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生まれつき魔族と戦士族  作者: 片菱 渚
第二章③:カルネラ/アーディバルド編
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28-② 行動開始

「はいこれ、パパがサインした書類」


 夕方。オリバーの家に戻ったミーナとリアは、調達して来た「ブルーノの筆跡のお手本」をオリバーに渡した。


 受け取ったオリバーは、その書類とミーナの顔を交互に見て、


「これは……つまり僕の案が採用されたって事でいいんですよね?」


「乗り気なわけじゃ無いけどね。完成までどれくらいかかるの?」


「それほど長くはかかりませんが、急ぎでなければ、受け取りは明日の朝以降でお願いしたいです」


「そ。ならまた明日取りに来るから、宜しく」


「あれ、ミーナちゃん何処か行くの?」


 このままオリバーの家で完成を待つものだと思っていたリアは、踵を返すミーナを呼び止める。


「行きたいところがあるの。言っておくけど、ついて来るんじゃないわよ」


「どして? ――あ、もしかして、昨日の彼氏さんのところ?」


「別に彼氏ってわけじゃないけど……まあ、行き先はそうよ。試合に出ること、あの人には報告しておきたいから……」


「えっ!? 彼氏さんじゃないの!? あんなことしてたのに!?」


「あ、あんなことって……ちょっと励まして貰ってただけでしょ!? 誤解招くような言い方しないでよ!」


 まったくもう、とボヤきながら、ミーナはリアを置いて一人去って行った。

 リアは捨てられた子犬のような目でそれを見送る。


「えーっと……リアさん、〝あんなこと〟って?」


「二人でぎゅ〜って抱き締め合ってたの! なんかこう、ロマンチックな感じで!」


「へぇ……まあ、マクシリアさんが違うって言うなら、恋人じゃないんだろうね。ちなみに、場所ってどの辺り?」


「場所? えーっと……」


 リアは昨夜の記憶を辿って、おおまかな店の場所を伝えた。

 オリバーはメモとペンを取り出して、思い当たる店の外観を描く。


「もしかして、この店?」


「そうそう! そんな感じ……だったと思う! 暗かったし、あの時はミーナちゃんの方に気を取られてたから、あんまり自信無いけど……有名なお店なの?」


「有名、ってほどでは無いんだけど……ここかぁ……」


「?」


 自分の描いた絵を見ながら、どことなく気まずそうな顔をするオリバーに、リアはどうしたのかと顔を覗き込む。


「ごめん、何でもないよ。ところで、リアさんは今日はどうするの?」


「うーん……今日もオリバーくんのお家に泊めてもらう、っていうのはダメ?」


「リアさんがそれでいいなら、僕は構わないよ」


「ほんと!? 有難う! そうだ、昨日お母さんに挨拶出来てないから、今日してもいい?」


「それは……」


 オリバーは少し悩んだ後、「まぁいいか。こっち」とリアを手招いた。

 招かれたリアはオリバーに続いて家に入り、昨日は使わなかった階段を上って二階へ。


 奥にある部屋の戸を叩いて開けたオリバーは、中の様子をリアに見せた。

 最初に見えたのは、リアにとっては見慣れない何かの機械。そこから伸びた管が、ベッドで眠る女性の口を覆っているマスクに繋がれている。


「あれが僕の母親。ごめんね、気を遣わせたくなかったんだけど……説明も無しに挨拶を断るのも悪いかなと思って」


 予想外の光景に驚き固まっていたリアはハッとして、悲しげな顔でふるふると首を振るった。

 オリバーは「たまに意識が戻る時もあるんだけどね」と説明しながら、部屋には入らずに扉を閉める。


「お母さん、怪我したの? それとも……」


「病気。昔、この国で流行ってた風土病なんだって。あ、他人に感染ったりはしないから、その点は安心してね」


 二人は1階のリビングに戻った。

 オリバーは昨日と同じように紅茶を淹れて、リアに差し出す。


「オリバーくんが看病してるの? 一人で?」


「僕が家に居る間はそうかな。不在の時は訪問介護員の人にお願いしてるけど」


「お父さんは?」


「とっくの昔に離婚済み。元々、金銭目的で結婚しただけだったみたいでさ。まあ、この家を見て裕福な女性だと思ったんだろうけど……実際はそんなに貯えがあるわけじゃ無いんだ。母さんがああなってからは、医療費とかで結構持っていかれただろうし……その上、寝たきりになった母や、幼い僕の世話までしなくちゃいけないってなると、一緒に居るメリットより、デメリットの方が大きくなったんだろうね。で、逃げたと」


