四話
ホテルに着くまで、驚きの連続であった。というのも、今までそこかしこに視た、人間だと思っていたものは、霊であったのだ。もちろん、ほとんどは人間だが、たまに、霊がいる。そうゆう区別がついたのだ。自分も霊だが、霊を視るのは少し怖い。
車中では、会話はほとんど無かった。将真がまたあの時みたいに暴走されては困るので、当然と言えば当然だったが、情報が無いので、わだかまりが全然消えない。例えば、健也が生きている理由だとか、死んだ理由だとか、何故床はすり抜けないの、とか。
尤も、最後の疑問は自身で解決出来た。試しにやってみたのだ。床をすり抜けるイメージを持つだけだが、すぐにすり抜けることが出来た。そのままだと身体全体がすり抜けそうだったので、あわてて意識を変えると、不思議なことに、進行は止まった。どうやらすり抜けるすり抜けないの話は、意識の問題で変わるということが分かった。
「ほんと、不思議ね」
京香が独り言のようにいったので、何か返そうと思ったが、将真のことを思うと、それは辞めておいた。
◯
ホテルに着いた。三十分とちょっとの所にあり、ホテルと言ってもビジネスホテルで、意外と大きいことに少し驚きつつも、健也達は自動ドアを通ってエントランスに入る。
ここでも驚いたことは、健也は、他の人間に視えていないということだった。まあ、そりゃそうだろと言われればそうなのだけれど、いざそうなってみると、いくらか複雑で新鮮な気持ちになる。
「儂の部屋で話す。部屋へ行くぞ」
ちなみに、将真は車中で待たせてある。将真がいては、話せるものも話せないからだ。
「何もしないよう、ここで待っていて」と言うと、将真は「分かった」と、素直に返事をした。
健也が如何せん解せないのが、将真の態度が、およそ悪霊とは思えないからだった。車中でも、将真は普通に、京香達と話していた。疑問や、不信感などもあったようだし、極普通の反応だった。健也が何か言うと、驚く程に従順になるが。
先も、こうやって「分かった」と納得しているし。悪霊というより、まるで守護霊だ。
中に入って、岩野真の部屋へと向かう。
部屋へ着くと、岩野真が電気を付ける。ベッドや机、椅子、スタンドライトと、意外にスマートな室内が、煌々と照らし出される。
京香とみぞれは、ベッドに腰掛けて、岩野真と健也はそれぞれ椅子に座った。
すると岩野真は、何度目かのホラみたいな話を健也に聞かせた。
「単刀直入に言った方が良いか。まず、お主は霊体じゃ。じゃが、生きている。というのは、お主の身体は今、とある病院に、入院しているからじゃ」
「...はぁ」
生きている、と言われて、思わず心臓がドクドクと動いてしまう。未だに疑念や不安は晴れないが、実際健也は、京香達に期待していたのだ。
が、それとは裏腹に、健也には、他人事の風もあった。現実とはおよそ離れた事態に、感情が追いつかない。
「無理もない反応。じゃが、真実じゃ。健也、お主はとある事件によって、魂が抜けてしまった。その拍子に記憶も、粗方抜け落ちてしまっているこだと、儂は予想する」
岩野真の話が合っているとすると、多分だが、健也は霊になる以前の記憶が、ろくすっぽ、いや、正確には9割程度、抜け落ちているに違いない。
「なんで、そんな事分かるんですか?...僕はやっぱり、死んでいるかもしれないのに」
「それに関しては、2つ、理由がある。1つは、お主の脳、心臓が5年もの間尚、動き続けているということ。もう1つは...ほれ、みぞれ」
健也が疑問を投げると、岩野真は、みぞれに顔を向けて、促すように喋り掛けた。するとみぞれは、ややギクシャクしながら、声を出した。
「...み、視えるんだ。...私」
「視える?」
「線が...視えるんだ。...線が、節鳥君の身体と、霊体の節鳥君が...繋がってる、から」
今の健也と、健也の身体が繋がっているから、健也は生きている。その線をみぞれは視える。
やや分かりにくいが、岩野真の第一の説明もあり、割と、真実な気がしてきた。
すると、自分が生きている、ということに、刻刻と、静々と、ひそかに、健也の四割程度は、嬉しさを噛み締めていた。残りの六割は、まだの疑念と、不安だ。
「とにかく、これが大方の要点よ。私達の目的は、あなたを、あなたの身体に戻してあげること」
なんとまあ、ありがたいことだろう。だが、健也はよく分からなかい。分からないというのは、何故、この人達は、こんなにも僕を助けようとしてくれるのだろうかという素朴な疑問。
「なんで僕の事を、そんなに助けようとしてくれるんですか?それで、皆さんにどんな...その、メリットというか、そういうものがあるんでしょうか」
「む?そんなものは無い」
きっぱりと断言した。動揺する健也を遮るように、岩野真は話を続ける。
今の説明の細かな部分や、霊というものの存在について、ことに悪霊ということについても、岩野真は話してくれた。が、疑り深いのか疑り深くなってしまったのか、健也は先程の回答に納得が行っていないので、しばし馬耳東風気味になっていたことは否めない。
そんな健也をつゆ知らず、岩野真は室内の時計から健也に目を移しいった。
「さて、他に何か聞きたいことはあるかの」
そう言われると、中々思いつかない。知りたいこと、知るべきことがたくさんある筈なのに、何を質問すれば良いのか分からなくなる。
健也は必死に手繰り寄せて、そして捕まえた。
「皆さんは、普段何をしているんでしょうか」
これで良いのか、という質問なのは否めないが、多分これで良い。というか、健也はそもそも話下手だと自覚しているし、先程の疑問は遮られているし、こういう質問に必然的になってしまうから、これで良いのだ。
「うーん、私達は高校生だし、学校へ行くくらいね。...ああでも、お爺ちゃんの職業は、心霊探偵よ?」
「心霊探偵?」
「霊に関する事件を取り扱う探偵。霊の被害は少ないが、たまにあるんじゃよ。そうゆう業界に属する人間じゃ」
そうゆうのがあるんだな。と、健也は少し驚いた。霊に関する事件ということは、健也を助けようとしていることにも関係があるのだろうかと、ひそかに思ってみもした。
そんなことを考えていると、岩野真は「さて」と、膝を叩いて立ち上がる。
「明日、お主の身体を取り戻しにいく」
「...は、はい。お願いします。...って、もし身体を見つけてしまっても、どうやって戻れば...」
「なに、意識すればどうということはない」
すると、京香が心機一転、というように、力を込めて、ベッドを飛ぶように立ち上がる。
「私達は寝るわ。今日はもう遅いもの...あ、逃げようったってそうは行かないわよ」
じろじろと睨みつけられ、健也は怯む。その様子を楽しむように、京香は口をへの字に曲げた。
みぞれの手が、なにかを握っているようだ。しかしそれは見えなくて、京香、岩野真も同様のようだった。
「?」
「言ったでしょ。みぞれは見えるって。今みぞれは、霊体のあなたと、入院している空っぽのあなたを繋ぐ線を握っているの。逃げようとでもすれば、敏感なみぞれはすぐにでも気付くーーそして、私は死んでもあなたを逃がさない」
「...なるほど」
京香の気迫に、健也は身のすくむ思いだ。
視線から逃れるように、健也の首は肯定の頷きを返す。満足したように、京香はまたも笑った。




