


「──一応治せる部分は治して、肩も仮固定したけれど、私の魔法じゃこれが限界よ。本格的な処置はウチの詰所に行ってから──本職の回復術師を呼ぶわ」

「よろしく頼む。…俺は一緒に行って構わないか?」


 俺は狩人であって騎士ではない。同行する根拠は薄い。

 訊くと、ジョスリンは苦笑した。


「真っ先にここに突入した人間が何言ってるのよ。貴方の証言も必要だし──何より、」


 と、視線でセラフィナを示す。


「今の彼女の傍につくのに、貴方以上の適任者はいないわ。……頼んだわよ」

「…分かった」


 ジョスリンの目にあるのは、心からの心配と同情。

 祈るような言葉に、俺は静かに頷いた。


 こんな状態のセラフィナを、他の誰かに預けることなどできない。内心胸を撫で下ろしていると、若い男性騎士が離れたところからそっと声を掛けてきた。


「あの…申し訳ありません。その、そちらの方に、これを…」


 両手で差し出しているのは、騎士団が保有する魔封じの腕輪。

 魔力暴走を起こした者は、どんな理由があろうと危険人物として扱われ、安全を確認するまでは魔力を封じられることが多い。頭では分かっていても、どうしようもなく怒りが湧いた。


「──彼女はそれと同じものをつけた状態で拘束されていた。もう一度つけるのはリスクが高すぎる」


 心情に訴えるのではなく、あくまで理論的に。

 魔封じの腕輪自体が再暴走のきっかけになる可能性を示唆すると、若い騎士は目を見開いた。


 セラフィナが申し訳なさそうに、ほんの少し眉を寄せる。


「…あの、私は、つけても大丈──」

「大丈夫じゃないわ」


 あまりにも弱い声だった。

 その言葉を遮って、ジョスリンが若い騎士に歩み寄った。


「彼女のことは私が責任を持ちます。隊長には「もう少し考えろ」と伝えて頂戴。──ルーカスがついていれば、大丈夫でしょう」

「ああ」


 俺が頷くと、「しょ、承知しました!」と敬礼し、騎士は足早に外へ出て行った。





 その後、俺とセラフィナは騎士団の馬車に乗り込んだ。

 犯罪者の護送用ではなく、きちんとした内装のものだ。対面に配置された座席の座面はしっかりと綿が詰まっていて、客車本体に振動を軽減する魔法陣が施されている。恐らく本来は、騎士団の幹部クラスの人間が使う馬車だろう。


 中にいるのは、俺とセラフィナだけ。ジョスリンは隊を離れ、回復術師を呼びに行った。

 馬車の外、左右には見張りと護衛を兼ねて1人ずつ騎士が配置されているが、いずれも女性。ジョスリンの配慮には感服するしかない。


 隣に座るセラフィナは、ひどく静かだった。

 俯き加減の顔は表情に乏しく、時折足元から伝わる、魔法陣が吸収しきれなかった石畳の振動に、唇を噛んで耐えている。


 抱き締めたいが、亀裂骨折のある肩には触れられない。

 魔力暴走が起きていた時は、恐らく彼女自身の魔力が身体を保護していた。そうでなければ、俺が抱き締めた時点で彼女は苦悶することになっていただろう。その想像にぞっとする。


 迷いに迷って、そっと後頭部に手をやり、ゆっくりと髪を撫でると、セラフィナが迷子のような目でこちらを見た。


「…ルーカス…」

「……生きていてくれてよかった」


 無事ではない。怪我は重く、魔力暴走の余波もあり、肉体のダメージは深刻なはずだ。何より、心の傷は計り知れない。

 それでも──生きている。その事実が、唯一の救いだった。


 俺の言葉に、セラフィナは「ありがとう」とほんの少しだけ微笑んだ。

 そしてそっと目を逸らし、視線を落として呟く。


「……ルーカス、私さ」

「ああ」

「──……思い出した。どうして、私が、背後に恐怖を感じているのか」

「──そうか」


 気にする、ではなく、警戒する、でもなく──()()()()()()()()

 その表現に、俺は事情の一端を理解する。


 恐らく彼女は、拉致された後、何かの拍子に前世の記憶を──それも一番思い出したくなかった記憶を思い出し、そのショックで魔力を暴走させた。

 魔封じの腕輪を真っ二つに破壊するほどの魔力の暴走。それを引き起こした記憶は、一体どんなものだったのか──気にならないと言えば噓になるが、そんなものをセラフィナに語らせたくはない。


 俯く彼女の膝の上に、ぽたり、小さな水滴が落ちた。


「…………忘れて、いたかった、なぁ……」


 口元は笑みを浮かべているのに、声は震えている。


 その言葉は、恨みというにはあまりにも悲しく。

 その声は、怒りというにはあまりにも弱々しかった。


「……そうか」


 ぽたぽたと落ちる涙は、右側だけ、薄紅色に染まっている。


 肩を抱くこともできず、俺はセラフィナの頭をゆっくりと撫で続ける。


 ──馬車が騎士団の詰所に到着する頃まで、彼女は静かに涙をこぼし続けていた。








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