「オリバーくん達を置いて? そんなのひどいよ……!」


「ね、ひどいよね。……でも、大抵の人はそうなんじゃないかな。皆、他の誰かよりも、自分のことが大事なんだよ。もし僕が父さんの立場だったら、同じように逃げていたかもしれない」


 だとしても納得いかない、といった顔で押し黙るリアに、オリバーは「リアさんは違うだろうけどね」と笑った。


「さてと。偽装工作の前にご飯を済ませようかな。リアさんも、ご飯まだなら一緒にどう?」


「食べる! オリバーくん料理も出来るの?」


「大したものは作れないんだけどね。今の家庭環境になってからは、僕が作るしか無かったから。それで自然と出来るようになって」


「あ……そっか、そうだよね……ずっと一人で……大変だったんだね、オリバーくん」


しゅんとした顔で同情されたオリバーは、重苦しい空気を払おうと言葉を付け足す。


「一人って言っても、さっき言った訪問介護員さんとか……あとは叔父さんにも助けて貰ってるから、大丈夫だよ」


「叔父さんって、王様とケンカしてクビにされちゃった人?」


 リアの中では、早くもそのイメージで定着してしまったらしい。

 オリバーは「それだけ聞くと滑稽だなぁ」と胸中で笑いつつ肯定。


「こうして僕が身の回りのことを一人で出来るようになるまでは、叔父さんが僕や母さんの面倒を見てくれてたんだ。まあ、他に人が居ないから仕方なく、って感じで、いつも機嫌悪そうにしてたけど」


