九話
生き残った京香は、叔父に引き取られた。
叔父の家で、京香はテレビを付けていた。どこのチャンネルも、あの事件には触れられていない。あんなに人が殺されたっていうのに。何度も何度も、チャンネルを押す。あの事件が出るまで、チャンネルを切り替える。
やがてキッチンから叔父が出て来たので、リモコンを机に置いた。
「....」
「....」
机に京香と叔父の2人が、夕食を食べる。2人でしみじみと、叔父の作ったオムライスを食べる。
その味に、過去の懐かしい生活を思い出す。何故こんなにも思い出してしまうのだろうか。父と母、そして京香で、一緒に食卓で交わした一家団欒。
叔父は京香を気遣わしげに黙々と食べる。不思議と気まずいということは無かった。曲がりなりにも血が繋がっているので、波長は合うのだろうか。
家に叔父と二人きりだ。従兄弟と叔母はいない。それとなく聞いてみたところ、「ああ、今はいないんだ」と、曖昧な答えが返ってきた。そうなのかと、京香も素直に頷いてしまったが、不思議な話ではある。別居でもしているのだろうか。それとも、京香が原因で、仲が悪くなってしまったのか。などと、小さくないわだかまりは、京香を蝕んだ。
あの事件から、何事も無い生活が始まる。叔父は優しいし、一緒にいても気を遣うということはなく、むしろ、それなりに居心地が良かった。
ただ、父と母を目の前で殺されてしまったあの日の記憶は、今もこの脳に焼き付いている。文字通り、何事も無い生活は、空虚で無意味で、色が無かった。
数日、数ヶ月が経ったこの日でさえも、未だに癒えることは無い。
「今日はオムライスだ」
叔父が快活に今日の夕食を呼んだ。机の上に並ぶ、京香が大好きだった食べ物。父の得意料理だった食べ物は、父が死んでも尚、食卓に並んでいる。
「同じ...」
「ん?」
口に出てしまった。叔父は聞き取れていなかったようで、言ったことを促すように、こちらを見つめている。
「...何でも無い」
「本当に?」
「うん、本当」
「...そうか」
叔父は眉を顰めて聞いてきたが、それ以上は追求することは無かった。
それから数日が経つ日だった。
「京香。遊園地に行こう」
叔父からそんな誘いがあった。突然だったので、当然困惑した。
が、遊園地、遊園地、と、脳内でそれを反芻すると、少し、ちょびっと、ワクワクしてしまった。
◯
その日はとても楽しかった。すっかり楽しんで、叔父とも仲良くなって、久しぶりに心から笑顔になれた気がした。
遊園地に行った日から京香は、あの日の前の調子をいつの間にか取り戻していた。夜、思い出しては魘され泣き啜る日々は、もうやって来ない。悲しいけど、なんとか生きていこうと、そう思えた。
ある夜の日、京香はトイレに行こうと布団から起き上がる。ふと、隣の敷布団に目をやると、叔父が眠っている。鼾も無く、寝相も綺麗だ。置物みたいに動かない。
ピンポーン
こんな深夜に、誰が来たんだ。少し怖いなと思いつつも、画面を見て誰が来たのかを確認する。
「え...」
画面の中には、従兄弟と叔母がいた。すぐにエントランスの自動ドアを開けて促す。従兄弟と叔母が家に来る間に、叔父を起こさないと。そう思って、叔父の肩を揺すって、従兄弟と叔母が来たと声高に教えた。
叔父が起き、状況を認識すると、「...そうか」と、やや困惑気味に返答した。嬉しくないのだろうかと少し怪しく思ったが、取り敢えずは、従兄弟と叔母が家に来るのを待った。
やがてピンポーンと音が鳴ると、京香は我先にと玄関へ急ぎ、ドアを開けて確認する。
「久しぶり」
「...久しぶり」
久しぶりの従兄弟の顔があった。その顔はとても青くて、なにか思い悩むような、そんな顔をしていた。
奥には叔母がいる。従兄弟とは逆で、かなり興奮しているようだった。京香に見向きもせずに、気色ばんだ様子で部屋の奥を見つめ続けている。多分、叔父を探しているのか。
