第2話 十四段
六歳の秋に、熱を出した。
三日、意識がなかったそうだ。四日目に目を開けたら、母が泣いていて、医者が「峠は越えました。ただ、心臓が弱っているかもしれません。安静に」と言った。
かもしれません、と医者は言った。
母は、かもしれません、を聞かなかった。母が聞いたのは、心臓、と、安静、だった。
その日から、私は、動かない子になった。
庭で走ってはいけない。階段は、ゆっくり。冬は、外に出ない。夏は、日に当たらない。友達を呼ばない。友達の家へ行かない。乗馬は、もちろん、しない。踊りの稽古は、見るだけ。
妹のオーロールは、私が熱を出した年に生まれた。やがて、妹は、走った。庭で、階段で、冬でも、夏でも。妹が走ると、母は「元気ね」と言った。私が歩くと、母は「ゆっくり」と言った。
ソレル男爵家は、塩で財を成した家だ。父は、祖父の代からの塩の商いを大きくして、金で男爵の位を買った。買った位は、古い家からは軽く見られる。父は、それを知っていた。だから、娘たちを、古い家に嫁がせたかった。
娘たち、と父は思っていたのだろうか。
たぶん、娘、だ。一人。走るほうの。
十六の年、私は社交界に出なかった。
母が言った。「貴女は病人なのよ。舞踏会は、貴女には長すぎるわ」。私は、はい、と言った。妹はそのとき十で、社交界に出る日のドレスの色を、もう三つ決めていた。
十七の冬、私は、応接間の外で、母の声を聞いた。
客は、ベルヴュー伯爵家の家令だった。縁談の下話に来ていた。
「長女は、病弱でございます。医者は、二十五までは、と申しております。ですから、持参金は、それに見合った額をご用意いたします。伯爵様には、静かにしていられる部屋を一つ、ご用意いただければ」
医者は、二十五までは、と申しております。
私は、そんなことを、医者から聞いていない。医者は、かもしれません、としか言っていない。十一年前に。
母は、私の寿命を、売り文句にしていた。それは、母が私を憎んでいたからではない。母は、私を憎んだことがないと思う。母は、私を、片づけたかっただけだ。妹の社交界入りの前に、病弱な姉が未婚で家にいるのは、体裁が悪い。だから、片づける。片づけるには、値がつくほうがいい。長くない娘は、伯爵家にとって、値がつく。持参金が残るからだ。
私は、応接間の扉の外で、それを全部聞いた。
それから、自分の部屋に戻って、はい、と言う練習をした。誰に、でもなく。
二十歳で、嫁いだ。
婚礼の日、私は馬車まで、運ばれた。父の従僕が二人、私を椀のように抱えて、玄関から馬車へ。私は、歩けた。二十年、家の中では歩いていた。でも、母が言った。「歩かせないで。見えるでしょう」。見える、というのは、伯爵家の人たちに、だ。病弱な花嫁は、病弱に見えなければならない。値の通りに。
ベルヴュー伯爵フェリクスは、馬車の扉で私を受け取った。受け取った、という言葉が、いちばん正確だ。彼は、私の顔を、確認した。値札を見る顔で。それから、「ようこそ」と言った。それが、私が夫から聞いた、最初の言葉だった。
この家に来て、家政婦のジャクリーヌが言った。
「奥様は、静養なさるのです」
二階の続き部屋。寝室と、居間と、湯殿。窓は、車寄せと、庭の一部と、生垣の向こうの、隣の領地が見える。
朝夕に粥。パンを少し。夕に強壮酒。医者は月に一度。訪問客は、なし。手紙は、母から年に二通、妹から一通。夫は、年に五分。
三年。
私は、この三年で、この部屋の本を全部読んだ。夫の書庫から、ポーレットが運んでくれる本を。夫は本を読まない。書庫は、先代のものだ。法律書と、農業書と、馬の本と、詩集と、地理書。私は、馬の本を三度読んだ。乗ったことは、一度もない。
昨夜、一段。
今夜、私は、二段目に足を置いた。
二段目は、一段目と同じだった。木が冷たく、膝が少し震え、震えは、すぐに止まった。
三段目。四段目。
五段目で、私は座った。呼吸を数えた。五十で、立った。
六、七、八。
八段目で、手すりを持つ手が、汗をかいていることに気づいた。汗をかく、というのは、身体が動いているということだ。私は、自分の汗を、久しぶりに、汗として見た。病人の汗ではなく。
九、十、十一、十二。
十三。
十四。
玄関ホールの床に、両足で立った。
石の床だ。木より、もっと冷たい。私は、その冷たさを、足の裏で受け取った。
ホールは、上から見たより、広かった。天井を見上げると、首の後ろが痛んだ。三年、上を見上げるという動きを、していなかった。天井の染みは、寝たまま見えるから。
従僕は、いなかった。厨房のほうから、かすかに、皿の音がした。
私は、ホールを、歩いた。
端から端まで。二十四歩。私の歩幅で。それから、玄関の扉の前に立った。
扉は、大きかった。
黒い木で、鉄の飾りがついていて、閂が、横に一本、渡してある。太い、鉄の閂。私の腕くらいの。
私は、それに、手を置いた。
冷たかった。重そうだった。持ち上げれば、たぶん、上がる。三年、粥とパンで暮らしてきた腕でも、上がると思う。私の腕は、細いが、動く。動くことは、今夜、十四段で確かめた。
持ち上げなかった。
病人は、扉を開けない。
その規則が、頭の中にあった。誰に言われたのか、また、思い出せなかった。母は、「貴女は外に出ないの」とは言った。扉を開けない、とは言っていない。
思い出せない禁止は、私が作ったものだ。昨夜、そう思った。今夜、もう一つ、見つけた。私の中には、たぶん、そういう禁止が、十四段より、ずっと多くある。
「扉は、明日」
と、私は、声に出して言った。
小さな声だった。三年、この家で、はい、と、ありがとうございます、以外の言葉を、声に出したのは、初めてだったかもしれない。ホールの高い天井に、私の声は、届かなかった。届かなくて、よかった。
階段を、上がった。
上がるのは、下りるより、脚に来た。十四段目で、太腿が、熱かった。熱い、というのは、生きているということだ。六歳の熱とは、違う熱だ。私は、その違いを、身体で覚えることにした。
部屋に戻ると、寝台の下の蔦が、月の光の中で、少し揺れていた。窓が、少し開いていたのだ。
私は、窓を、もう少し開けた。
夜の空気が入ってきた。庭の土の匂い。それから、もっと遠くの、草の匂い。生垣の向こうの、隣の領地の匂いだ。あそこには、放牧地があると、ポーレットが言っていた。馬がいる、と。
私は、窓辺に立って、その匂いを、吸った。
三年、この窓は、閉めてあった。夜風は、病人に良くない。誰かに、言われた。
三時、夫の馬車が帰ってきた。
私は、まだ窓辺にいた。夫は、馬車を降りるとき、二階の窓を見なかった。見上げる習慣が、この人にはない。この家に、上を見上げる人は、たぶん、一人もいない。
夫の靴音が、十四段を上がった。私は、数えた。右へ曲がった。消えた。
寝台に入る。
太腿が、まだ熱い。足の裏は、石の冷たさを覚えている。腕には、閂の鉄の感触が残っている。持ち上げなかった閂の。
明日、と私は思った。
明日、という言葉を、私は、三年、使ったことがなかった。病人には、明日がない。明日は、今日と同じ日だから。
今夜の明日は、違う日だ。閂が、ある。




