二話
「お前が節鳥健也か.....むぅ、本当に生きているのか?」
老人は顔を顰めてこちらを凝視している。普段なら怖気付いていたが、この時ばかり、ではなく、この事態ばかりは、老人の言葉の方に気を取られていた。
「い、生きてる、よ」
青い髪の眼鏡を掛けた女性が、窓から少し聞こえた。
「お爺ちゃん、やめて」
「ああ、すまない。京香」
ふいに、京香が責めるような口調で老人にいった。
生きてるとか生きてないとか、健也にはよく分からなかった。専門用語かな、なんて、馬鹿みたいなことを考えたり。
「じゃあ、乗りましょう」
京香はそういって、後部座席の方に入っていった。
健也も恐る恐るといった歩調で、前ドアをすり抜けた。
あ。と思った。
「やっと分かってくれた?自分が霊だって」
「...。なんで、今まで気付かなかったんだろう」
いや、気付けなかったのか。
「霊というのは、都合の悪いものを取っ払う癖があるようじゃな。周りが見えず、抑えきれなくなると暴れ出す。どんな人間でも、霊になれば子供のようなものになる」
老人が、顎に手をやり答える。
「あ、あの!」
「は、はい!」
途端に、後部座席から大きな声が響いた。びっくりして振り向くと、青髪の、眼鏡を掛けた女性が発した声のようだった。
「わ、私!みぞれ、って、言います...」
声が進むにつれてトーンダウンしていくと、隣にいる京香に寄りかかってしまった。京香がよしよしというように、頭を撫でている。
「岩野真だ。岩野真八木楼。宜しく頼む」
老人、岩野真も名前をいった。
「ぼ、僕は、節鳥健也って言います」
一応健也も、自己紹介をしておいた。
◯
何処に向かうのかと、怖々と車の中にいた健也だが、すぐに目的地に着くと拍子抜けしてしまう。
そこは、健也が通っている学校だった。いや、京香達に言わせれば、通っていた、なのか。
とまあ、車は学校近くに泊まり、京香がいった。
「作戦会議をします。健也君、今までのことで、分かったことってなんだったかしら」
「分かったこと...?」
京香は唐突に、クイズのようなものを投げかけた。もちろん、先程までの一件は、今までの何より何倍も濃いものだったので、それ程答えに窮すことなく返答する。
「...僕が、霊だったっていうこと、ですよね」
「そう、それで、あなたが霊であるのなら、疑問が浮かぶ筈よ」
そこまで言われて、はっと気が付いた。立体駐車場でも疑問になりかけていたこと。
「...将真だ」
「そう、将真君。彼も霊よ」
どうやら、将真のことも知っているようだ。
何だか現実じゃないみたいで、とても信じられない、信じたくないものだった。
というのも、それでいうのなら、教師やクラスメイト達がいなくなった理由も、あの立ち入り禁止の張り紙も全て、全てそれで解決してしまうではないか。
「調べてみると、面白いものが見つかるんじゃよ。日垣中学校本校舎の2階、そこは立ち入り禁止になっていて、そこにあった教室も全て別校舎に入れ替えたそうじゃ」
岩野真が追従するようにいう。
「分かりました。分かりましたから...僕が、霊というのは...」
そういうしか無かった。状況証拠だけだったら、焦りはしても、こうも簡単に信じることは無いだろう。
だが、健也の中にも、何か、何かがあったのだ。その何かは、以前までは掴もうとしても掴もうとしても、掴みきれないものだったに違いない。
「でも、皆さんが言ったことが事実だったとして、何が、目的なんですか」
少し棘のある言い方だったかもしれないが、健也には余裕が無かったのだ。霊だと言われて、親友である将真も霊で。
「私達の目的は、あなたを生き返らせることよ」
「...はい?」
「ここから一時間ちょっとの所に、健也君の身体が、あります...」
言った後、後悔したのか、みぞれはまたもトーンダウンした。
「いや、あの...」
もう理解の範疇を超えている。生き返る?身体がある?もうごちゃごちゃだ。分からない。分からない。頭の中が分からないだらけだ。
「昼休みは、確か12時45分から1時30分まで、だったか」
「...はい」
なんで知っているのか、という質問は、この際必要無いだろう。健也の名前を知っている時点で、粗方調べているに違いない。
「あと20分だ、時間がない。いいか、はっきり言う。お主の友達、帷将真とやらは、悪霊じゃ。」
「...悪霊?」
「悪霊は、お主に取り憑いている。もとい、霊というのはいわば生前の執念だ。今は無害なようだが。あやつの場合、暴走すれば人を殺すことだってあるやもしれん」
「...意味が、分からないですよ」
「今は信じなくていいさ。ただ、お主が霊体であるということは事実。先程思い知ったじゃろう。それでも信じないと言うのならば、将真とやらにこう言うといい。「お前は俺を殺したのか?」と」
健也が返事を考える暇もなく、立て続けに京香が思考を遮る。
「私達は、あなたを生き返らせて、元の生活、とまでは行かないけれど、普通の生活を取り戻してあげたい。でもそうするには、将真君が障壁になる。だから、説得して欲しい。将真君は、見る限りあなたにだけ従順なのよ」