「今は?」


「最近はこっちの家には殆ど来ないかな。連絡は取り合ってるけど、向こうが忙しくて」


「忙しい……ってことは、今は別のお仕事してるの?」


「別の……まぁ、そうだね。一応は別かな。忙しい理由は仕事のせいってだけじゃ無いんだけど……そう言えばリアさん、カルネラに来てること、ラクアくんは知ってるの?」


 急に話が変わったことにきょとんとしながら、リアは首を横に振った。

 オリバーは冷蔵庫から取り出した野菜類を洗いながら、部屋にある電話を指す。


「心配してるかもしれないから、連絡入れておいた方がいいよ。僕も、彼の知らないところで君を勝手に家に泊めてるの、ちょっと気が引けるし……」


「えぇ〜? いいよそんなの。ラクアに言ったら、また他人様に迷惑かけて! って怒られるもん」


「でも、隠しておいて後でバレた方が怒られるんじゃない?」


「うっ、それは……でも、連絡ってどこにすればいいの?」


「学院に掛ければ、取り次いで貰えると思うよ。番号は壁に貼ってあるから」


そう言って、オリバーは洗い終えた野菜類を切り始めたので、リアは渋々電話の受話器を手に取り、「ノブリージュ学院」とメモ書きされている番号の通りにダイヤルを回した。





「はい、それじゃあこれが、今日の分のお駄賃ね」


 所変わって学院教官室。

 お疲れ様でした、という労いの言葉と共に、ユリアナは紙幣や硬貨の入った封筒をラクアに手渡した。ラクアは有難くそれを受け取る。


 本来は一月分の給料が纏めて翌月に支払われるのだが、今は正式に雇用された訳でもない為、「お手伝いして貰った分のお小遣い」という形で日払いになっている。


「この2日間、やってみてどうだったかしら? 上手くやっていけそう?」


「今のところは何とか。って言っても、まだ簡単な配達しかしてませんし……」


「そうよね。でも、ラクアちゃんならきっと大丈夫よ。飲み込みが早いし、初めてのお仕事でこれだけ出来るなら……あら、お電話」


 ちょっと待ってね、とラクアに断りを入れて、ユリアナは受話器を取った。

 受電時のお決まりの台詞を述べてから、


「あら、リアちゃん。こんにちは。そろそろ〝こんばんは〟の方が良いかしら」


 と言ったので、封筒を懐に仕舞おうとしていたラクアが、ユリアナに視線を戻す。


「ラクアちゃんなら、今ちょうど隣に居るわよ。代わるわね」


 そう言って、ユリアナはラクアに受話器を差し出した。

 受け取って耳に押し当てると、確かにリアの声が聞こえてくる。


「リア? なんでわざわざ電話なんて……用があるなら、寮に来ればいいだろ」


『えーっと、それが、今は外に出てて……』


「外? どっか出掛けてるのか?」


『うん。昨日からカルネラってところに居るんだけど……』


「カルネラ?」


 まだ一段目の土地勘の無いラクアは、地名だけでは具体的な場所が分からず、聞いていたユリアナが答える。


「戦士族(ベラトール)区にある町の名前ね。ここからだと、確か列車で3駅ほど……だったかしら」


「なんでそんな所に……」


『ミーナちゃんが学校お休みしたから、お見舞いに来たの! って言っても、別に風邪とかそういんじゃないんだけど……あ、バレッド先生には、ちゃんと許可貰ってるよ! 列車代もね、バレッド先生が出してくれて……』


「はぁ……それで? 今はそのミーナさんの家から掛けてるのか?」


『ううん。今はオリバーくんの家に居るの』


「は? オリバーって……俺の知ってるあのオリバーか?」


 確かに彼も休暇中は帰省するとは言っていたが。

 その実家がカルネラにあることを今初めて知ったラクアは、どういう経緯でそんなことになったのかと尋ねる。


 が、リアの説明では今一つ要領を得ず、


「オリバーも近くに居るのか? 居るなら代わってくれ」


 と要求。


『オリバーくんは今お料理中だから無理だよ〜』


「あー……料理を他の人に代わって貰うことって出来ないか? すぐ終わるから」


『代われる人居ないよ〜』


「居ない? オリバーの実家に居るんだろ? 家の人留守なのか?」


『そうじゃないんだけど……お母さんは居るには居るんだけど……ラクア、オリバーくんからお家のこととか何も聞いてないの?』


 友達なのに、という意味を含んだ言葉に、ラクアはうっと言葉に詰まる。


「し、しょうがないだろ。人によってはデリケートな部分だし……こっちからあれこれと聞くようなものじゃ……」


『あ、ちょっと待って。 ――オリバーくん電話代われるって! 代わるね!』


 電話口の向こうで何かを話す二人の声と足音がした後、『もしもし、ラクアくん?』とオリバーの声が聞こえてくる。


「悪いオリバー。料理中って聞いたけど大丈夫か?」


『うん。リアさんにお願いしたから』


「えっ――待った、それはやめておいた方がいい。あいつに任せるくらいなら火止めてくれ」


『そんなに? ちょっと炒めておいてって頼んだだけだけど……』


「絶対ダメだ。食材が灰になるぞ」


『……それは困るね』


 ということで、オリバーが言われた通りにするための時間が数秒流れた。

 遠くからリアの不服そうな声が聞こえてきたが、ラクアは無視。


『はい、もう安全だよ』


「面倒かけて本当に悪い。で、なんでリアが泊まることになったんだ?」


 オリバーは、駅でリアと会ってから今に至るまでの経緯を簡潔に話した。

 恐らくは先程のリアも同じ内容を言っていたのだろうが、こちらの方が圧倒的に分かりやすい。


『多分リアさんは、マクシリアさんの件が片付くまで見届けるつもりだろうから、中央区に帰るのは決闘が終わってからになると思う』


「それじゃあリアのやつ、まさかその間ずっとオリバーの家に居るつもりなのか……?」


『そうかも。他に行く当ても無いみたいだし……僕は別に良いんだけど、ラクアくんが嫌なら、他にリアさんが泊まれそうな場所を探してみるよ』


「いや、そこまでして貰うのも……というか、なんで俺が嫌がると思うんだ?」


『だって今この家、僕とリアさんの二人だけみたいな状態だし……気にするかなと思って』


「そっ――――べ、別にそれは…………」


『気にならない?』


「……………………まあ、ちょっとは」


 言われるまでは気にしていなかったのだが、言われてしまうと気にはなる。

 そう正直に白状すると、オリバーは『だろうね』と笑った。


『いっそラクアくんも来てくれると助かるんだけど。とりあえず、明日以降は二人だけで泊まるようなことは避けるよ。今晩も別に同じ部屋で寝るわけじゃないから、安心してね。それじゃ』


