十話
父に習った事がある。乗っ奪り。霊が人間の身体に侵入し、身体の主導権を奪うこと。過去にも事件はあり、とても危険な現象。非常に稀だが、覚えていて損はないと、父が言っていた。
父の霊がそれをしていると考えたくなかった。恐怖がじりじりと胸の中でこだまする。
忘れろ、忘れろ、忘れろ。
何かの間違いだ、大体、証拠は無いじゃないか。
ベッドに横になり、目を瞑り続けた。疑惑から目を逸らす為に。
◯
叔父が出張と言ったきり、二年が経った。京香は14歳。中学二年生になった。あの夜から、また何でもない日常を送っている。友達も出来て、良好な学校生活。
そして今日は、授業参観だった。
参観が終わり、翌々日、学校に登校している途中のことだった。
後ろに視線を感じる。
変だと思い、後ろを振り向くと、そこには青髪の、眼鏡をかけた女生徒がいた。慌てたように、女生徒は電柱の陰に隠れる。
「...誰?」
声を掛けると、ビクッと肩を揺らして、更に隠れるように体を縮こませた。猫みたいだ。
京香としては無視したかったが、なんだか用があるみたいなので、歩み寄ってみた。
「ぁ...ぁ..」
口をぱくぱくさせている。緊張しているのだろうか。それにしても緊張し過ぎている。大丈夫か。
「どうしたの?」
「あなたのお父さんの魂が二つあったのですみませんすみませんすみませんジロリと見てしまいましたすすすすみませんんんん!」
そのまま、女生徒は走り去って行った。速いな、と思った。
え?
◯
どうにも実感が湧かない。あれだけ頭を悩ませて、あれだけ罪悪感に浸ったというのに、今になってあんなにも軽々しくその件に触れられるとは、思ってもみなかった。
「...見つけた」
5分休みや昼休みを使って、かの女生徒を虱潰しに探し回った。制服は同じだったから、この学校に通っている筈だ。図書館へ赴くと、登校中、電柱の陰に隠れていた、あの女生徒を見つけることが出来た。探し疲れていたので、のそのそと、睨み付けながら歩み寄る。
女生徒は本を読んでいたようだが、こちらに気付くと、瞬時に怯えた表情になるのが、傷心の京香には面白かった。
「ついてきて」
図書館は私語厳禁なので、外に連れ出す。女生徒は、「...はぃ」と、消え入りそうな声で、席を立ち、京香についていく。
「教えて貰うわよ。なんで私の父に、魂が二つあるなんてことを言ったの」
京香は我慢ならず、腹に抱えていた質問を吐き出した。
「...いや、その、ことは...私の、見当、違い..だった、かな...?」
「かな?」
「い、いや!...ごめん、なさぃ」
京香のただならぬ目付きに、女生徒は萎縮した。
「気を遣ってるのならもう無駄よ。あなたはもう言ってしまったんだから。さあ、早く、教えて。私の父には、魂が二つあったの?」
やがて観念したのか、女生徒は赤裸々に喋り出した。喋るのが下手なのか、分かりにくかったが、纏めるとこうだ。
一昨日の授業参観で、私の父であろう人物を見掛けた。女生徒はさぞ驚いたことだろう。その人物の内には、魂が二つ、宿っていた。それで気になって、気になりすぎて、その娘の京香を、代わりにまじまじと見てしまった、とのことだ。
「その話、誰かに話した?」
「...お、お爺ちゃんに」
「何でお爺ちゃんなんかに?」
「お、お爺ちゃんって、いっても、心霊、探偵...なんです...」
この出会いは、運命だと思った。目を逸らし続けてきた事実に、ちゃんと向き合えと、この女生徒との出会いは、そう言っている気がした。
「今日の放課後、あたし、あなたと一緒に帰るわ」
「え?!」
「あなたの名前は?」
「...みぞれ、です」
「そう、みぞれ。あなたとそのお爺ちゃんに、お願いがあるの」




