一話
なんの不便もない。このままで良い。
両親はいない。同居人は居るが、いないも同然だ。話し掛けても、何も答えてくれやしない。友達も一人しかいないが、それで充分だし、何より楽しい。こうして将真と話して学校に登校して、帰って、それだけで充分だ。充分な筈だったのだ。
◯
今日もいつも通り、将真と一緒に登校する。筆箱や教科書、それを入れるバッグも持たず、何の疑問も持つこともなく登校する。
健也は歩きながら、クラスメイトや教師のことを思い出す。というのも、それらは健也達のことなんぞいない物のように振る舞うので、自然と健也ら二人はクラスから孤立している。将真とは仲が良いので、あまり気にしていないが。
学校に着いて、玄関に入る。生徒達が疎らに、何かを話していたり、靴を脱いだりしている。
2階まで上がって、2ーAと載った札を見つけた。その教室への道は、封鎖されている。机を何重かに置かれていて、真ん中に張り紙が貼られていた。
『立ち入り禁止』と。
健也達は特に気にした風でもなく教室に入ると、誰もいない。それもその筈、健也と将真の二人以外のクラスメイト達は、他の教室に移ったからだ。これに関しては、理由がわからないが。
席に座って、いつものように将真と話す。チャイムが鳴り、朝の会。そのまま、一時間目、二時間目、三時間目、四時間目と、時間は過ぎていった。
◯
昼休みになった。この時間は、一人で散歩をする。いつも将真とだけ話していては何となく良くない気がしていたので、この時間だけは一人の時間と、将真と決めていた。
昼休みは、給食と合わせて55分だ。何故かお腹が空かないので、給食は食べない。なので、外に出て散歩をする。
時間は、5分前にチャイムが鳴るので、それを聞いたら毎回走って戻る。何をしているんだと思うが、これが何だか楽しい。健也のささやかな日課だ。
学校を出て数分だろうか、坂道をうろうろしていると。
コツ、コツ、コツ
最初はさほど気にも留めていなかった音だが、なんだか、健也をつけている気がした。曲がっても曲がっても、その音が鳴り止むことはない。
コッ
ふと、足音が止んだ。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ
それを合図とするように、アスファルトを踏む音が次第に大きくなっていく。
振り向いてみるか、そう決意したその時。背後から何かが出て来た。
「たのもーーーーーー!!!!」
そこには、女性がいた。その女性は、健也を前にすると、こういった。
「捕まえた。節鳥健也」
◯
「......」
なんで名前知ってるんだろう。健也の第一心象はそれだった。何も喋れないでいると、女性は何を思ったのか、軽快にいった。
「ああ、そうよね。分かってないんだものね。単刀直入にいうと、あなた霊なのよ」
女性が発した言葉は、意味不明だった。
「ど、どういう...?」
恐る恐る、曖昧な質問をする。女性は「いないわよね」とかなんとか、途切れ途切れにぶつぶついっている。顔を前後左右に回した後、答えた。どうやら周りを気にしているようだった。先程たのもー、と大声で発していたので、それを気にしているのだろうか。
「だから、あなた霊なのよ。心霊の霊よ」
「ぜ、全然分かりません」
「なんでよ!」
やばい人なのかな。そう思ったが、どうにも健也に用があるのは間違いなさそうだ。
「うーん...」
女性は考える仕草をして、数秒した後、健也に向き直る。すると、両手に着けた黒い手袋を右だけ脱いで、右手を差し出した。
「握手しましょう」
「え?」
「だから、握手よ握手」
何だか強引で戸惑うが、渋々、女性が差し出した右手に応対した。いや、しようとした。
「.....は?」
一瞬、よく分からなかった。見間違いだと思って、もう一度、今度はゆっくりと、女性の右手に応対する。
見間違いではなかった。
健也の右手はすり抜けていた。女性の右手をすり抜けて、空を掴んだ。動転して思わず後ずさってしまう。
「いや...え?なんで?」
疑問を口にすると、「分かった?」と、女性は満足するように返答する。
「あなたは霊よ。今はこの世のものではーー無い?のかしらね」
何故か疑問符が付いたが、女性は信じられないことをいった。
僕が霊?何、言ってるんだ?
困惑していると、追従していう。
「あなたに説明したいことがあるの。ついてきてくれるかしら」
◯
何故僕はついていっているんだろう。いきなり出て来た不審な女性に、何故これほどまでに従順なのだろうか。
何度考えてみても、よく分からなかった。
何故か納得感があったのだ。だって、すり抜けていたんだから。
ついていく途中に、女性について少し分かった。名前は京香。高校2年生、らしい。苗字を聞いても、それははぐらかされた。やはり、少し分かったというのは言い過ぎだったかもしれない。
やがて京香が「ここよ」と止まったのは、立体駐車場だった。また歩き出して、中に入る。
「あの、僕、学校があるんですけど...」
「なんで今言うのよ。そんなのどうだって良いじゃない。霊なんだから。大体、本当に今日の授業を受けたの?」
「いや...自習、ですけど」
「じゃあ、良いじゃない。どうせ教師なんて来ないんでしょう?」
まあ、そうなのだが。
「それに、あなたが通っている学校、出るって噂の学校で有名なのよ?」
京香はわざとらしくトーンを落としながらいった。
健也が出るという噂の、ということなのか。
でも、だとしたらーーー。
「と、着いたわよ。これがお爺ちゃんの車です」
京香の言葉に思考が途切れ、視界を正面に戻すと、そこには青い軽自動車があった。運転席に、いかにもという髭を垂らしている老人がいる。ハンドルを握る手には、京香と同じく、両手に黒い手袋をしていた。
お爺ちゃんの車と言っていたので老人の車なのだろうが、その古風な雰囲気と、どうにも不協和音な感がある。 他の所に目をやると、老人以外にも誰かいるようだ。後部座席に、青い髪を垂らして、眼鏡をかけた女性がいた。
誘拐。という単語が浮かんできた。もしかしたらこの人達は、健也を騙して誘拐しようしているのではないか。あの握手も、何かの間違い、トリックで。
そんなことを思っていても、健也は、自分に逃げる気など毛頭ない事に気付く。むしろ、これから起こる事がなんなのか、確かめたいという気持ちが全てだった。
すると、老人が窓越しにこちらを認識したと思うと、窓を開けて、そこから顔を出し、いった。
「お主が節鳥健也か.....むぅ、本当に生きているのか?」