 伝えるべきことは伝えたといった風に、オリバーは話を終わらせて通話を切った。

 ラクアは何とも言えない顔で受話器を置く。


 別にオリバーがリアに何かするとは思っていないが、だとしても数日ずっとオリバーの家で面倒を見て貰うのは、流石に迷惑だろう。自分が何とかしなければ。


 幸い今は昨日今日の配達で得たお金がある。

 列車代と数日の宿泊代くらいなら、これで何とかなるかもしれない。


「ユリアナさん、すみません。明日以降の仕事、一旦無しにして貰ってもいいですか?」


「それは構わないけれど……何かあったの?」


 ラクアは事情を説明し、聞いたユリアナは「そういう事なら」と頷く。


「でも、そっち方面に行くつもりなら、ラクアちゃんは審査を通らないとね」


「審査? 何のですか?」


「入区審査よ。カルネラも、闘技場のあるアーディバルドも、戦士族(ベラトール)区だもの。魔族(マグス)が入る場合は、事前に手続きを踏む必要があるの」


 初耳だといった顔をするラクアに、ユリアナは申請の手順を説明。


 まず、申請書と身分証を準備する。

 申請はパレス要塞で行う。申請書はその場で受け取って記入。身分証は、学生の場合は学生証を使う人が殆ど。


 申請書の記入事項は、氏名、年齢、現住所、所持品、行き先と目的。

 提出した申請書は身分証と一緒に複写され、それが行き先として指定された各市町村にパレス要塞経由で送られる。


 受け取った現地の担当者が、今度はそれを各地の領主に届け、認められた場合は領主が押印して返却。

 それをまたパレス要塞経由で中央区に戻し、申請者に押印済みの申請書が渡される。滞在中はこれが入区許可証の役目を果たす。


「とまぁ、そんな感じよ」


「け、結構時間かかりそうですね……」


「そうね。急いでも半日はかかると思うわ。滞在途中に行き先が変わる場合は、都度申請が必要になっちゃうから、行く可能性がある場所は最初に全部記入しておくのがオススメよ」


「おう、何だよ坊主。どっか旅行でも行くのか?」


 部屋に入ってきたバレッドに聞かれて、何度も同じ説明をするのが面倒になってきたラクアは、野暮用でカルネラに行くことだけを伝える。


「まさかリアのお迎えか? めんどくせぇ手続きしてまで行くとは、ほんっと過保護だなぁ〜お前」


「迎えってわけじゃないですけど……それに、戦士族(ベラトール)区に入るのに事前に申請が必要って話も、今初めて知りましたし」


「そりゃ危なかったな。知らずに行ってたら、しょっ引かれてたぜ。ついこの間も、アルスの奴がそれで怒られてたしな」


「え、アルス先輩が?」


「エルトリアの事件の時にな。まあ、あん時はそれどころじゃ無かっただろってことで、後出しの申請で大目に見て貰えたみたいだけどよ。本来なら前科付くレベルの違反だから気ぃ付けろよ」


