第268話 世界初のダンジョン動物園
ある日の朝。
カイルは巨兵研究棟の机に向かい、設計図と睨み合っていた。
「推進器の出力をもう少し上げられます」
隣で資料を確認していたミーナが報告する。
「採用」
「飛行時間も二割ほど延長できます」
「それも採用」即答だった。完全に研究モードに入っている。
そんな時だった。
研究棟の扉が開き、ヒカリとリヒトが入ってくる。
「カイル」
「ダンジョン完成」
二人ともどこか誇らしげだ。
カイルは顔を上げた。「本当か?」
「はい」「確認して欲しい」
リヒトとヒカリが頷く。
カイルは椅子から立ち上がった。「よし、見に行こう」
久しぶりの人工ダンジョン視察だった。
前回は初心者向けのつもりが、とんでもない高難易度迷宮になってしまった。
今回はどうなっているのか少し楽しみでもあった。
改良型人工ダンジョン。
入口に立ったカイルは内心で期待していた。
安全性を確保しつつ、初心者でも楽しめる戦闘訓練施設。そんなものを想像していたのだ。
だが、中へ入って数分後、カイルは無言になった。
「……」
目の前には草原が広がっている。
そして、その中心。
「えへへ~」リーナが地面に座り込んでいた。
周囲には大量の魔物たち。スライムがぽよぽよ跳ねている。白いラビットが足元を走り回る。子狐はリーナの膝の上で丸くなっていた。フェアリーたちは楽しそうに飛び回っている。
誰も戦っていない。
誰も警戒していない。
ただ遊んでいる。
カイルはしばらくその光景を眺めた。
そして、呟く。
「……動物園だな」
ヒカリが少し考える。「近い」
リヒトも苦笑した。「否定できません」
リーナは満面の笑みで振り返る。「楽しいよ!」
そう言いながら子狐を抱き締めた。子狐も気持ち良さそうに目を細めている。
カイルは思わず笑った。確かにこれは訓練施設ではない。だが見ているだけで和む。悪くないと思った。
その日の夕方。
研究会議が開かれた。参加者はカイル、ミーナ、ヒカリ、リヒト、ナルサ、キキ。
全員が席に着いたところで、カイルが口を開く。「決めた」
ナルサが首を傾げる。「何を?」
「一般開放する」
一瞬、部屋が静かになった。
「え?」「ダンジョンを?」
ナルサとキキが同時に聞き返す。
カイルは頷いた。「動物園として」
再び沈黙。
だが次の瞬間、「……ありかもしれないわね」キキが腕を組みながら言った。
「子供達は絶対喜ぶと思う」ナルサも頷く。「私もちょっと行きたい」
ヒカリとリヒトは嬉しそうだった。
「成功」「大成功です」
二人にとっては最高の評価だった。
動物園とはいえダンジョンだ。勝手に開放するわけにはいかない。
以前、王から言われていた。ダンジョンを一般公開するなら冒険者ギルドを通せ、と。
そのためカイルは正式に連絡を入れた。
「人工ダンジョンの視察をお願いしたい」
その報告を受けたギルドマスターは嫌そうな顔をした。「また何かやらかしたのか?」
「今回は平和だ」
「お前がそう言う時が一番信用できん」本気でそう思っていた。
翌日。
ギルドマスターが視察に訪れた。最初は真面目だった。非常口の確認。魔物の危険度確認。避難経路の確認。施設としての安全性チェック。どれも丁寧に行っていた。
だが、十分後。
「……」ギルドマスターはラビットを膝に乗せていた。
もふもふ。耳を撫でる。もふもふ。ラビットも気持ち良さそうだ。
「かわいいな……」思わず本音が漏れる。
ナルサが小声で言った。「落ちたわね」
「予想より早かったわ」キキも苦笑する。
その後も視察は続いた。
子狐は尻尾を振りながら寄ってくる。フェアリーは肩に座る。スライムは足元でぽよぽよ跳ねる。危険な要素が見当たらない。
気付けばギルドマスターはベンチに座っていた。
お茶を飲み、周囲を魔物たちに囲まれていた。「……天国か?」思わず呟く。
「仕事してください」ナルサが即座に突っ込んだ。
視察終了。
全員が結果を待つ。ギルドマスターは咳払いを一つした。そして、真面目な顔で宣言する。「安全だ」
その一言で場の空気が明るくなった。
「やりました」リヒトが嬉しそうに笑う。
「成功しました」ヒカリも満足そうだった。
「わーい!」リーナは飛び跳ねて喜んでいる。
カイルも頷いた。これで正式に公開できる。
その後。
王都中に広告が出された。
『もふもふダンジョン開園』
『安全な魔物との触れ合い施設』
『冒険者ギルド認定』
そして、迎えた開園初日。予想以上の人が集まった。子供達。家族連れ。冒険者。
貴族までいる。
入口には長い列ができていた。
「すごい人!」リーナが目を丸くする。
「大成功です」ヒカリが頷く。
「予想以上ですね」リヒトも驚いていた。
カイルは入口からその様子を眺める。笑顔の子供達。魔物と遊ぶ家族。のんびりくつろぐ冒険者。
誰も戦っていない。誰も傷付いていない。ただ楽しんでいる。
その光景を見て、カイルは小さく笑った。「世界初のダンジョン動物園か」
父のディスプレイには一言だけ表示される。【平和】
ミーナも静かに頷いた。「新しい産業になりそうです」
「ああ」カイルは満足そうに答えた。
こうして、カイルたちが作った人工ダンジョン第二号は高難易度迷宮でもなく。
冒険者育成施設でもなく。
世界初のダンジョン動物園として、多くの人々に愛されることになるのだった。




