八話
帷京香、11歳。
「お父さん、霊って生き物なの?」
広大な館。和の真髄のような豪邸の張り出し部分に座って、京香は空を見上げながら質問する。
父、帷真矢は、右手を顎に置いて、いった。
「うーん。霊っていうのはな、その人の、思いの現れなんだ。やり残したこと、やるせないこと、そういったものを解消する為の、現象と言えば良いのかな。生き物かどうかは、俺もよく分からないな。霊というのは、生前の目的の為ならば、何をも厭わない所があるからね。まあでも、子供くらいの知性、ずる賢さがあるから、生き物として扱うべきだと思うよ」
「...よく分かんない」
「分からなくて良いさ。分からない方が良いんだ。霊と言えども人間だから。ただ、あまり感情移入してしまうと、やっていけないことだってあるかもしれない。そんな時はな、京香ーーー」
自分から聞いたにも関わらず、京香は関心を失っていた。いや、父の話が難しすぎたのだ。霊は人間の形をしているのに、人間かどうか分からない。ましてや、生き物かどうかも。皆、現象として捉えている。まだ小さい京香には、よく分からないことだった。
「て、聞いてるか、京香」
「うーん?」
「うーんって...うーん...」
父は考えているようだ。子供には難しすぎたかな、などと耽っているのだろうか。
意外にも、京香は聞いていた。と言っても、耳にはちゃんと聞き取れてはいた。分かりやすかったから。そして、この時の言葉が京香を変えた事は事実である。
帷一族。霊による依頼や事件を取り扱う名家。京都に身を置くその家は、大きい。大き過ぎて、通る人々はそれを観光の名所とでも思ってしまうだろう。だが、家だ。人が住む豪邸だ。
いつの時代だか、霊による害を嫌った人々は、霊が視える人間達を掛け合わせた。そうして出来たのが、帷一族らしい。その血脈が転々と受け継がれていき、現在の京香までその血は着実に伸ばしている。
帷一族のような家系は他にも存在するが、こんなに大きいのは、帷家を置いて他に無いだろう。
何てったって、政府公認警察公認だ。それなりに凄いのだろうし、それなりに世間に貢献しているのだろう。
「京香、行くぞ」
「はーい」
夕食の時間になったので、居間に行く。だだっ広いその空間に、帷の家系が粛々と居間に佇んでいる。
今日は12月31日。新年間近なので、皆が集まる。一族といっても、厳粛なルールなんてものはあまり無く、心霊探偵にならずに、他の職業に就く人もいる。幼少から霊について叩き込まれるので、殆どは心霊探偵となるが。
因みに、京香の父親は心霊探偵だ。京香もなんとなく、そうなれれば良いな、なんて、子供ながらに思ったりもする。
母と父の間に座り、夕食を待つ。夕食は置いてあるのに、中々始まらない。理由はと、耳を済ますと、当主と、その弟がいないと、皆が不安がっているようだ。叔父が探してくると、居間を出た。面白がってか、心細かったのか、それに従兄弟と叔母がついていく。
「にしても、半身不随とはな..」
「えぇ、元々病弱なお人ですから..」
「ご当主様は大変だ。気象の荒い弟さんが、声もなく睨んでくるんだもんな。当主の座を狙っていたのが、今じゃ形無しさ」
「私も面会したけど、殺気が凄かったもの。本当に、殺されるかと思ったくらい」
「おい、今日はめでたい日だぞ」
その時だった。
「ふざけるな....」
突然に、どことも知れない声が響く。
同時に、帷家の人間の首がスパッと切れた。それはまるで時間が遅くなったようにひらひらと、血を空中に撒き散らしながら投げ出されていた。
やがて、ボトっと、首が落ちる音がすると、一斉に居間中が騒ぎ出した。
「きゃああああ!!」
「なんだ?!」
「出てきやがれ!」
「逃げーーー」
悲鳴を上げる者、受けて立とうとする者、逃げようとする者が、枝分かれして動き出す。その間も、首が次々と飛んでいき、床に血飛沫を塗っていく。
「京香...!」
京香達は逃げ出した。父は京香を抱き抱え、母と共に居間を飛び出す。そしてそれは正しい判断だった。何故なら、判断が遅れ、居間に残った人々は、一瞬で殺戮されていったのだから。
居間から飛び出すが、逃げられない。それの殺す速さが尋常じゃなかったからだ。
すぐにこちらに気付いたようだ。どんどんどんどん近付いてくる。
恐怖が噴水みたいに溢れ出してくる。父と母も顔面蒼白で、思わず瞼を閉じる。やめて、怖い、なんでこんなことするの。そんな言葉を反芻する。
やがて、広大な庭に出た時。
父に抱き抱えられながら目を開く。すると、居間から老人がすり抜けて来た。
目が合う。
「...おじーーー」
「真由子!!」
老人を認識しようとする間際に、京香を母に任せ、父はその場に留まった。
状況が認識出来ない。急に皆が殺されてーー。
母の腕の隙間から、父の背中を見た。
戦っている。老人の霊から、私達を守ってくれている。
「....ぁ」
その声で察したのだろうか。母は京香を立たせて、「逃げなさい」と、震えた声でいった。頷くと、笑顔で、母は後ろに向いて、走り出す。
京香は動けなかった。父が殺され、母も、死地に向かおうとしている。私を守る為、殺されようとしている。
ふと、父の死体から何かが浮き出てきた。
「うおらああああ!!!」
と同時に、老人の霊の背後から、叫び声と共に男が向かって来た。叔父だ。騒ぎを聞きつけて助けに来てくれたのか。叔父は老霊に霊力を纏った拳を繰り出すが、避けられた。老霊は返しに、屋敷に鎮座していた刀で、首元目掛けて切断しようとした。
母がそれを遮った。母は視えない筈だ。だが、心霊探偵である父と暮らしていく内、霊の存在を知っていたのだろう。霊は意識しなければ物に当たるということ。脆弱であるということ。そして、叔父が殴りつけた先に、当の霊がいること。視えなくとも母はそこに、広げたハンカチを横に薙ぐ。
老霊は、意識を変えてそのハンカチをすり抜けた。意識を自身に向けたので、刀は叔父の首元に止まる。その隙を見計らって、叔父がまた拳を突き出す。今度はそれを後退して避けて、刀を母の首元に突き出し、跳ねた。
跳ねた。
起きた事にあまりに現実感が無くて、悲しみや恐怖よりも、京香の中にはただ、何かが無くなってしまったような喪失感を胸に、パタンと、その場に伏せてしまった。
それでも目が離せなくて、それに集中する。
「糞野郎...!」
1人になっても尚、叔父は果敢に立ち向かった。それでも老霊には手も足も出なくて、すぐに、刀を首元に突きつけられようとした。
「.....?」
自分に何が起きたのか分からないようだ。老霊は疑問を呈した。
老霊の胴体には穴が空いていたからだ。
老霊が後ろを見れば、父が立っていた。父が庭の石を操り、老霊の胴体にぶつけたのだ。
老霊は呻きながら、それから、この世から雲散霧消した。
京香は、父が生きている。生きていた。そう思ったのも束の間に、父はもう死んでいることに気が付いた。