「そんなに……分かりました。覚えておきます」


「初めてってなると不安だろうし、出来れば付き添ってあげたいんだけれど……」


「いや、そこまでして貰わなくても大丈夫です。手順は覚えたので。有難う御座います」


「一応ロードに声掛けといてやるよ。分かんねぇ事は向こうでレクチャーして貰え」


 ちょっと出掛けるだけのつもりが、随分と大事になっている気がする。

 これではまるで初めておつかいに行く子供のようだと、教官二人の親切にラクアは苦笑した。





「言った通りだったでしょ? ラクアに言うと怒られるって」


 オリバーの作ってくれた夕食のオムライスを食べながら、リアは「言わなくて良かったのに」と口を窄ませた。


「ごめんね。でも、リアさんもラクアくんが何も言わずに急に居なくなったら、心配するでしょ?」


「それはそうだけど〜……」


「本当に仲が良いよね。前から気になってたんだけど、二人はどういう経緯で家族になったの?」


「んーっと、ラクアのお父さんとお母さんが居なくなっちゃって、それでうちで一緒に暮らすようになったの」


「居なくなったって言うのは、失踪したってこと?」


「どうだろ? その辺りのことは詳しくは知らないや。その時はあたしもまだ小さかったし。ラクアが来た時に、ママからちょっと聞いただけで」


「そうなんだ……ラクアくんとは、そういう話しないの?」


「うん。だってラクア、昔の話するの嫌がるから……」


 その手の話題になると、彼は決まって、辛そうな顔で唇を引き結ぶ。

 その光景を思い浮かべながら、リアもまた悲しい顔で、オムライスの山をちまちまとスプーンで崩す。


「そっか……まあ、そうだよね。でも、気にならない?」


「あたしは別に……オリバーくんは気になるの?」


「ちょっとね。事情を知らないと配慮も出来ないし……でもまあ、本人が話したくないのなら、しょうがないかな」


「うーん……でも、オリバーくんになら話すかもしれないし。ラクアも何も知らないかもしれないけど……」


「じゃあ、機会があれば聞いてみるよ。リアさんにすら話してないような事を、僕に話してくれるとは思えないけどね」


「そんなことないよ! オリバーくんは、ラクアの大切な友達だもん!」


「……そうかな?」


「そうだよ!」


 熱の入った声色で断言するリアに、オリバーは「有難う。そうだといいな」と照れ笑いを返した。


 ほんの一瞬だけ、その表情が陰ったように見えたが、その理由はリアには分からなかった。





「痛った!」


 夜のカルネラの街角に、少女の可愛らしい声が響いた。

 すれ違いざまに通行人とぶつかったその少女は、手に持っていた白い小箱と一緒に地面を転がる。


「もーっ、どこ見て歩いてんのさ!」


「そっちこそ気を付けてよねぇ〜。人間の分際で、そんな道のど真ん中歩かないでよぉ」


 少女にぶつかられた相手も、彼女と同じ年頃の娘だった。

 シンプルなシャツとパンツ姿の少女と違って、露出の多い派手な格好をしたその娘は、隣を歩く男性に「ねぇパパ?」と同意を求める。


「まったくだな。俺が領主になったら、人間共は町から追い出すか」


「それ最高! あの集合住宅とかさぁ、前から土地のムダだなぁって思ってたんだよねぇ〜。あれも壊しちゃおうよぉ」


「なら、あの土地はお前にやろう」


「ホント!? 何に使おっかなぁ〜」


 地面に座りこんだまま、そのやり取りを聞いていた少女は、落とした箱を拾い上げて弄り始めた。

 すると、箱は駆動音を鳴らしながらフワリと浮き上がる。


「えっ、何ソレすごーい! 帝国製のオモチャ?」


 興味を示す娘を無視して、少女は指で箱の表面を何度か叩いた。

 そして、僅かに光を放っているその箱を、二人の前に掲げる。


「何? お詫びにくれるの?」


 少女は何も言わずに、ただじっと娘と男を見ているだけだった。

 その様子を不気味がった娘は、「何この子、気持ち悪〜い」と、父の手を引いてその場を去る。


 残された少女は、「あれ、壊れた?」と箱を振りつつ首を傾げた。

 その背後に、また別の男性が歩み寄る。


「リコッタ、休憩ならベンチを使うことを勧める」


「休憩じゃなくて、ぶつかられて転んだの! も〜、どこ行ってたのさ」


「俺の記憶では、勝手に居なくなったのはそちらの方だったが」


 そう言いながら、男は少女、リコッタを助け起こした。

 リコッタは、夜だろうがお構い無しにサングラスを掛けているスキンヘッドの男性、バッサに「そうだったっけ?」ととぼける。


「それよりさぁ、コレさっき落として壊れたかも。戦士族(ベラトール)っぽい奴らが居たから使ったのに、何にも変化無かったんだけど」


「……時間差を付けた方が特定され難い。そう考えて、仕様を戻したそうだ。即効性のあるものに切り替えることも出来るとは聞いているが……今使ったのか?」


「だってムカついたんだもん。いいじゃん別に。アイオス様からは、誰を標的にするかまでは指示されてないし」


「だが、設計通りに作用しているかは確認する必要がある。ぶつかった相手が何処の誰かは分かっているのか?」


「知らないけど、〝俺が領主になったら〜〟とか話してたから、例の決闘に出るんじゃない?」


「そうか。発現のタイミングが合えばいいが」


「合わなくても、上手くいってたら騒ぎにはなるだろうし。それを確認しに行けばオッケーなんじゃないの?」


「不足の事態はなるべく避けたい。当初の計画通りに進めた方が無難だ。効力の及ぶ範囲、環境や個体によって差があるのかどうかも、確かめた方が良い」


 バッサの回答に、リコッタは「相変わらず真面目〜」と笑いながら、ただの立方体に戻った箱を仕舞った。

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