やがて、「おう」と、背後から叔父が顔を出した。従兄弟は無言で会釈した。
もしかして仲良く無いのか。叔母も、とても夫を見るような目つきでは無い。間に挟まれたので、一層気まずい。
オロオロしていると、叔父が外に出てくると言うので、京香一人、家に残った。一体何が始まるんだろうと大分気になるが、京香は思い止まった。そもそも、家に置いて貰っている身なのだと、今更ながらに痛感する。
トイレを済ませて布団に行く。一時間程気になって眠れなかったが、布団にくるまっていると、そのまま落ち落ち眠れた。
翌日起き上がると、叔父が朝ごはんを食べていた。おはようと、少し違和感のある調子で声を掛けてきた。
叔父の顔を見れば、どこか調子が悪いのか、顔色がとても悪かった。
少しの逡巡の後、京香もおはようと返す。
「顔色が、悪いよ。大丈夫?」
そんなことを言うと、叔父の顔色がもっと悪くなった気がした。一体、どうしたというのだろう。
「そうか?なんともないぞ」
叔父は笑顔で、そう答える。
空元気だ。そう思ったが、口に出さないでおいた。京香がそんなことを言っても、何にもならないと分かっていたからだ。
「昨日...じゃないや。今日の深夜、何を話してたの?」
心配になりながらも、深夜考えていたことをすかさず質問した。
妙だなと思っていたのだ。ただでさえ別居していて、あのよそよそしさ。何か事情があるのかな。などと思うが、やっぱり京香には、置いて貰っているという自覚もあったので、聞くに聞けない状態が続いていた。
「...京香には関係のないことだ」
「...ごめんなさい」
「いや...すまん」
「大丈夫」
相槌を打ってから、朝ご飯を食べる。叔父からは仏頂面に見えるかもしれないが、心の内はドギマギして堪らなかった。叔父のあんな顔は見たことが無かった。
「あー、京香。俺は明後日、出張に行くことになったんだ。その出張は、生憎いつ帰れるか分からないんだ。...それでな、俺の友達の信頼できる奴に、京香を預けようと思う。分かってくれるか」
「...ぇ」
突然に言われて、少し警戒心を張り付かせる。叔父の友達といっても、知らない人だ。
「なに、大丈夫だ。絶対に、京香と気があう」
なんの根拠があって言っているんだ。そんなことを言われても、不安は不安だ。だが、ここでわがままを言っても仕方ないと、京香は不信がりながらも了承した。
◯
「節鳥警という。よろしく」
「...お願いします」
態度が悪い?そんなこと気にしてられない。初対面であるし、なにしろ京香はまだ12歳。緊張するに決まっている。
「うむ。よろしくな、京香。ささ、部屋へ入りなさい」
不思議と馴染みがあった。初対面なのに、名前で呼ばれても違和感が無く、京香の耳にすっと入ってきた。警の雰囲気に少し安心しながら、部屋に入る。
節鳥警という男は、一人暮らしのようだ。整理整頓された綺麗な部屋から、綺麗好きなのだろう。
部屋は意外に広くて、京香の部屋も用意してくれていた。親切だ。
不安だったが、警と話す内に、少しずつ打ち解けていった。
◯
疑問を持ち始めたのは、それから数ヶ月のこと。
「今日はオムライスだ」
そう言って真矢は、食卓にオムライスを二皿並べた。
味が同じなのだ。
食べても食べても、父の、叔父のオムライスと同じ味。京香が大好きだった、甘いオムライス。
なんとなく恐怖を感じて、それを悟られないように夕食を乗り切る。
部屋に戻ると、感じていた疑念が湧き出してきた。動悸がして、ドアに寄り座る。
三人の性格や喋り方が、全て似通っている。
京香は、あの時の事を思い出す。
父が殺され、死体となった体の上に、靄のようなものが発現し、父の姿へ象った。
それは庭の大きな石を操り、老霊の胴体に穴を開けた。
その後、どういうわけか、叔父の身体に入ってしまったのだ。
幻覚だと思っていた事。いや、思いたかった事。
父は叔父と警を、乗っ奪ったのではないか。




